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13.約束(前編)

……メグちゃんとの仲直りから、数週間が経った。


あの後、美結づてにメグちゃんからLimeの連絡先を教えてほしいと言われた。


俺はどうしようか迷っていたが、なんと美結が「交換してあげて」と言ってきた。


「い、良いのか?だってその、メグちゃんは……」


「いいの。私が……絶対に勝ってみせるもん」


ね、お兄ちゃん?と囁いて、彼女は俺の頬にキスをした。


そして、メグちゃんとLimeを交換したらしたで、メグちゃんからのアピールも凄かった。


『テレビで紹介されてた海外の海がとっても綺麗でしたので、写真を送ります。いつか明さんと、一緒にこの風景を観に行きたいです』


彼女たちのアピールの仕方は、意外な差があった。


美結が直接的で物理的なアピール(一緒にお風呂に入ろうとするとか、一緒に寝ようとするとか)なのに対し、メグちゃんは繊細な心の繋がりを表現することが多かった。


彼女は絵を描く子なので、おそらくそういった繊細な感覚を元から持っているのだろう。


二人から好かれて嬉しい気持ちと、こんな二股みたいなことしていいのか?という悩みと、いろんな感情が混ざりあった。


『ねえメグちゃん、俺……本当に君とこんな関係でいいのかな?』


俺はさすがに申し訳なくなって、前に一度メグちゃんにLimeで言ったことがある。


『これってなんか、君のことを都合の良い女の子みたいな感じで接してることにならないかな?好きだって言ってくれるのはもちろん嬉しいけど、君の気持ちに応えられているわけじゃないからさ……』


『都合の良い女の子ではないと思いますよ。身体の関係だけとかだったらそうかも知れないですけど、これは、私がただ明さんが好きだからしていることで、明さんが何も責任を感じることじゃないですよ』


『でも、俺は君の気持ちを想うと、どうしても辛くなってしまって……。俺が君の立場だったら、とても耐えられないよ』


『ふふふ、優しいですね、明さん』


メグちゃんは、続けてこんなメッセージを送ってきた。


『私、明さんに好きだって言うようになってから、気づいたんです。恋愛って、好きと言われるのも嬉しいですけど、思い切り自分の好きだって気持ちを相手に伝えられるのが一番素敵だなって。こんなにも気持ちを解放できるのが嬉しいなんて、思いませんでした』


『気持ちの解放……』


『私はあなたに好きだって言えるだけで、今は幸せです。きっとこれは、明さんだからこそ幸せでいられるんだと思います。もし、これがただ二股かけようとする男の人だったら、私があの人の一番になりたいって思って、ずっと焦りと恐怖の中にいた気がします。明さんは、美結のことを一番だって思ってくれて、その上で私のことも誠実に気にかけてくれてる。それが、安心するんです』


『安心か……』


『だから明さん、美結のことを一番大事にしてあげてください。それで、時々私のことも気にかけてくれると嬉しいです。もちろん、一番になれる可能性だって追いますけどね!』


『そっか。俺はまだちょっと複雑な気持ちだけど、君がそれでいいなら……。本当は、告白された側の責任として、君に新しい恋ができるように応援すべきなんだろうけど、実はその……それはそれでちょっとヤキモチもあったりしてて……。ひどいやつだよ俺って。自分勝手でごめんね』


『ヤキモチ焼いてくれるってことは、少なからず私のことを、明さんの胸に刻めたってことですね。すっごく嬉しいです』




「うむむむむむ……」


放課後の帰り道。俺は腕組をしながら、眉を潜めている。


美結もメグちゃんも、すげえよな……。俺のこと好きでいてくれる上に、お互いのこと思いやってて……。俺だったら絶対無理だ、嫉妬しまくるもん。


「これで本当に良いのかなあ。メグちゃんに新しい誰か、良い人が見つかってくれるといいけど……。ああああ!でもそれはそれでなんか寂しい!絶対ヤキモチ焼くー!小さい頃は『にいにと結婚する!』って言ってた妹が彼氏連れてくるぐらいのヤキモチ焼く気がするー!」


俺は肩をがっくりと落としてため息をつきながら、「自己中だよなあ……ホント俺って。器が小せえよ……」と呟き、自己嫌悪に陥っていた。


個人的にはなんとか解決したいけど、本人たちがこれで良いって言ってるのがなあ……。


「むーん、モテるのは嬉しいが、まさかこんな三角関係になるとは、誰が思っただろうか……」


そう言って、またため息をついた。


「ん?」


その時、ふと目の端にたんぽぽが咲いているのを見つけた。


アスファルトの割れ目から懸命に茎を伸ばし、見事に花を咲かせていた。


「たんぽぽ……か。母さんが好きな花だったな」


そう言えば、今度の日曜日が母さんの命日か。よし、このたんぽぽを摘んで帰ろうかな。


俺はしゃがみこんでたんぽぽを五つほど摘み、家へと持ち帰った。


小綺麗な花瓶に水を注いで、食卓のテーブルに飾った。


「お帰りお兄ちゃん。あれ?それってたんぽぽ?」


たまたま通りかかった美結が、俺にそう尋ねてきた。


美結の髪は、最初の頃より大分伸びていた。今も短くはあるが、ベリーショートくらいにはなれている。時々、外国の女性俳優とかがそんな髪型をしてる人いるよな、なんてことを頭の片隅で考えていた。


