目の前には20人ほどの兵士が廊下にひしめき合っている。
室内で動きづらいせいか、兵士たちは甲冑を着ていない。
その点はラッキーだった。
ここは強引に突っ切らせてもらう。
兵士たちの強さにもよるが、最悪、重傷を負わせてでも突破する。
なるべくは気絶させるだけで済ませたいが、ある程度の強さの場合はそんなことを気にかけてはいられない。
最悪なのは兵士たちがオレより強い場合だ。
そうだったときは詰みになる。
だが考えている時間も余裕もない。
出たこと勝負だ。
オレは走る勢いを止めずに一番前の兵士の懐に飛び込み、みぞおちに一撃を入れる。
食らった兵士は腹を抑えてその場に前のめりに倒れ込む。
その状況に、他の兵士があっけにとられている。
チャンス。
この間合いなら、兵士たちは刀を抜けば返って邪魔になる。
なので素手での勝負に持ち込める。
で、素手同士の戦いならオレに分がある。
オレは2人目、3人目を気絶させ、4人目に向かって蹴りを入れようとしたときだった。
ガン、と攻撃が弾かれる。
まるで見えない壁を殴ったときのように。
まさか兵士たちも魔法が使えるのか!?
なら動きで翻弄させる。
横に飛ぼうとすると、再び、見えない壁に阻まれた。
なんだ?
攻撃したわけじゃないのに、なぜ壁が出現する?
「ふう。どうやら上手くいったみたいだな」
後ろからリチャードの声が聞こえる。
くそ、もう起きてきたのか。
リチャードから距離を置こうとするが、見えない壁に阻まれる。
そこでオレは『リチャードが』何をしたのか理解した。
「土壇場で思いついた割には、良いカスタマイズになった」
殴られた顎をさすりながらリチャードが苦笑する。
……やられた。
リチャードは身を守るための見えない壁を、『オレに対して』使った。
つまり、オレは今、四方を壁に寄って囲まれている状態というわけだ。
透明な牢屋に入れられていると言った方が近いか。
「魔法の範囲を他人にするようにカスタマイズをしたのか」
「ああ。結構な経験値を使う羽目になったがな」
咄嗟に思いついたことを躊躇なく決断し、すぐに実行に移す。
正直、オレとは格が違う。
あれほどシミュレーションをして準備してきたのに、思いつき1つであっさりとひっくり返されてしまった。
「これで他人も魔法で守ることができるようになった。意外と今まで思いつかなかったな。その点で君には感謝だな」
「……回復はできないんだな」
「ん? ああ、そうなんだ。どうやら魔法の種類が違うようで、どんなに経験値を積んだところで習得できないらしい」
「随分と簡単にバラすんだな。勝ったと思って余裕こいてるのか?」
「知ってると思ってた。私の情報は調べているようだったからな」
「……ちっ」
なんてやつだ。
レスバも強ぇのかよ。
もう、なんでもありだな。
とはいえ、オレは諦めたわけでも、負けた腹いせにレスバを仕掛けたわけじゃない。
時間を稼ぐためだ。
「言っておくが、私が消さない限り、魔法の効果は1時間はもつ」
読まれた。
魔法は大抵、効力は数秒くらいのものだ。
支部長もそう言っていた。
だが、その効力の時間もカスタマイズをしたのだろう。
まさに努力する天才ってやつだ。
つくづく隙がない。
とはいえ、まだ諦めるのは早い。
諦めるのは死んでからでも遅くない。
今、オレは見えない壁によって『守られている』。
この状態であれば、兵士たちはもちろん、リチャードにだって手は出せない。
つまりはオレを捕まえようとするときに、魔法を『消す』必要がある。
そのときが勝負だ。
オレはただそのときのために集中力を高めていくのみ。
「すごいな。この状況でもまだ勝負を捨ててない」
「当たり前だ。オレは無傷。ダメージで言えばあんたの方がでかいだろ」
「ああ。そうだな。初戦は君の勝ちだ」
「最終的に勝たないと意味ねーけどな」
「はは。それはそうだ。だが、君は誇っていい」
「なにがだ?」
「私はこの世界に来てから、一度も戦闘で血を流したことはなかった」
「……そうかい」
その戦闘にはもちろん魔王も含まれているのだろう。
つまりは魔王でさえも余裕で倒したということになる。
まさに絶望的な強さというわけだ。
「いや、本当に凄い。この状況で全く精神がブレてない。君は本当に私と同じ年なのか?」
「そっくりそのまま返す」
リチャードはこの世界に来る前まではごく普通の高校生だったと資料に書いてあった。
任務で場数を踏めた俺とは違い、戦闘能力はもちろん、精神的な強さもこの世界で手に入れたはずだ。
本当に天才ってやつは嫌になるぜ。
「さてと。そろそろ勝負を決めたいのだが、改めてお願いする。投降してくれ」
「勝負はまだついていない」
「いや、詰みだ」
「……」
「確かに私は君にかけたプロテクトの魔法を解かなければ君を攻撃できない。つまりはどうしても一度、君を解放することになる」
そう。
その一瞬に全てをかけるつもりだ。
「だが、魔法を解くと同時に、私は君に向けて魔法を放つ。巨大な炎の。……君が一瞬で逃げられないほどの大きさのを」
「……やってみろ」
無理でもなんでも、それを切り抜けるしか、オレに残された方法はない。
「……わかった」
リチャードはそう言うと、オレに対して手の平を広げてみせるのだった。