それはまるで西部劇のガンマンの対決シーンのようだった。
相手のタイミングを探り合う。
リチャードはプロテクトを解くと同時に魔法を放つ。
オレは逆に、プロテクトが解かれると同時に懐に飛び込む。
考えてみればオレの方が圧倒的不利だ。
『見えない壁が消える』のを視覚的に判断することはできない。
だから、オレはずっと見えない壁に手を振れている状態だ。
その感覚が消えた瞬間に動く。
一瞬でもタイミングが遅れれば負ける。
オレとリチャードのにらみ合いが続く。
5秒……10秒。
体感的には数分が過ぎたように思える。
こめかみから汗がにじみ出り、頬を伝う。
そして、ポタリと床に落ちた。
瞬間。
触れていた感覚が消える。
今。
オレは一気にリチャードの懐に飛び込み、顔面に向かって拳を繰り出す。
――だが、リチャードは降参とばかりに両手を上げた。
思わず、オレは拳を止めてしまう。
リチャードがニッと笑う。
そう。
結姫と違って、リチャードは魔法を放つのに動作は必要ない。
しまった。
オレは慌てて横に飛ぼうとするが、遅かった。
リチャードは両手でオレの肩をがっちりと掴む。
――そして。
「話し合おう」
そう言ったのだった。
***
5畳ほどの和室の部屋にリチャードと向かい合って座る。
オレは胡坐をかき、リチャードは正座をしている。
しかも凄く綺麗な正座だ。
本当に外人かと疑いたくなる。
そして、部屋にはオレとリチャードの二人しかいない。
それは1対1でも勝てると踏んでのことからなのかもしれないが。
「どういうつもりだ?」
「言っただろ? 話し合おうと」
「なんで急に話そうってことになるんだ?」
「心外だな。私は最初から話そうと言ったつもりだが」
……あれ?
そうだっけ?
リチャードとのやりとりを思い出す。
あ、本当だ。
オレが勝手に話を打ち切って、攻撃を始めてるな。
「オレを縛り付けてからの方がスムーズに話が進むんじゃないのか?」
「それも言ったはずだ。それは話し合いではなく命令だと」
リチャードは改めて背筋を伸ばし、オレを真っ直ぐに見る。
「対等に話したい。というより本音――真実を聞きたい」
確かに真実を聞き出す際に強引な手を使えば逆に遠ざかっていく。
内容の真偽を確かめる術のないリチャードができるのは、対等の立場での話し合いくらいだろう。
「けど、なんでそこまでして真実を知りたい? 何か企んでいたとしても問答無用で叩き潰せばいい」
「交渉が可能だと思ったからだ」
「交渉?」
「利害が一致すれば、協力関係になれるかもしれないからな」
「オレの目的はあんたの命かもしれないんだぜ?」
「それはない」
リチャードがきっぱりとそう言った。
ブラフでもハッタリでもなく、断言している。
「なぜそう思うんだ?」
「君たちが2人だけだからだ。正確に言うと君一人で侵入してきたからだな。魔王を倒した実績がある人間に対して、1人というのはあまりにも計画がずさん過ぎる」
「暗殺するつもりだったかもしれないだろ?」
「それなら、私が君たちを認識していると知っているのにわざわざ侵入して来ないだろう」
正解だ。
完全に読まれている。
こいつ、強いのに頭も回るタイプか。
本当にやりづらい。
「私を殺しに来たわけではないのであれば、目的は勧誘もしくは忠告、あとは連れ戻しにきたかのどれかだろう」
オレたちが『異世界から来た』とわかっていれば、自ずとその3つ絞られるのはある意味当然か。
「で? 協力関係になれるかもしれないという部分は?」
「君たちの目的の方に、私が折れる」
勧誘、忠告、連れ戻しのどれであっても素直に従うということだ。
「……それで、あんたはオレたちに何を望むんだ?」
「時間が欲しい」
「……どういうことだ?」
リチャードは大きく息を吐いた後、オレの目を見ながら語り始める。
「私がこの世界に呼ばれたとき、魔王の軍勢はほぼこの大陸内を制圧していた。割合的に人間側は1割程度の領土しか守れていなかった」
圧倒的に不利な状態まで追い込まれていたのだろう。
異世界の人間に頼りたくなる気持ちもわかる。
本当に何とかしてほしいと一縷の希望をもって召喚した。
おそらく、リチャードのチート過ぎる能力は強い願望に影響されたことによるものだ。
その変のはっきりした仕組みはわかっていないが、望みが強ければ強いほど、強いスキルになりやすいと言われている。
「私はこの世界の人たちの希望通り、魔王と呼ばれる存在を倒した」
「ああ」
それを1週間でやってしまうというのが恐ろしいのだが。
「これでこの世界は平和になる。――そう思っていた」
そしてリチャードはさらに話を続けていくのだった。