「そう、たんぽぽ……。死んだ母さんが好きでさ。母さんが生きてた頃は、こうしてテーブルにたんぽぽをよく飾ってたよ。そろそろ命日だし、久しぶりに……ね」


「そうなんだ……」


「せっかくなら、お墓参りとかも行こうかな」


「あ、それなら私も行く!私もちゃんと挨拶したい」


「うん、ありがとうな」


最近の美結は、俺と一緒なら外に少しお散歩したり、買い物したりするくらいはできるようになった。


少しずつ前向きになってきていて、俺は本当に嬉しく思った。




……それから夕飯を食べたり、お風呂に入ったり、美結と一緒に映画を見たりなんかして過ごした。


そうして夜もふけはじめ、そろそろ就寝しようとした時のこと。


「お兄ちゃん、今日も一緒に眠ってもいい?」


「お、いいぞ。今日はどっちの部屋で寝る?」


「んー、お兄ちゃんのお部屋がいい」


「わかった!じゃあ行くか」


俺たちは二階へと上がり、二人揃って俺の部屋へと入る。


明かりを消し、ベッドの中に一緒に潜ると、美結は早速俺に抱きついてきた。


(み、美結ってスタイル良いんだよな……。胸も大きいし、なんかこう、全身やわっこいし……。正直、理性が結構ヤバすなんだよな。お風呂場で磨りガラス越しにだけど、裸見ちゃってるし……余計にこう、うん、ヤバい)


「……お兄ちゃん」


俺がバカみたいなことを考えていた時、美結が震える声で……しかし、とても真剣な口調で言った。


「今度の……お兄ちゃんのママのお墓参り行く時に、ちょっとだけ、別のところに寄ってもいい?」


「ん?ああ、いいけど……どこに行くんだ?」


「……一緒に、警察に行っても……いい?」


「!」


俺は、思わず美結を抱きしめ返した。そして、彼女の意思をもう一度……明確に確認するために、こう尋ねた。


「いじめを……相談、するためか?」


「うん」


「……そうか。よく……よく決心してくれた」


「……………………」


「たぶん、すぐに解決するものではないだろうし、もしかしたら完全に解決はせず、円満に終わらないかも知れない。それでも、ちゃんと気持ちを口に出すこと、自分の心や気持ちを大事に、おろそかにしないこと、それこそが本当に大切なことだと思う」


「うん」


「大丈夫、俺がついてる。一緒にこれから頑張ろう」


「……うん」


俺たちは、抱きしめ合って眠りについた。微睡みの中、美結の小さな……「お兄ちゃん、大好き」という言葉が耳に届いた。


少し照れ臭かったけど、嬉しくなった俺は……美結の頭を撫でて、その言葉の返事をした。




……そして、母さんの命日の、日曜日。朝の10時頃に俺と美結は二人して家を出た。


「先に警察の方から行くか」


「うん」


「もし、言葉に詰まったり、自分では言いたくないってのがあったら、俺が代わりに答えようか?」


「……うん、もしあったらお願い。でも私、全部答えられるよう頑張ってみる」


美結の前向きな言葉に、俺はうんうんと相づちをうった。


家から10分ほどバスに揺られて、警察署の相談窓口へと向かった。


そこは、学校でのいじめや、SNSでの誹謗中傷を主として相談を受けている窓口だった。


受付をすると、相談室なる場所へと連れられた。最初に受付をしてくれたのは男性だったが、相談室で応対してくれたのは、女性の警官に変わっていた。


おそらく、女性ならではのデリケートな悩みであったりする場合に、男性の警官では相談者が喋りにくい可能性があることを考慮してのことだろう。


その部屋で、美結は事の顛末を一から全て話した。女性警官はメモを取りながら、「それはお辛かったですね」と言ったり、いじめの内容に顔をしかめたりと、思ってたより親身な対応だった。


(なんとなく警察って、もっとツンとしてるというか……冷たそうな印象だったけど、それは俺の勝手な思い込みだったみたいだな)


