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60.他人事

……テレビに校門前の落書きが放映されてから、瞬く間にそのニュースが広まった。


もともとは小さなニュースでしかなかったんだけど、その謎めいた文言と赤字というところに、SNSが反応した。それによって、テレビでもやたらと取り上げられるようになったのだった。


お兄ちゃんとメグの学校には、マスコミや野次馬がたくさん出てきて、とても困っているという。


特にお兄ちゃんには、マスコミからの取材依頼なんかも来た。 学校で唯一『アキラ』という名前を持っているのは、お兄ちゃんだけだかららしい。


当然お兄ちゃんはその依頼を断ったんだけど……ある日、お兄ちゃんが学校に登校している時、正門をくぐろうとしたその瞬間を狙って、突然マスコミがインタビューをしてきたらしい。


『全く酷いよなあ……。全然聞かされてないんだぜ?それ。個人情報もへったくれもないよ……』


お兄ちゃんは電話越しに、ため息混じりにそう答えていた。私はベッドに腰かけて、白いクッションを抱いてその話を聴いていた。


「大変だね……。そのインタビュー、結局どうしたの?」


『なんかカメラもまわってて、今中継中とか言うからさ、さすがに邪険にするとイメージ悪く言われそうで怖いし……渋々応じたよ』


「ど、どんなこと訊かれた?」


『なんか、この落書きに心当たりありますかー?とか、友達のいたずらですかー?とか、ほんとずけずけ聞いてくんの。まあ答えられる範囲で答えたけど……。はあ、さすがに先生に言って、もう立ち入り禁止にしてもらおうかな』


「そうだよね、それがいいと思う」


『心配かけてごめんな、美結』


「ううん、いいの」


『どうだい?そっちの暮らしは。もう慣れたかな?』


「……ううん、慣れない。お兄ちゃんがいない生活なんて、慣れたくないよ」


『……………………』


「柊さんも城谷さんも、優しくて大好きだけど、私はやっぱり、お兄ちゃんが一番好きなの」


『……………………』


「お兄ちゃん、私……」


『……なんだい?』


「……………………」


そこまで口にしておいて、私は……それ以上言うのを止めてしまった。


お兄ちゃんと一緒にいたいって、何度も言いたい。何回だって言いたい。


でも、それは……お兄ちゃんの邪魔になっちゃうから。


せっかくお兄ちゃんが、私のためを思って……こうして安全な場所に連れてきてくれたんだから、その気持ちを……汲まないといけないよね。お兄ちゃんの気持ちを……無駄にしちゃいけないよね。


「ううん、ごめん、なんでもない」


私がそう言うと、『そうかい?』って……いつものように、どことなく察しているお兄ちゃんの声が聞こえた。


「うん、大丈夫だから。ごめんね?」


『……美結』


「なに?」


『愛してるよ』


「!」


『……ん、なんか……あれだな。電話だとちょっと照れるな』


「……えへへ、ありがとうお兄ちゃん。私も愛してる」


……お兄ちゃんと付き合うようになってから、もう一年半が過ぎようとしてる。だけど、全然倦怠期がこない。むしろ日を増すごとに、お兄ちゃんのことが大好きになっていく。


『ごめん美結。そろそろ俺……バイトの時間だ』


「あ……うん、分かった」


『じゃあまたな、美結。今度また電話するよ』


「……うん」


『それじゃあ、切るな?バイバー……』


「あの、お兄ちゃん」


『お?どうした?』 「……………………」


『ん?大丈夫か?どうした?』


「……ううん、なんでもない。大丈夫」


『……美結、俺さ、帰ってきたらまた電話かけるけど、いい?』


「……!」


『俺も、美結の声聞きたいしさ……いいかな?』


「うん!待ってるね!」


『ああ!それじゃあ、行ってくるな!』


「うん、いってらっしゃい!」


……そうして、電話が切れた。


「……………………」


私は、ベッドに寝転がって、天井を見上げた。


胸に抱いているクッションを……さらにぎゅっと胸に寄せた。


ふかふかのクッションだけど……やっぱり私は、お兄ちゃんのぎゅーが恋しい。


「はあ……お兄ちゃん」


いつも私の気持ちを……お兄ちゃんは察してくれる。私が寂しくて電話を切りたくないっていうのを分かって……また、『帰ってきたら電話する』って、そう言ってくれた。 そういう時、『美結が寂しそうだから』って言わずに、『俺が美結の声聞きたいから』って言ってくれるのが、すっごく嬉しい。


