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第58話 お怒りの結姫さん

「……それは西の大国に勝つまで、ということか?」

「滅ぼすまでだ」


 リチャードがはっきりと、きっぱりと言った。


 国を亡ぼす。

 それはある意味、魔王がやろうとしたことと同じだ。

 いくら攻められているからといって、過剰な防衛に正義なんてあるわけがない。


 ただ、それはリチャードもわかっているはず。

 戦う理由には正義なんてものはなく、私情そのものだと。


「さすがに滅ぼすのはやり過ぎなんじゃねーの?」

「いや、私がいなくなった後のことを考えると、和平だと意味がない」


 確かに英雄の力によって和平に持ち込んだとしても、その英雄がいなくなればまた攻めてくるのは目に見えている。

 ちゃんと自分がいなくなった後のことまで考えているんだな。


「んー。しかしな……」

「時間をくれるだけでいい。別に戦いに加わってくれとは言わない。その手を血に汚すようなことはしなくていい」

「そうじゃなくてだな……。あー、いや、もちろんそれも問題だが、もっと重要な点で問題がある」

「どういうことだ?」

「それはだな……」


 オレが説明しようと口を開いた瞬間だった。


 轟音が響き渡り、城が揺れる。


「な、なんだ!? 敵が攻めてきたのか!?」


 珍しくリチャードが慌てている。


 それはそうだろう。

 もし、西の大国の兵だとすれば、ここまで攻め込まれているということになる。

 不意を突かれた上に、城にまで攻め込まれたとなれば敗戦もあり得るどころか、濃厚だ。


 けど――。


「あー、慌てなくていい」

「なに?」


 そっか。

 もう2時間経ってたのか。


「オレのツレだ」



 ***



「ほげぇええええ!」


 結姫に勢いをつけて顔面を殴られたせいで、縦に回転しながら吹っ飛ぶ。

 地面に頭から落ち、首からゴキッと嫌な音が響く。

 それでも勢いは止まらずに、地面をゴロゴロと転がる羽目になる。

 そして3メートルほど転がったところで、ようやく止まることができた。


 空が青い。

 今日もいい天気だ。


 そんなことを思っていると、視界に結姫が入ってきた。

 無表情でオレを見降ろしている。


「無事でよかった」

「……今、無事じゃなくなったけどな」


 結姫は無表情だが、わかる。

 これはかなり激怒だ。


 2時間経っても戻って来なかったことから、捕まった、最悪殺されたことも想定したんだろう。

 結姫にかなり心配をかけてしまった。


 悠長にリチャードと話をしている場合じゃなかったな。


「本当に……敵じゃないのか?」


 リチャードのドン引きした声が聞こえてくる。

 オレは首が折れていないことを確認してから起き上がった。

 そして、リチャードに向けてドヤ顔で親指を立てて見せる。


「これがオレたちの愛情表現なんだ」

「恵介くん、愛してる。もう一発いい?」

「ごめんなさい! 調子こきました!」


 この後、5分間、土下座することでなんとか許して貰ったのだった。



 ***



 先ほどまでリチャードと話していた部屋に結姫と共に戻る。


 するとさっきとは違い、座布団が三つと、その前にお膳が用意されていた。

 今度は正式な客人としての扱いのようだ。


 正直、腹が減っていたから助かる。


 先ほどと同じようにリチャードと向かい合うようにして座り、その隣に結姫が座る。

 料理は和食っぽい感じだ。

 魚を中心としながらも、肉の料理もあり、小皿に取り分けられている。

 まるで旅館で出される料理みたいだ。


 さっそく肉からいただく。


 凄く美味い。

 美味いけど……なんの肉だ、これ?

 さすがに変な肉じゃないとは思うが、怖いので聞かないことにする。


 チラリと隣を見ると結姫は全く手を付けず、リチャードを見ていた。


「……結姫、食わないのか? せっかく出してくれたのに」

「不用意」

「うっ」


 思わず手が止まる。

 言われてみればその通りだ。


 さっき話したことでリチャードを信用してしまっていたが、まだ完全に味方というわけではない。

 逆に邪魔と判断されてもおかしくはない。

 だとすると毒を盛られている可能性もゼロではない。


「協力をお願いする立場で、無礼な真似はしない」


 毒は入っていないと証明するかのように、リチャードも料理を食べ始める。

 だが、それでも結姫は料理に手を伸ばそうとしない。


 そりゃそうだ。

 こっちの料理にだけ毒を入れりゃいいだけだからな。


 オレも惜しいが食べるのを止める。


「……料理を出すこと自体が無粋だったな」


 リチャードも食べるのを止めて、こちらを見る。


「改めて交渉させてもらいたい。……先ほど言いかけたことの続きを話してくれないか?」

「ああ。わかった。結論を先に言おう。そこまで待てない」

「なぜだ?」


 オレはリチャードにタイムリミットのことを話した。

 その横では結姫が「なに、余計なことを話してるの?」とキレた表情をしていたのだった。

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