リチャードは悲痛な表情をして語りを続ける。
「この世界の魔王はネクロマンサー……いわゆる死霊使いだった。だから人間たちは圧倒的な戦力差に悩まされていた」
「魔王の意思で兵士たちを生み出し続けられるということか」
「ああ。いくら倒しても次々に湧き出てくる死霊に、人間たちは疲弊していった。できることと言えば、街を放棄して撤退を繰り返すことだけだった」
防衛戦からの撤退の繰り返し。
勝ちは見えず、ただ生きることを先延ばしするだけの戦いは体力だけではなく気力や精神も摩耗していくはずだ。
ドンドンと士気が下がっていき、兵も減っていくという悪循環に陥っていく。
そんなときに現れたのが、チートスキルをもった勇者というわけだ。
「だから私は最短で魔王を倒すしかなかった。長引けば、私でも勝てなくなるからな」
時間が経てば経つほど敵が増えていく。
強力な勇者が現れたとなれば、魔王も全力で兵士を増やしていくはずだろう。
敵の兵士を無視して、真っ先に魔王を倒すという戦法はベストだ。
というより、いくらリチャードでも、それ以外の戦法に勝ち筋を見出すことはできなかったはず。
オレは最初、リチャードが7日で世界を救ったのは凄いと思ったが、7日しかかけられなかったのか。
もしかしたら結構、ギリギリだったのかもしれない。
「3日で私の魔法の能力を把握し、3日で経験値を稼ぎ、そして魔王を倒した」
簡単に話しているが血の滲む努力をしたんだろう。
いや、血が滲むどころか何度か死にかけた可能性が高い。
「魔王が兵士を増やす半面、倒してしまえば敵は霧散して消えた。平和になる瞬間は本当にあっさりだった。だからこの世界の人間たちは最初、何が起こったかわからなかったくらいだったらしい」
普通、戦いというのは有利な状態になり、そろそろ決着するという状態から勝利になることがほとんどだろう。
それが、長年苦しめられて延々と続く戦いを強いられていた状態から、一瞬で「はい、平和になりました」と言われても戸惑ってしまうのはわからないでもない。
「魔王は人間たちの抹殺が目的だったみたいだし、人間の代わりに死霊の世界を作ろうとしたわけではなかったので、奪われた街は大して破壊されていなかった」
「復興は容易だったわけだ」
「ああ。この街だって、3ヶ月でこの状態までになった。他の街……国も同じだな」
「いいことじゃないのか?」
リチャードの話を聞いている限り、悲痛な表情を浮かべている理由がわからない。
「ここまでは、な」
「なんだ? 新たな魔王でも現れたのか?」
「それだったらまだよかったかもしれない」
「……どういうことだ?」
リチャードはまるで自嘲するように笑った。
「魔王によってあれだけ攻められ、傷付けられ、殺されたのに、人間というのは懲りないものらしい」
どういうことだ?
と思ったが、すぐにピンときた。
「人間同士で戦争を始めたってことか?」
リチャードがゆっくりと頷く。
「ここより西の方にある大国が、この国に挙兵してきたのだ」
「ちょっと待ってくれ。魔王によってこの世界の人間たちはかなり追い込まれてたんだろ? なぜ、攻めてくるほどの兵力があるんだ?」
「魔王は東から攻めてきた」
東から攻めてきたというのなら、この国が先に戦うことになる。
そしてこの国は攻められ続け、西へと下がって行ったんだろう。
それなのに、兵力を残していた。
ということは――。
「この国を盾にしてたということか?」
「そうだ。多少の支援と援軍を送っていたようだが、国内に強大な兵力を温存していた。この国が滅びそうになっていても、だ」
「そりゃ、しゃーねーだろ。我が身が可愛いのはどこの世界の人間も同じだ。……地球でだって、そうだっただろ?」
「……確かにな。地球でだって、戦いは絶えなかった」
誰の言葉だっただろうか。
人間の歴史は戦いの歴史。
人間は常に戦いを求めている。
それはたとえ、『違う世界』でも同じらしい。
人間というのはそういうふうにできているのかもしれない。
「ただ、今回の戦いは許せない。そもそもこの国と西の大国は元々は同じ王族の国だ。それを好機だといって攻めるのは正義ではない」
「正義……ね」
「なんだ?」
「地球の戦争ではあったのか? 正義が」
「……」
オレの言葉にリチャードは目を見開き、そして吹き出すように笑った。
「つくづく君は痛いところを突くな」
「ひねくれ者なもんで」
「変に飾るのは止めよう。私はこの国が好きだ。王も民も、全てだ」
「だから、この国に肩入れする、と?」
「そうだ」
なんとも真っ直ぐなやつだ。
いくらでも言い繕えるのに。
けど、そんなやつは嫌いじゃない。
「前置きが長くなってしまったな。――だから、時間が欲しいのだ」
リチャードは真っ直ぐオレの目を見て、そう言ったのだった。