寂しいそうだから電話するってなると、私がお兄ちゃんに対して申し訳ない気持ちになる。でも、私の声が聞きたいって言ってくれると、純粋に喜んじゃう。嬉しくなっちゃう。


そんな風に私の心持ちまで気遣ってくれるお兄ちゃんが……本当に好き。


「お兄ちゃん……」


目にたまった涙を、クッションに埋めて隠した。


もうお兄ちゃんと、かれこれ1ヶ月近く会えていない……。本当なら、もうそろそろ夏休みで、一緒にいろいろ遊べる時期だったのに……。


……でも、我慢しなきゃ、だよね。湯水の件が終わるまで、私はちゃんと身を隠して……お兄ちゃんを困らせるようなこと、しちゃいけない。本当は電話だってしすぎちゃいけないし、なるべく邪魔にならないようにしないと……。


「……はあ、とりあえず……夕飯、作ろっかな」


私はベッドから立ち上がり、のそのそと寝室を出た。 リビングでは、柊さんがソファに座り、バナナにかじりつきながら、テレビを凝視していた。


「柊さん」


私がそう言うと、バナナを咥えたまま彼女はこちらを向いた。


「ん、みゆし、おあおうごあいまふ」


「ふふ、おはようございますって……今起きたんですか?柊さん。もう夕方の18時ですよ?」


「ふぁい、さいいんねてなあったものえ」


「もう、あんまり無理しないでくださいね。寝溜めって本当は身体によくないんですよ?」


「しろあにちぁんにお、おんあじこといわれまふぃた。いお、きをふえまふ」


私は“柊語”に苦笑しつつ、キッチンに立った。


ここのキッチンは、リビングとの間に壁がなく、キッチン側にあるカウンターからリビングのソファとテレビが見えるような構造になっている。


さーて、今日はどうしようかな……。キムチを買ってあるし、豚キムチとかにしようかな。


余った豚は豚汁にして……。そうだ、ご飯って余ってたかな?


