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73.それぞれの想い(3/3)

「あ、次は美結だね。はいマイク」


「ん……ありがと」


美結は指で涙を払い、メグちゃんからマイクを受け取って、席から立ち上がった。


ふー……と息を吐き、緊張をほぐしている。


「カラオケ……本当に久々かも。年単位で来てなかった気がする。お兄ちゃんとも、初カラオケだよね?」


「あれ?俺って美結とカラオケ行ったことなかったっけ?」


「うん、実は何気に」


「そっか……そう言えばそうなるのか」


「……ふふふ、じゃあ久々に頑張ろっと。見ててね?お兄ちゃん」


美結は咳払いをひとつしてから、歌い始めた。


それは、「prisoner of love」という曲だった。


「………………」


……すごい。


美結、想像していた以上に上手い。というか、様になっている。歌い慣れている感じだ。


(好きだったんだな、カラオケ)


今まで満足に外へ出られることも少なかったから、中々行けなかったんだな。


じゃあこれから、たくさん一緒に行ってあげたいな。俺は下手くそだからあれだけど、こうしてメグちゃんや他のメンバーと一緒になら美結も行きやすかろう。


そうか、でもまだまだ……俺の知らない美結がいるんだな。もっともっとこれから知れたら……嬉しいな。



……♪……♪♪



美結がちらりと、横目で俺を見る。それに目が合うと、彼女は歌いながらニコッと笑った。


なぜ突然こちらを?と、彼女の行動に首を傾げていた時、横からメグちゃんが「明さん、嬉しいですか?」と話を振ってきた。


「え?嬉しいって?」


「ほら、美結の歌ってる歌は、明さんに向けてですよ?」


「え?え?ま、まじ?」


そう言われた俺は、改めて彼女の歌詞に注視してみた。


「………………」


……お、おお、そうなのか。これが、美結から俺に向けて……。


「……………………」


ふいに俺は、彼女と出会ってから今までのことを思い出していた。


あれから数年の歳月が過ぎたと言うのに……まるで昨日のことかのように、鮮明に覚えている。




なんか、冴えない感じー。私、この人がお兄ちゃんなの嫌だ。


髪もなんか特徴ないしー、顔もフツーだしー、なーんか全体的に60点って感じ。


美結とか名前で馴れ馴れしく呼ばないでよね。本当のお兄ちゃんにでもなったつもり?気色悪い


私がバカだっただけじゃん……。私が、メグの気持ち考えてなくて、自分勝手で生意気で……最低で…………勝手に仲良しだって思って……。


ごめんねお兄ちゃん……私、もうお兄ちゃんのこと、大好きになっちゃった。


お兄ちゃん、愛してる。ホントにホントに愛してる。この世の誰よりも、あなたを愛してる。




「……………………」


もし……あの当時の美結と俺が、今の美結と俺を観たら……なんて言うだろうか?


「こんな関係になるなんてあり得ない!」と、そう笑うだろうか?



