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53.VS湯水(part13)

……窓の外から聞こえる雨の音が、教室の中を満たしている。


さっきまで小雨だったのに……今は音が聞こえるほど降っているんだ。


私は湯水から目を逸らすことができずに、その雨のことを耳だけで理解していた。


「平田、あなた今……“なぜ湯水が渡辺 美結へたどり着いたんだろう?”って、考えていたでしょ?」


「……………………」


心を見透かされたような言葉を告げられて、私は何か返事をすることも、黙って頷くことさえもできなかった。


「……いいわ、話してあげる」


湯水は手を腰に当てたまま、そう言って話し始めた。


「私はこの前、あなたたちの会話を聞いていたの。あなたと渡辺が、本当の恋人同士じゃないってこと……」


「……!!」


「平田……あなたは典型的なA型女。性根が真面目で、嘘をつくことに罪悪感を覚えるタイプ。だからあなたが私のことを欺いているなんて、少しも想像できなかった。そして、あなた自身が本当にアキラを好きだからこそ、私はずっと惑わされ、出し抜かれた。その点に関しては褒めてあげる」


「……………………」


「だけど、あなたは真面目過ぎる。私がさっき、『アキラのことを好きか?』『そうね、アキラの彼女だもね』と尋ねた時、あなたは前者については肯定したが、後者については無視した。それはあなたが、『アキラのことが好きではあるけど、恋人ではない』から。あなたはそこに嘘がつけなかった。あなたたちが偽物の恋人であるかどうか、99%まで疑ってたけど……今のあなたの反応で100%に……確信に変わった」


湯水は、ほとんど瞬きせずに私を見やる。その眼差しに、心のあらゆる場所まで射貫かれているような気持ちになって、ざわざわと心臓が揺れる。


「あなたたちが私に対して嘘をつく理由を……いろいろと考えてみた。アキラは私と初対面の時ですら、私に対して冷たい態度だった。それはつまり、“本当の私のことを知っていた”ということ」


「……………………」


「私は、今まで多くの人間を弄び、その心を貪ってきた。でも、その私の本性を知る人間は、ほとんどいない。みんな私の外面……完璧で可愛い私しか知らないから。私の中にある攻撃的な面を知るのは……“私が攻撃した本人だけ”」


「……それって……どういう、こと?」


「私がいじめた人間だけが、完璧な美少女であるこの私の……素顔を知ってるってことよ」


「……………………」


「もちろん例外もいるだろうけど……概ねそこは外さないはず。なのに明は、私の本性を知らないはずなのに、私に対して冷たい態度だった。なぜか……?」


「……………………」


「その先に行き着いた答えは、『私がいじめた人間が、アキラへ告げ口した』ってこと」


「!」


「そうなると、数が絞られてくる。私はいつも、いじめた人間の牙を抜いてきた。最初は傲慢で無礼だった者でも、私には逆らえない状況へと追い込んだ。誰も私がいじめをやっているなんて信じてくれず、どんどんと孤立するように仕組んだ。そうしたら、みんな一様に引きこもり、いじめられたことを誰にも告げられず、静かに心が壊れていった」


「……………………」


「でも、ただ一人だけ……長らく私のいじめに対して反抗してきた者がいた。それが、渡辺 美結だった」


「………………」


「あの女は三対一であったにも関わらず、生意気にも私たちへ対抗してきた。もちろん、一旦はその心をへし折って学校へ来られなくしてやったけれど……後々になって、学校内でいじめがあったかどうかの調査が、警察主導で行われた。ああいう展開は初めてだった。心を折った後でも、まだ渡辺 美結は私とやり合うつもりなのかと、なかなかしぶとかった印象があった。渡辺 美結という女は、警察にすらいじめのことを相談できるほど、他の奴よりは精神が強い……。つまり、私の本性が漏れる発端は、渡辺 美結であることはほぼ間違いない、というわけよ」


湯水が一歩前へ足を踏み出した。私はそれに押されて、二、三歩後ろに下がった。


「私の本性が漏れる経路が渡辺 美結であることは把握できた。次はアキラと渡辺 美結の関係性を整理する。同じ渡辺性であることから、恐らく兄妹であることが濃厚……。それも、かなり親密な兄妹。あの渡辺 美結の精神が強いと言えど、私たちのいじめに屈して学校へ来れなくなったのも事実。こんなディープな内容を、親しくない人間に話すはずがない。となれば、兄妹と言えど仲の良い関係でなければあり得ない」


「……………………」


「……ただ、私はあの二人は、兄妹以上の関係性であると予測してる。私の神経を逆撫でする、ムカつく関係性だとね」


「きょ、兄妹以上の……?」


私の質問に対して、湯水は……今までよりさらに鋭い眼差しを、私に送った。


「あの女が、アキラの本当の彼女ってことよ」


「……………………」


「私は常々謎だった。アキラが私の本性を知っていて、私との関わりを持ちたくないから、私に対して冷たく接する……という理屈は理解できる。だけど、わざわざ偽物の彼女を用意する意図が分からなかった」


「……………………」


「ただ単に関係を持ちたくないのなら、そんな手間のかかることをする必要はない。だからこれはカモフラージュ……。アキラの本当の彼女へ、私を近づけさせないためのダミー……影武者……」


