「……それは西の大国に勝つまで、ということか?」
「滅ぼすまでだ」
リチャードがはっきりと、きっぱりと言った。
国を亡ぼす。
それはある意味、魔王がやろうとしたことと同じだ。
いくら攻められているからといって、過剰な防衛に正義なんてあるわけがない。
ただ、それはリチャードもわかっているはず。
戦う理由には正義なんてものはなく、私情そのものだと。
「さすがに滅ぼすのはやり過ぎなんじゃねーの?」
「いや、私がいなくなった後のことを考えると、和平だと意味がない」
確かに英雄の力によって和平に持ち込んだとしても、その英雄がいなくなればまた攻めてくるのは目に見えている。
ちゃんと自分がいなくなった後のことまで考えているんだな。
「んー。しかしな……」
「時間をくれるだけでいい。別に戦いに加わってくれとは言わない。その手を血に汚すようなことはしなくていい」
「そうじゃなくてだな……。あー、いや、もちろんそれも問題だが、もっと重要な点で問題がある」
「どういうことだ?」
「それはだな……」
オレが説明しようと口を開いた瞬間だった。
轟音が響き渡り、城が揺れる。
「な、なんだ!? 敵が攻めてきたのか!?」
珍しくリチャードが慌てている。
それはそうだろう。
もし、西の大国の兵だとすれば、ここまで攻め込まれているということになる。
不意を突かれた上に、城にまで攻め込まれたとなれば敗戦もあり得るどころか、濃厚だ。
けど――。
「あー、慌てなくていい」
「なに?」
そっか。
もう2時間経ってたのか。
「オレのツレだ」
***
「ほげぇええええ!」
結姫に勢いをつけて顔面を殴られたせいで、縦に回転しながら吹っ飛ぶ。
地面に頭から落ち、首からゴキッと嫌な音が響く。
それでも勢いは止まらずに、地面をゴロゴロと転がる羽目になる。
そして3メートルほど転がったところで、ようやく止まることができた。
空が青い。
今日もいい天気だ。
そんなことを思っていると、視界に結姫が入ってきた。
無表情でオレを見降ろしている。
「無事でよかった」
「……今、無事じゃなくなったけどな」
結姫は無表情だが、わかる。
これはかなり激怒だ。
2時間経っても戻って来なかったことから、捕まった、最悪殺されたことも想定したんだろう。
結姫にかなり心配をかけてしまった。
悠長にリチャードと話をしている場合じゃなかったな。
「本当に……敵じゃないのか?」
リチャードのドン引きした声が聞こえてくる。
オレは首が折れていないことを確認してから起き上がった。
そして、リチャードに向けてドヤ顔で親指を立てて見せる。
「これがオレたちの愛情表現なんだ」
「恵介くん、愛してる。もう一発いい?」
「ごめんなさい! 調子こきました!」
この後、5分間、土下座することでなんとか許して貰ったのだった。
***
先ほどまでリチャードと話していた部屋に結姫と共に戻る。
するとさっきとは違い、座布団が三つと、その前にお膳が用意されていた。
今度は正式な客人としての扱いのようだ。
正直、腹が減っていたから助かる。
先ほどと同じようにリチャードと向かい合うようにして座り、その隣に結姫が座る。
料理は和食っぽい感じだ。
魚を中心としながらも、肉の料理もあり、小皿に取り分けられている。
まるで旅館で出される料理みたいだ。
さっそく肉からいただく。
凄く美味い。
美味いけど……なんの肉だ、これ?
さすがに変な肉じゃないとは思うが、怖いので聞かないことにする。
チラリと隣を見ると結姫は全く手を付けず、リチャードを見ていた。
「……結姫、食わないのか? せっかく出してくれたのに」
「不用意」
「うっ」
思わず手が止まる。
言われてみればその通りだ。
さっき話したことでリチャードを信用してしまっていたが、まだ完全に味方というわけではない。
逆に邪魔と判断されてもおかしくはない。
だとすると毒を盛られている可能性もゼロではない。
「協力をお願いする立場で、無礼な真似はしない」
毒は入っていないと証明するかのように、リチャードも料理を食べ始める。
だが、それでも結姫は料理に手を伸ばそうとしない。
そりゃそうだ。
こっちの料理にだけ毒を入れりゃいいだけだからな。
オレも惜しいが食べるのを止める。
「……料理を出すこと自体が無粋だったな」
リチャードも食べるのを止めて、こちらを見る。
「改めて交渉させてもらいたい。……先ほど言いかけたことの続きを話してくれないか?」
「ああ。わかった。結論を先に言おう。そこまで待てない」
「なぜだ?」
オレはリチャードにタイムリミットのことを話した。
その横では結姫が「なに、余計なことを話してるの?」とキレた表情をしていたのだった。