「んじゃ、ちょっくら行ってくるか」
今回の任務の対象者であるリチャードが城の中にいることが確認できた。
となれば、次の行動は出てくるのを待つか、こっちが入るかの二択だ。
出てくるのを待つ方が安全な策だが、すぐに出てくるとは限らない。
二日間城にこもられたら、それだけでタイムオーバーだ。
なので実質、侵入する一択しかない。
「……」
軽くストレッチをしていると、結姫が無表情でこっちを見ている。
「大丈夫さ。無理はしねえ」
源五郎丸のときはオレが先走って捕まり、結姫に助けてもらった。
見張りも少なく、結姫だから簡単に救出してもらえたが、下手をすれば結姫も捕まっていた可能性もゼロではない。
もし、そうなっていたとしたら本当に最悪だ。
そのことを支部長に突っ込まれて、オレは猛省した。
オレに何かあるならいい。
けど、結姫を巻き込むことだけは絶対にNG。
本当はオレに何があっても、見捨てて撤退してほしいところだが……。
「パートナーは見捨てない」
しっかりと釘を刺されてしまう。
まあ、実際、その場では「わかった」と言ったとしても、絶対に助けに来るんだろうけど。
だからこそ、ミスれない。
死なないのは当然として、捕まることも重傷を負うことも許されない。
まだ時間もある。
ここは無理するべきじゃない。
「中の構造を把握することに専念する。できればリチャードの部屋が分かれば尚よしってところだな」
「接触はなし」
「ああ。わかった」
「2時間」
「ん?」
「2時間後に正面から入るから」
「うっ! わ、わかった」
つまり2時間経っても戻って来なかったら、何かあったと見て騒ぎを起こすということだ。
正面からということは、城の中にいる兵士が一挙に集まってくる。
そんな兵士たちを傷付けずに制圧するのは不可能。
なので、結姫は『処罰を受ける覚悟だから』と言っているのだ。
安全第一。
今回は石橋を叩きながら行くしかない。
リチャードと戦うなんて、絶対にやめよう。
「じゃあ、行ってくる」
ストレッチが終わり、結姫に見守られながらオレは城壁を登り始めるのだった。
***
城の中は想像通りの構造だった。
歴史ものの映画やドラマなんかで見るような、板の間の長い廊下に襖の扉が並んでいる。
造りが簡易的で覚えやすいが、逆に何もないせいで人に見つかりやすい。
この格好だから、見つかればすぐさま『曲者』として扱われるだろう。
さすがに着替えるか。
とりあえず人を探す。
見つけ次第、気絶させて服を奪う。
そうすれば一発で曲者とバレることは高確率で回避できるはずだ。
そう思って、30分ほどウロウロしてみるが、誰ともすれ違わない。
それどころか人の気配すらしない。
……どういうことだ?
リチャードはオレたちのことに気付いていた。
それなら、警備を増やしていてもおかしくないはずだ。
警備を減らす意味なんか――。
そこでオレはあることに気付く。
そして一気に冷汗が噴き出てくる。
――罠か。
あえて警備を配置せずに敵が城の深くまで侵入した後、それを取り囲む。
城の中の構造を知らないオレにとって袋のネズミ状態だ。
作戦変更。
撤退だ。
オレはすぐに入ってきた場所へ戻ろうと踵を返した。
その瞬間――。
襖が勢いよく開いた。
「すぐに侵入してくるなんて、随分と肝が据わっているな」
部屋から出てきたのはリチャードだった。
来た道を塞ぐような形で立っている。
「しかもすぐに罠だと見抜いて撤退を決める決断力も凄い。若いのに結構な修羅場を潜ってきているようだな」
「……年はあんたと同じなんだけどな」
「ほう……」
リチャードの眉がピクリと動いた。
「私の年齢を知っている。この世界では誰にも教えていないんだがな。……君は何者だ?」
しまった。
いらん情報を与えてしまった。
というより、完全にオレの失策だ。
リチャードは『この世界』と言ったところから、オレが違う世界から来たとわかっている。
まあ、こんな格好をしていればそりゃそうか。
それにリチャードは呼ばれて『この世界に来ている』。
自分と同じように世界を渡ってきた人間がいてもおかしくないと考えているんだろう。
大正解だ。
にしても、罠といい、言葉の誘導といい、完全に手玉に取られている。
ここまでやられたのは支部長くらいだ。
同年代なら初めてになる。
どうする?
まだ逃げるという手もあるが、そうなるとさらに城の奥に入ることになる。
そこに兵士たちが待ち構えている可能性は大だ。
……すまねえ、結姫。
オレは構えて臨戦態勢をとる。
さらに作戦変更。
リチャードと戦闘だ。
ここは押し通らせてもらうぜ!