……♪♪……♪



美結の歌は、思いの外淡々としたメロディだった。だけど、彼女の持つ表現力がそうさせるのか……感情が真に迫るというか、心にストレートに伝わってくる。


美結からの強いメッセージを肌で感じる。


「……よし」


美結は1度マイクの音声を切ると、「ね、お兄ちゃんも立って」と言ってきた。


「え?お、俺も?」


「ほら、ね、お願い?」


「お、おう……」


彼女に懇願された俺はそれに従い、恐る恐る美結の横に立った。


美結はにっこりと笑うと、右手にマイクを持ち、空いた左手で俺と手を繋いできた。


手の平同士をぴったりくっつけてる、いわゆる恋人繋ぎだ。


「ひゅーひゅー!いいぞ美結っちーーー!」


「見せつけるぜこの野郎ー!」


藤田くんと圭の野次が飛ぶ。メグちゃんや葵ちゃん、湯水も「大胆ー!」なんて言ってはしゃいでるし、城谷さんや柊さんは、微笑ましい眼でこちらを観ている。


さすがに恥ずかしかった俺は、美結に「恥ずかしいから離してくれよ」と、そう伝えるために口を開いた。


……だけど、それは彼女の歌う横顔を見て、止めることにした。


彼女の眼は、真剣だった。


この手は、単にただこの場を盛り上げたいからじゃない。


ああ、そうか。


美結、今君は……俺にラブレターを口ずさんでくれているんだね。




──どんな時も、君は俺と一緒にいると、そう言ってくれるんだね。




「……………………」


……歌が終わったその瞬間、美結はこちらの方へ顔を向けて、俺の頬にキスをした。


「これからも一緒に、幸せになろうね、お兄ちゃん」


「……美結」


「ふふふ」


彼女はにこっと朗らかに笑うと、マイクをすっと、俺の前に差し出した。


「じゃあお兄ちゃん。最後のトリ、お願いね」










「……ト、トリ?俺が?」


お兄ちゃんは冷や汗をドバドバにかいて、口角がひくひくと動かしている。


「もちろん!お兄ちゃん、まだ歌えてなかったでしょ?もうそろそろ時間来ちゃうし、最後歌っちゃいなよ」


「い、いやいやいいんだよ俺は!俺、超ド下手くそだし……絶対白けるって!」


「えー?でも私、お兄ちゃんの歌聴きたいな~?」


私はわざと、上目遣いをしてお兄ちゃんに迫ってみた。お兄ちゃんは顔を真っ赤にさせて、「むむむ……!し、しかし……!」と唸っている。


「はいはーい!私も明さんの歌聴きたいなー!」


そこに、私の援軍が入ってきた。もちろんそれは、メグだった。


彼女を皮切りに、この場にいるみんながお兄ちゃんへ次々と言葉を飛ばしてくる。


「ねえアキラ!私も聴きたいわ!聴かせてよ!」


「兄貴なら大丈夫ですってー!!みんなで最後、盛り上げましょうや!」


「兄貴さんがどんな歌を選曲されるのか、興味あります」


「おい明ーーー!びびってんじゃねーぞ!腹くくれーーー!」


「明くん、音痴なんて誰も気にしないから、楽しんじゃいなよ!」


「私も自由に歌わせてもらいましたから、明氏も自由に歌ってください」


「ほら……ね?お兄ちゃん」


「……………………」


お兄ちゃんはしばらくの間、物凄く迷っていた。マイクを凝視して、ぐっと唇を噛み締めた。


だけどその後……覚悟を決めた様子で、「……っし」と呟き、袖をまくった。


「分かった!“ドブネズミ”な俺をさらけ出してやる!」


「「おおおおーー!!」」


お兄ちゃんの宣言に、拍手が起きた。 お兄ちゃんはタブレットに曲を入力し、右手に“人”の字を3回書いて飲んでいた。


「それじゃあ……美結、マイクをくれるかい?」


「うん!」


私からマイクを受け取ったお兄ちゃんは、バクバクと高鳴る胸を左手で抑えながら……歌い始めた。


曲名は、「リンダリンダ」。



……♪……♪♪



まず序盤は、ゆっくりと進む。


バラードのように優しく、穏やかだった。


「……すうっ」




「───────っ!!!」




曲調が一瞬にして変わった。激しく眩しい、パンクロックに。


お兄ちゃんは、思い切り叫んでいた。喉が破れんばかりに大声で。 部屋の中がビリビリと振動して、一気に私たちの心を掴んだ。


「おら来たーーーーー!!」


「さすが兄貴ーーーー!!」


圭さんと藤田さんが、早速お兄ちゃんの熱いシャウトに呼応する。


音程もリズムもズレてて、確かに技術的には上手じゃないかも知れない。


でもお兄ちゃんの歌は、真っ直ぐて一生懸命だった。 それが本当にお兄ちゃんらしくて、すっごくすっごく嬉しかった。


まさしく、渡辺 明そのものだと思った。


「アキラーーー!」


「明さーーん!!」


見ている人たちがみんな、リズムに合わせて手を叩く。サビの部分では、お兄ちゃんとともに口ずさむ。


「しゃっおらあっ!!」


間奏のところで、お兄ちゃんは思い切りヘドバンをした。


額に浮かんでいた汗が、ぱっ!と辺りに散っていた。


「明氏、いいですよ!」


「明くん!いけいけー!」


「兄貴さーーん!」


部屋中がお兄ちゃんの放つ熱気に包まれて、胸が熱くなってくる。


鼓動がどんどん激しくなって、止まらない。生きてる喜びを思い切り噛み締めるような、そんな感覚。


どんなことがあっても、ひねくれない。


曲がらない。


真っ直ぐに。


真っ直ぐに。


お兄ちゃんの持つ、決して負けない強い力。


それを優しさと呼んだり、思いやりと呼んだり、愛と呼ぶのかも知れない。




「お兄ちゃーーーーーん!!!」




私は叫んだ。


お腹の底から、思い切り叫んだ。


目に涙が滲んでも、構わず叫んだ。


お兄ちゃん。


お兄ちゃん。


私、ずっとずっと、お兄ちゃんが大好きだよ。









「……はあっ、はあっ、はあっ」


お兄ちゃんは、全速力で走り切った。


肩を揺らすほどの息切れをさせながら、汗を滲ませていた。


「わーーーー!!」と、部屋の中が割れんばかりの歓声が上がった。


私たちはお兄ちゃんに向かって、次々と叫んだ。


「明さん!すごかったですよ!ホントに!」


「何よアキラー!あなた上手いじゃない!」


「兄貴ーーー!ひゅーひゅーーー!」


「兄貴さんさすがーー!」


「やるじゃんかよ明ーー!いいシャウトだったぜーー!!」


「明くん良かったよー!熱かったーー!」


「明氏らしかったですね、とても好きです」


「お兄ちゃん!カッコ良かったよーーー!!」


「……………………」


……お兄ちゃんは、その光景にぽかんとしていた。


「……へへ」


でもその後、お兄ちゃんは……眩しいくらいに明るい笑顔で、左手にVサインを作り、私たちへ自信満々に見せてくれた。


「あ!お兄ちゃん、採点が発表されるよ!」


「お!?マジか!?」


私がモニターを指差すと、お兄ちゃんもそちらの方を見た。




『採点結果:60点』




結果がモニターにデカデカと映されると、お兄ちゃんは口をあんぐりと開け、頭を抱えて叫んだ。


「ギャーーー!やっぱり酷いーーー!」


そんなお兄ちゃんの嘆きのシャウトに、みんなお腹がよじれるほど笑った。
















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