「あ、そう言えば美結氏」


「はい、なんですか?」


柊さんの問いかけに対して、おひつのご飯を確認しつつ答える。よし、三合くらいあるし、ちょうど良いかも。


「明氏がニュースに出てましたよ。先日の落書きについて」


「あ、さっきちょうど、お兄ちゃんから聞きました。なんでも無理やりインタビューを受けさせられたとか」


「ええ、録画してますんで、観てみますか?」


「録画?」


私がそう言うと、柊さんは該当のニュースを流し始めた。私はキッチン側から、そのニュースに目をやった。


『南高校の正門前にて書かれた、謎の落書き。南高校には“アキラ”という名前の生徒が1人だけいるそうです』


落書きの映像がでかでかと映され、それに合わさってニュースキャスターが説明を入れていく。それが終わると画面が切り替わり、お兄ちゃんが映された。


『……………………』


画面に映るお兄ちゃんは、目に見えて面倒臭そうにしてた。眉をしかめて、口をへの字に曲げている。


でもなんだか……その時、久しぶりにお兄ちゃんに会えたような気がして、思わず……嬉しくなってしまった。


「知人がテレビに出ていると、なんだか不思議な気持ちになりますね」


柊さんの呟きに、私は「そうですね……」と、やや上の空気味に答えた。


『あなたがアキラさんですか?』


インタビュアーの質問に、お兄ちゃんは黙ってうなずく。


『あの落書きについて、何か心当たりは?』


『…………なんとなく、あります』


『ご友人のいたずらですか?』


『そういう類いのものじゃないです。俺の友達に、いたずらでこんなことする奴はいません』


『では、一体誰が?』


『……………………』


『ネットでは、付き合っていた元恋人や、ストーカーがやったのではないかと言われていますが、それについては?』


『……………………』


『この落書きを書いた方に対して、どう思っていますか?』


『……悲しいです』


『悲しい?』


『……………………』


『あの、具体的には、どういうところで悲しいと?』


『……それほどまでに、お前は誰からも愛されていなかったのかと……俺に依存する以外の術を知らないあいつの心境を想うと、悲しくて仕方ない』


『はあ……』


『………もう授業始まるんで、失礼します』


『え!?ちょっと!まだ回答がよく分からないのですがー!』


お兄ちゃんはインタビュアーさんの言葉を無視して、寂しそうな背中だけを残して去っていった。


「……………………」


「この明氏の対応が、ネットでかなり話題になっているみたいですよ」


「ネットで……」


私はポケットに入れていたスマホを取り出し、どんな感じで話題にされているのか見てみた。


SNSなんかでその話題を検索してみると、いろんな意見があった。



『いや、何この回答。ドラマ過ぎんでしょ』


『含みありすぎて草』


『ていうかアキラぶっさwwwwこりゃストーカーの女も大したことないな』


『これマスコミがひどいな……。さすがに訊きすぎ。男子生徒もこんなん訊かれても答えにくいだろ。先生ちゃんと守っとけよ』


『え、アキラくん意外とタイプかも。絶対優しそう』


『こんな顔でも女の子からストーカーしてもらえるんか……』


『顔じゃなくてチ◯ポでモテる系のやつだわ』


『回答が完全に厨二っすね(笑)』


『こいつ心当たり絶対なんとなくじゃないだろ』


『「悲しいです」って言えるのは、すごいですね。根が普通に良い子なんだと思います』


『ストーカー被害か、大変だね。私も元カレにストーカーされた時はうざかったな~。ずっと好きだ好きだって言われて鬱陶しくて、止めて欲しいな~って思ってたんだけど、なかなか向こうが諦めてくれなくって……』



……本当に、いろいろ様々な……悪く言うと言いたい放題な感じでお兄ちゃんは話題にされてた。


「……………………」


お兄ちゃん……私、なんだか嫌だな。


お兄ちゃんのこと何にも知らない人が、あーだこーだお兄ちゃんのこと喋ってて……。


……それに、なんだかお兄ちゃん、ちょっとやつれてた。湯水とのことで、いろいろ溜め込んじゃってるところもあるんだと思う。


「お兄ちゃん……私……」


モヤモヤした気持ちを抱えながら、私は夕飯の支度を始めた。







「よお、有名人!」


学校の昼休み中。通りすがりに、全然知らない奴らから肩をぱんっと叩かれた。


ニヤニヤと笑うそいつらは、俺が顔をしかめているのを見てより笑い、スタスタと去っていった。


俺のインタビューがテレビに出て以来、俺は以前よりさらに……悪い意味で注目を浴びるようになった。


俺を見かけると、女子からひそひそと噂話をされたり、男子からはこうして変にからかわれたりと、とにかく学校に居づらい。


「……………………」


そんなある日の昼休み、俺は担任の先生からヒアリングを受けた。


使われていない教室で二人、机1人を挟んで向かい合いながら座った。


「渡辺」


先生がひとつ咳払いをしながら、話を始めた。


「あの校門前のいたずら書き……お前、本当に心当たりあるのか?」


「……………………」


「あるんだったら、先生にちゃんと誰なのか言ってくれ。毎度ああいうことをされるのは非常に困る」


「湯水ですよ、先生」


「なに?」


「今、絶賛不登校中の……湯水 舞ですよ」


「湯水って……あの一年生のか?」


「そうです。先生も見たことあるでしょう?湯水が俺をデートに誘いに来て……困らせてたことを」


そう、いつだったか湯水は、『デートに応じるまで動かない!』と言って俺にしがみついてたことがある。


もちろん当時はそれが演技だったが……今となっては、もはや演技以上に恐ろしいことをしてくるようになった。


「ああ……なるほど、そう言えば」


先生もそのことは覚えているらしく、腕を組んで宙を見上げた。


「あいつは本当に異常ですよ、俺への執着心が強すぎる。俺も迷惑しています」


「……ふーむ」


「湯水をすぐに見つけるべきです。でないと、どんどん過激なことをし始める」


「……?お前、“すぐに見つけるべき”って……なんで湯水が家出中って知ってるんだ?先生たちしか知らないはずだぞ?」


「もうそんなの、学校中で噂になってますよ。湯水が家出して、俺に振り向いてもらうために落書きしてることも」


「……………………」


「先生、俺も自分の身は自分で守るつもりですが……先生方も、ちゃんと校内の治安は守ってもらいたい。だいたい、なんでマスコミが校内に入るのを許可したんですか。俺の個人情報が漏れること、分かってるはずです」