「!」


「平田、あなたがわざわざ私の前に出てきて、アキラの彼女だと言うことで、アキラの本当の彼女から目を逸らせた。平田とアキラ……なぜ二人がそこまで必死になって、アキラの恋人を守るのか?それは、恋人が渡辺 美結だったらすべての筋が通る。もともと私がいじめていた相手……その相手と関わりを持たせないようにするために、そんな手の込んだことをした」


「……………………」


「単に妹を守りたいだけから、そんなことはしない。恋人という関係だからこそ、影武者が必要になる。私がアキラを狙うことになれば、私はアキラの恋人へ必ず何かする……。それを見越したうえでのダミー彼女。それがあなた」


「……だ、だけど、そ、それは、おかしく、ないかな?」


「おかしい?」


呂律の回らない口で、私は少しばかり抵抗してみせた。


「だ、だって、兄妹で恋人なんて……へ、変じゃ、ないかな?普通は、あり得ないと思うけど……」


「………………」


「それに、私……その、美結さん?って人のことも、よ、よく知らないし……。知らない人のことを、わざわざ危険を冒して、庇おうとは……お、思わない、かな」


「……全く、やっぱりあんた、典型的なA型女ね。大根役者もいいとこ」


「………………」


「いい?“義理の兄妹”なら、恋人でも簡単に説明がつくわ。渡辺 美結は、私の中学に二年生の途中から転校してきた。転校の理由は、家庭の諸事情でっていうボカした説明だったから、再婚か離婚か、そのどちらかだろうということは、初めからピンときていた」


「………………」


「それに、その渡辺 美結が以前いた学校は、あんたの学校と同じでしょ?」


「え!?」


「4月の自己紹介の時に、出身中学を述べる機会があったはず。その時に、クラスメイト全員分を把握してたのよ」


「………………」


「同じ学校だったということは、当然、交遊関係があってもおかしくない。少なくとも、全く知らないというのは考えにくい。そうでしょう?平田」


「………………」


「そして、この前まで……アキラが一年生の女の子に人気だった理由である、『引きこもりの妹を助けるために学校を抜け出した』というのも、ヒントになった。これは確か、あなたが発端の噂話だったはず」


「!」


「と、いうところで、もうだいたい目星はついてるわけよ。あなたと、アキラと、渡辺 美結の関係性は」


湯水がするすると暴いていく様を、私はもはや聞いている他なかった。否定も肯定もせずに、ただ黙って立ち尽くすばかりだった。


だって、下手に行動しようものなら、その行動から湯水はどんどんいろんなことを察してしまう。いや、もう今既に……私の挙動で把握しているのかも知れない。


(ど、どうしよう……。あ、明さん……)


私は湯水に気圧されて、どんどんと後退りながら、彼の顔を思い浮かべた。それすらも察したかのように、湯水が私へ告げた。


「言っとくけど、アキラは助けに来ないわよ」


「え!?」


「あなたたちがよく待ち合わせしている下駄箱……。その付近で、今一年D組の男の子がいじめられてるから」


「…………い、いじ、め?」


「私がそいつをいじめるよう、D組のクラスメイトたちをけしかけたのよ」


「……………………」


「他の人間は、そういういじめの場面に遭遇しても、見てみぬフリをするでしょうが……アキラなら必ず、その子を助けにいく。だからそっちにかかりっきりってわけ。だからここへは、しばらく来ない」


「わ……私と二人きりで話すために、その男の子を…………」


「そう。中々用意が良いでしょ?」


「………………」


「本当はね、アキラをリンチする方が、足止めとしては手っ取り早いんだけど、ほら、アキラって勘がいいでしょ?私の仕業だと簡単に見抜かれる可能性があるのよ。そうなったら、たちまちこっちへやって来る。だから“足止め臭さ”を無くすために、ここまで準備したのよ」


「………………」


「それに、アキラのことは……あんまり、傷つけたくないしね」


「な、なんで……?」


「うん?」


「その男の子は、あなたに何か、ひ、酷いことをしたの……?なんで、いじめをけしかけたの……?」


「?いいえ、別に。会ったこともない。ただそのことを思い付いたのが9日だったから、出席番号9番のそいつにしたってだけ」


そんなものよ……と、湯水は淡々とした口調で話した。


「さて、平田。質問に答えてもらうわよ」


「……………………」


「渡辺 美結は、アキラとどういう関係なの?私の考察した通りの関係ってことで……間違いないかしら?」


「……………………」


ああ……明さん。私、もう無理かも知れません。


どう考えても、私一人の手におえる相手じゃない。 完全に常軌を逸した天才。


頭が切れるのもそうだけど……あまりに、手段を選ばなすぎる。


だって、私と二人きりになるためだけに……知りもしない男の子をいじめさせるなんて、同じ人間と思えない。


私みたいな普通の人間じゃ……すぐに手の平の上。人形さながらに操られて……。




殺される。




ザーーーーー…………。


雨音が教室に響いている。私の激しく動く心臓とは裏腹に、その教室の異様な静けさが……あまりにも不気味だった。





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