ジリジリとリチャードとの間合いを詰めていく。
だが、リチャードは腕を組んだまま余裕の表情をしている。
「まあ待て。少し話そう」
まるで敵意がないかのように微笑んでいる。
冗談じゃない。
これ以上話したところで、こっちの情報を与えるだけだ。
それに会話自体が時間稼ぎの可能性だってある。
結姫との待ち合わせ時間もあるからな。
オレは一気に間合いを詰め、リチャードの顔面に向かって拳を放つ。
「プロテクト」
リチャードがそう呟くと、突然目の前に見えない壁が現れてオレの拳を止める。
「ちっ!」
素早くしゃがみこみ、足払いを放つがそれも壁に止められてしまった。
壁の範囲はリチャード全体を覆っているようだ。
「フレイム・サークル」
今度はオレを囲うようにして炎の輪が出現する。
咄嗟にジャンプをして、炎の輪から逃れたが、結局元の位置に戻ってしまう。
「戦い慣れている……というより、魔法を使う相手を想定して訓練したというところか」
またまた大正解。
この任務に来る前に、支部長から対魔法使いに関しての拷問――特訓を受けている。
そのおかげで危機を回避できたが、その動きだけでそこまで見破られるのか。
かなり面倒くさい相手だな。
「ということは、私の情報は全てわかっていると考えた方がよさそうだな」
リチャードが腕組を解く。
そして明らかに警戒の色を強めた。
くそ、油断しててくれよ。
思わず舌打ちしてしまう。
それにしても本当にチートな『スキル』だな。
リチャードのスキルは『魔法』だ。
結姫の風やフレっちの炎を操るわけでもなく、『魔法』を使う。
なので炎の輪を出したり、見えない壁を出現させたりできる。
しかもリチャードは経験値を魔法に振ることで魔法をカスタマイズしたり、新たな属性の魔法を習得したりできる。
つまり汎用性が半端ない。
何をしてくるのかわからない。
さらに詠唱や魔法陣、陣を切るような動作さえも必要としない。
おそらくはそうカスタマイズしたんだろう。
ヤバすぎるだろ、このスキル。
しかもここまでカスタマイズ出来ているところから見て、かなりの努力家だ。
この手のチートスキルを持つ奴は、大体、その能力の上に胡坐をかいて努力はしないのが定番なんだがな。
しっかり検証と工夫の努力をしている。
7日間で魔王を倒しただけある。
てか、7日でどこまで経験値貯めたんだって話だ。
「投降してくれ。悪いようにはしない」
戦力差は火を見るよりも明らかだ。
チートスキル持ちのリチャードとスキルなしのオレ。
もし賭けだったとしたら、オレにどのくらいオッズが付くんだろうか。
いや、オレに賭ける奴なんていないだろうから、そもそも賭けなんか成立しないだろう。
とはいえ、もちろん投降する気なんて毛頭ない。
結姫を待たせてるしな。
それに支部長にやらされた特訓で、こういう場合のパターンも想定してある。
「わかった。投降する」
オレは手を上げてから頭の後ろで手を組む。
するとリチャードは少しだけホッとしたように息を吐いた。
リチャードはオレから情報を得たいはず。
だからオレを殺したり、重傷を負わせたりはしたくない。
だからそこを突く。
「オレもあんたと話がしたいと思ってたんだ」
「……その割には有無を言わさずに攻撃してきたようだが?」
「ノックアウトしてからの方が話しやすいと思ったんだよ」
「それは話し合いではなく、命令になるな」
「そうとも言う」
オレは少しずつリチャードに近付く。
「そこで止まってくれ。話ならこの距離で十分できるだろ?」
「オレは若いんだが、耳が遠くてね。もう少し近づかないと聞こえないんだ」
「会話は十分できている気がするが?」
「そう……だな!」
オレは背中に張り付けていたナイフを取り出し、リチャードに向けて投げる。
「プロテクト」
リチャードはすぐに見えない壁を出現させてナイフを弾く。
だが、その隙にオレは駆け出してリチャードの脇を抜ける。
「逃がさん! フレ……」
リチャードが次の魔法を放とうとした瞬間、オレは振り返る。
「なっ!」
そしてそのままリチャードの顎をアッパーでかち上げる。
「うぐっ!」
リチャードが仰向けに倒れた。
魔法のスキルは確かにチートだが。
複数の魔法を同時には出現させられない。
なので、次の魔法を出すときには、前の魔法を『消さないと』ならない。
つまり逃げるオレを捕まえるための炎の輪を出すためには、見えない壁を消さなければならないというわけだ。
その隙を突いたというわけだ。
本当はここで止めの一撃を入れたいところだが、今は逃げることを優先する。
不意をついたとはいえ、あれで終わるとも思えんし。
オレは来た道を走って戻る。
しかし前から大勢の兵士たちが押し寄せてくる。
「いたぞ! 通すな!」
既にリチャードの策は成功していたようで、オレは大勢の兵士たちに取り囲まれてしまったのだった。