「いや……あれはだな、取材料が既に振り込まれてて、断るわけにもいかなかったからだ」


「は?取材料?なんでそれを学校が貰ってるんですか。筋が通らない。百歩譲って俺が貰うならまだしも……」


「敷地内に立ち入りを許可するのは学校側だ。そうだろ?」


「………………」


俺は、机に隠している拳を、ぎゅっと握り締めた。


この学校は、俺の個人情報を守ることよりも、敷地内への立ち入りを気にすんのか……。


「……ひとつ言っておきますけど、生徒のこと舐めたら怒りますからね」


「なんだ渡辺、何を喧嘩腰に……」


「とりあえず先生、マスコミは今後学校へ入れないでください。もし次いれたりしたら、湯水のことをマスコミへ詳細に話しますからね」


「!」


「先生たちとしては、あくまで部外者の落書きとして処理したいはずでしょ?学校の信用……イメージを損ねないように。内々の人間、それも生徒があんなことをしたなんて、表沙汰にはしたくないはず」


「分かった分かった、そう息を荒げるな」


先生は腕組をほどいて、俺をたしなめた。


「次からは必ず断る、これでいいだろ?」


「……………………」


俺はもう、呆れてものが言えなかった。何が“これでいいだろ?”だ、上から目線もいい加減にしろよ。先生って呼ばれたきゃ、それなりの態度を示したらどうだよ。


(はあ……湯水、お前のせいで……ここ最近、人生で一番、人間のことが嫌いな時期になったよ。どいつもこいつも他人事……。信頼できる人間は、本当に一握りだ)


俺はやり場のない怒りを静めるために、声を出さずにため息をついた。










『……アキラさん、大丈夫ですか?』


放課後になって、俺はメグちゃんから電話を貰った。


下校途中の通学路、小学生や中学生たちがはしゃいで道を走る隣で、俺はポケットに左手を突っ込み、空を仰いでいた。


『テレビのこと、クラスでもだいぶ騒ぎになってました。湯水がいないことも相まって……かなり話題が沸騰してます』


「まあ、そうだよなあ……。ちくしょう、鬱陶しいったらありゃしない」


『……………………あの、明さん』


「ん?」


『……いえ、やっぱり……なんでもありません』


「……?そう?」


『はい。今……明さん、大変ですから』


「大丈夫?モヤモヤしない?」


『………………』


「いいよ、遠慮しないでくれ。トラブルは、みんなで共有しておいた方が気が楽になるよ」


『……分かりました、ありがとうございます。あの、実は最近、SNSで……私のアカウントが炎上しちゃってるんです』


「え?」


『明さんも知っての通り、私、イラストを投稿してるんですけど……そのイラストが、有名な作品のトレースだって言われて……』


「トレース?」


『簡単に言うなら、パクりっていうか……絵をそのままうつしただけだみたいなことを言われて。確かに構図は結構似てはいるんですけど、でも私……その有名な作品のこと最初から知らなかったので、全然……身に覚えがなくて』


「……そっか、言いがかりにも取れるし、勘違いにも取れる……微妙なラインだね」


『はい……。それで結構……落ち込んじゃってて……』


「メグちゃん……」


『ごめんなさい、明さんの方が辛い思いしてるのに、私の話なんかしちゃって……』


「良いんだよ、気にしないでくれ。困った時はお互い様!そうじゃない?」


『……………………』


「少なくとも俺は、メグちゃんの絵、好きだよ。メグちゃんらしくて、何回でも見たくなる」


『……ふふ、ありがとうございます、明さん』


「しかし、どうしたものかな。そういう炎上って、どうすればおさまるんだろうか……」


『一旦、自分の意見を投稿してみます。それでダメそうなら……また、美結や明さんに相談してみます』


「うん、分かった。相談はいつでもいいからね」


メグちゃんは電話を切る最後まで、ずっと『忙しいのにごめんなさい』と言い続けていた。


まあ、確かに俺もだいぶ時の人になってしまったが……それでも、身に覚えのないことで炎上だなんて、ひどい話だ。


「湯水と関わってから、中々落ち着かない日々が続くなあ……」


なんてことを、無意識に口にしていた……その時だった。


「……湯水?」


まさか、メグちゃんのアカウントを炎上させてるのは、湯水なのでは?