自分の中に失礼な固定観念があったことに気がついて、俺は反省した。


美結が話し終えた後、警官の方から質問があった。


「ひとつ確認ですが、そのいじめがあった時の動画や写真、録音などはありますか?」


「えっと、な、ないです……」


「分かりました。あの、今回ご同行いただいてるお父様にご質問なのですが……」


「ん?お父様?」


お父様って俺のことですか?と言って、自分で自分を指差した。警官はきょとんとした顔で俺を見ていた。


「あー、実は俺、彼女の親じゃなくって、兄なんです」


「あ!そうでしたか、失礼しました。あの、差し支えなければご年齢を……」


「えーと、17歳です。まだ高校生です」


「高校生!わ、分かりました。何度も失礼いたしました」


「いえいえ」


俺はににこやかに答えながらも、内心では「俺そんなに老けてるかな……」と、考えないわけにはいかなかった。


「えーと、お兄様が来られてるとのことですが……ご両親の方はどうされました?」


「二人とも中々忙しかったりで家にいないことが多くてですね。妹がそこに気を使って親には打ち明けづらいというのと……内容もデリケートなものがありますので、歳の近い俺に相談をしてくれて、じゃあちょっと警察に行ってみようかと、そんな流れになったんです」


「なるほど」


警官はメモを取り、改めて俺に質問をしてきた。


「今回の件は、学校の方へはまだ連絡はされてないですか?」


「はい。ただ、彼女が個人的に先生へ相談したことはあるらしいですが、ちょっと取り合ってくれなかったらしくて。そういうのも加味して、学校に連絡するより前に、第三者の機関に相談するべきかなと」


「なるほど……分かりました」


警官は一度ペンを置くと、警察ができる内容について話し始めた。俺と美結を交互に見ながら、丁寧に言葉をつないでいった。


「まず、警察の方からはですね、学校と教育委員会に一旦連絡を取って、事実確認をさせてもらいたいと思います」


「警察の方で、どの程度動けるものなんですか?」


「大変申し上げにくいのですが、今の段階だといじめ自体をきちんと立証するのが難しくて……。なのでまずは学校で調査をしていただいて、校内の証言等を集めて、事実確認をするという流れになるかと思います。事実確認が取れたら、被害者側の渡辺さんと、相手方との間で示談するという形になります。もちろん、その間にはご要望に応じて学校や警察も入りますので」


「謝罪をしてもらうとか、賠償金の請求とか、そういう話でおさめると?」


「そうですね、被害者側が暴行などで入院した場合は、入院費+アルファという風に請求されたりします」


「『もう二度といじめをしません』みたいな確約書を取り交わしたりしますか?」


「それもありますね」


「でも、実際効力ってあるんですか?」


「当然ありますが、中々相手側が確約に納得しなかったりする場合もあるので、その時は被害者側が転校するという選択を取られたりします」


「いじめを受けた側が転校……か。なんだかやりきれないですね。本来逆であるべきなのに」


「そうですね……。ただ、被害者側が明らかに過剰な要求をする場合もあったりしますので、ケースバイケースではありますね。また、そうして示談がこじれると裁判になったりすることもあります。そういう意味でも、学校や警察が間に入って第三者的な判断を下す方が、両者とも納得されやすいです」


「分かりました、ありがとうございます」


俺と美結の連絡先を警官へ教えて、その日は終わった。


警察署を出て、次は墓参りのために電車の駅へと向かう。その道中で、美結が一言呟いた。


「いじめを立証するためには……やっぱり、やられてる現場の写真とかがないといけないのかな?私の髪、こんな感じなのに」


「そうだなあ……。実は自分でこの髪にしてましたって線も考えると、中々証拠としては厳しいんだろうね。でも、警察の方も間に入ってくれそうだし、これから少しずつ進展するといいな」


「うん」


「…………………」


美結は、少しだけ険しい顔をしてた。たぶん、これからいじめと向き合っていくことに対して、緊張や恐怖、怒り、いろんなものが込み上げているのだろう。


俺はキョロキョロと辺りを見渡した。今は人通りも少ない道に来ているので……見られる心配はないな。よし!


「美結」


彼女の頭に手を置いて、優しく撫でた。


「よく……頑張ったな」


「お兄ちゃん……」


「大丈夫、きっと上手くいくさ。もし上手くいかなくたって、俺がいる。お前は一人じゃないよ」


「……うん」


美結は……心の底から、本当に嬉しそうに、微笑んだ。


「お兄ちゃん、手……繋いでくれない?」


「て、手を?え、えーと……ちょっとそれは恥ずかし……」


「大丈夫、パパと娘にしか見えないと思うから」


「……止めてくれよお、俺、親に間違われたの結構ショックだったんだぜ?老けて見られてんのかな?って」


「ふふふ、お兄ちゃんが大人びてるからだよ」


「俺は別に、大人びてるわけじゃなくて、大人になろうと必死こいてるだけのガキだよ」


「………………?」


「……ん、なんでもない」


俺は静かに、彼女の手を握った。


あたたかい……。人肌って、なんでこんなに安心するんだろう。


いや、そうか、美結の手だからなんだろうな。


「せめてなあ……フツーに兄妹に見えてほしいよ」


「兄妹がいい?」


「そりゃあ……親子よりは」


「私は、カップルに見られたいなあ」


「…………………」


「お兄ちゃんは、どっちがいい?」


「……いじわるな奴め」


俺と美結は手を繋いだまま、そのまま駅へ向かった。


母さん……今日は、大事な人を連れて、会いに行きます。





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