『あなたはきっと、自分が傷つけられるより、自分の大事な人を傷つけられる方が嫌なはず……!だから私は、その方法を使って嫌われることにする!!』



「……………………」


俺は歩くのを止めて、その場に立ち止まった。そして、藤田くんに電話をかけてみた。


『……うっす、兄貴。どうしたんすか?』


……彼が電話に出たその初手で、嫌な予感がした。


彼の声が、どことなく沈んでいるのだ。こんな藤田くんの声を聞くのは初めてだった。


「いや……藤田くん、最近どうしてるかなって」


『へへ、あざす。今……わりと落ち込んでたんで、気にかけてもらえるの、嬉しいっす』


「……どうかしたのかい?」


『…………その、最近オレ、バイトクビになっちまったんすよ』


「え!?」


『客に出したスパゲッティに、まち針が入ってたらしくて……。そのスパゲッティ、オレが作ってたんで……』


「……………………」


『そういうことが何回かあって、クビになっちまって……。いや、オレそんな……入れた覚えねーって言うか……。うーん、でも実際入ってたんたなら、やっぱオレがバカだったから、気がつかねー内にやっちまったのかなあって……それがすんげー、すんませんっていうか……』


「……………………」


『それとなんか、俺の話じゃ全然ねーんですけど、葵の家に最近ゴミが投げ捨てられるみたいなんすよ』


「ゴミ……?」


『なんつーのかな、庭先にタバコだったり生ゴミだったりが捨てられるようになってて。陰湿な感じしますよね~』


「……そうか、二人とも大変だな」


『まあまあ、俺の方はもうやっちまったことは仕方ねえんで、諦めて次行きますわ。葵の方も警察に相談してるんで、たぶん大丈夫と思うっす』


「そっかそっか、それなら良かった」


『なんかすんません兄貴』


「いいよ、“細かいことは気にしない”、だろ?」


『……へへ、そうっすよね』


「何か困ったことあったら、遠慮なく言ってくれよ。もちろん、葵ちゃんのことも」


『うっす、あざす』


そうして、電話を終えた。


「……………………」


三人が三人とも、なんだか妙に嫌なことが起きている。これは……関連づけるのは難しいかも知れないが、湯水がやってる可能性が高い。


(柊さんに相談してみるか……。明確に湯水の嫌がらせかどうか分からないものもあるが、念のため調べてもらった方がいい……。しかし、もし湯水がやったことだとして、異様に手数が多いな。湯水一人でやるにしては、仕事量が多くて回らなそうだが……。もしかすると、共謀者がいるかもしれない。湯水と一緒になって美結をいじめてた……なんて名前だったっけ?澪と喜楽里とかいう子だったかな。その二人の動向も調べて見れば、自ずと湯水のいる場所が分かるかも知れない……)


そう考えた俺は、すぐさま柊さんへ電話をかけた。そして、この考察について話してみた。


『おお、明氏。実はそのことで報告したかったことがあったんです』


「報告?」


そう尋ねた俺に、柊さんが答えた。


『つい一時間前、その二人を確保しました』


「え!?」


『実は湯水が消えた辺りから、その中学時代の友人二人……澪と喜楽里には目をつけていたんです。そして先ほど、葵氏宅にゴミを投げ捨てるところを目撃しましてね。それを写真におさめ、すぐさま警察へ連絡したんです』


すごい……!もう柊さんは当初から目をつけてたんだ!しかも証拠を抑えて、警察に連絡まで!


「さすが柊さん!もうそこまでされていたんですね!」


『湯水は行方をくらましつつ、明氏たちへの攻撃をするわけですから、その手足となる人間がいるだろうなと、ある程度予測してました。これより、警察から二人への事情聴取が始まります。また進展があり次第、連絡しますね』


「ありがとうございます!お、俺は何かできることありますか!?」


『明氏は、当分の間は美結氏や友人たちのメンタルケアにいそしんでください。もちろん、ご自身のことも大事になさって。湯水の居場所云々は私たちに任せてください』


「ありがとうございます……!柊さん!」


『いえいえ。みんなで一緒に頑張りましょう』


俺は電話を終えた後、小さくガッツポーズを決めた。


よかった!これはかなり大きな進展だ!二人はおそらく、湯水の指示を受けて嫌がらせをしていたはず。ならば、二人から湯水の居場所を聞き出せば……あいつの元にたどり着ける!


美結!もう少しで君に会えるよ!全部終わったら、一緒にたくさんデートしよう!


今まで湯水たちが怖くていけなかったところ、全部!








……と、息巻いていたのが2日前の金曜日。


現在、7月24日の日曜日。未だに柊さんから連絡はない。事情聴取に難航しているのだろうか?


「今日の夜辺りにでも、現状確認で電話をかけてみようかな……」


そんなことを思いつつ、俺は学校から出された夏休みの宿題に手をつけていた。


リビングの机にて、クーラーをかけて宿題をする。同じ机の上に、未だ着信のないスマホを置いて、じっと連絡を待つ。


窓の外からミンミン蝉の蝉時雨が耳に届くせいか、外に出ていないはずなのに、身体がじんわりと暑くなってくる。


「夏休み……。はあ、早くみんなと遊びてえなあ……」


湯水の一件が終わらない以上、俺たちに平穏な夏休みは来ない。一刻も早く終わらせてしまいたい……。



『好きよ、アキラ』



……湯水、お前は本当に……悲しい人間だ。お前を嫌いなはずの俺に……依存するしかないお前の境遇って……一体どんななんだ。


俺はお前のことが嫌いだが……しかし、その悲しみは俺の胸をズキズキと突っついてくる。


「……いや、ダメだ。そんなこと考えるな。この辺が甘くて……ヤなやつに利用されるんじゃないか」 俺はシャーペンを机に置いて、右手で頬杖をついた。


「優しいことと甘いことは違う。甘いっていうのは八方美人ってことだ。八方美人は自分の評価が落ちるのを怖れてるだけの……ただの臆病者だ。自分でそこは理解しているんだから、きちんとした方がいい」


自分で自分を律するために、状況を口に出して整理する。


母さんが死んで間もない頃、こうして自分の気持ちを整理整頓していたことを思い出す。


俺はよく、大人びてるだなんて言われるけれど、そんなことはない。母さんがいなくて、父さんもそばにいなくて、ただ一人でずっと……こんな風に物事を考える時間があっただけだ。


早く大人になろうとして、早く立派になろうとして、無理やり自分を成長させようとしてただけだ。


「……………………」


……はあ、止め止め。変に自分を卑下するな。自分を下げる意味なんてない。誰に対してやってるのか分からない無意味な謙遜なんて、しない方がいい。



ピピピピ!ピピピピ!



「!」


待ちに待った着信が、ついに鳴り響いた。


相手はやはり、柊さんだった。 俺は直ぐ様スマホへ手を伸ばし、電話を取った。


「はい!もしもし!」


『ああ明氏、今……よろしかったですか?』


「ええもちろん!待ってました!」


『例の澪と喜楽里の両名についてですが……まず、彼女らは湯水の指示に従って、明氏の周りの人たちに嫌がらせをしていました』


「やっぱり……」


『ただ、指示を受けていたと言っても、湯水と会っていたわけではないようです。指示は必ず電話かメール……。本人と対面することは一度もなかったようです』


「ということは……彼女たちも湯水の居場所は知らない……と」


『そのようです』


徹底してるな……湯水。仲間が捕まることも考慮して、居場所を教えていないと……そういうことか。


『ですが……彼女ら曰く、あらかたの目星はつくという話です』


「目星?」


『湯水は、何人もの男と付き合ってきました。その元カレの場所にいるかも知れないとのことです』


「元カレか……!なるほど、匿ってもらうところとしては、最適かも知れないですね」


『ええ、私の探偵の血が騒いできますよ』


「探偵の血……ですか?」


『あの二人の話によると……湯水は相当な数の男と付き合ったようです。同年代に限らず、大学生、社会人……幅広く網羅してます』


「幅広くって……。一体、何人と付き合ったんですか?湯水は」


俺のその質問に対して……柊さんはなんだかやけに嬉しそうに、言葉が弾んだ様子で……こう言った。


『あの二人曰く……40人から先は数えるのを止めたとのことです』





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