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72.それぞれの想い(2/3)

……前面のモニターに、次の曲のタイトルが映し出された。 それは、「弱虫モンブラン」という曲だった。


「あ、これは私だ」


そう言って手を上げたのは、葵氏だった。彼女は湯水からマイクを受け取り、歌い始める。



……♪……♪♪



葵氏の可愛らしい声が、不思議な歌詞で彩られたこの曲に上手くマッチしている。 そんな歌を、他のみんなが穏やかな顔で聴いている。


「ひゅーーー!葵サイコーーー!」


葵氏の隣にいる藤田氏がはしゃぎまくる。葵氏は若干気恥ずかしそうにしていたが、それでも嬉しそうに頬を緩めていた。


「……………………」


私の学生時代には、こんなキラキラした思い出はない。


友だちとカラオケなんて行ったことなかったし、こんなに大人数で和気あいあいと騒いだことなんてない。 いつも隅っこにいて、そこからこういう風景を眺めていた。


だから未だに、こんな場所にいると少しそわそわしてしまう。自分が場違いなように感じてしまうからだ。


「千秋ちゃん、また考えてたんでしょ?」


隣に座る城谷ちゃんが、私の顔を覗き込んで来る。彼女は少し眉をしかめて、むっと口先を尖らせていた。


「“また”っていうのは、なに?城谷ちゃん」


「また自分が、こういう場に相応しくないって思ってたんでしょ?」


「……………………」


「もー、そんなの気にしなくていいのに。千秋ちゃんもほら、一緒に遊ぼ?何か歌わない?」


そう言って、城谷ちゃんは私に曲を予約するタブレットを渡してくる。


カラオケ……かあ。一人で来たり、城谷ちゃんと二人きりで来ることは希にあるけど、こんな大所帯で歌うなんて、一度もなかったな。


「あ、私終わった。次は~……」


「おう!俺だわ!マイク頼む!」


葵氏が歌い終わると、次は圭氏にマイクが移った。彼は咳払いをひとつすると、低く力強い声で歌い始めた。


歌っているのは、「飛行艇」という曲だった。


さっきの葵氏とはうってかわって、線の太いダイナミックな音楽だった。


「うおーーー!圭いいぞーーー!」


「飯島先輩、ぶちかましちゃってくださーい!」


「っしゃー!見とけお前らー!」


明氏と藤田氏の声援を受け、それに熱いレスポンスを返す圭氏。まさに、若い男たちの元気なノリそのものだった。


「……城谷ちゃん、私はやっぱりいいや」


タブレットを目の前にあるテーブルの上に置いて、そう告げた。


「私は……こんな風にみんなを盛り上げることもできない。私が歌ったら白けちゃうよ」


「そう?」


「うん」


私はぼんやりと、タブレットの方を見つめていた。その横から、城谷ちゃんの視線をはっきりと感じる。


「……じゃあ、私は歌っちゃおうかな」


城谷ちゃんは横からひょいと、私の目の前にあったタブレットを取っていった。


「千秋ちゃん、みんなのこと好き?」


「え?」


私は城谷ちゃんへ顔を向けた。


「ここにいる、みんなのこと好き?もちろん、湯水も含めてね」


「……………………」


ここにいる、みんな……。



……♪♪……♪



圭氏は歌が終わると同時に、左腕を天井に上げた。その瞬間、部屋の中に拍手が起きた。


「圭ー!カッコいいぞーー!」


「バカ!知ってるっつーのーー!」


明氏と圭氏のやり取りに、みんなが朗らかに笑った。


こんなに暖まった雰囲気の中、次は城谷ちゃんが歌う番となった。


「さーて、じゃあ次は私かな?」 城谷ちゃんは圭氏からマイクを受け取り、「そういえばこれ、妹が好きだったっけ」と、小さな独り言を呟いた。


またもやガラッと、部屋の中の空気が変わった。彼女が選んだのは、「ハナミズキ」だった。


今度はバラードのような……透明感のあるメロディが流れ出す。


しっとりとした、大人びた色気のある城谷ちゃんの歌声に、私は思わず耳を傾けていた。


「城谷さん、すっごく上手いね」


「うんうん」


メグ氏と美結氏が、肩を寄せあってひそひそ話している。


……城谷ちゃんの妹さんが好きだった曲、か。


そっか、城谷ちゃん。今はもう、それが歌えるくらいには立ち直れたんだね。




妹は……あの子は、この口座に3000万円を刻むために、生まれてきたの……?




「……………………」


城谷ちゃんが通帳を握りしめて、ぼろぼろと号泣していた時のことを思い出す。



……♪♪……♪



……静かに余韻を残しながら、城谷ちゃんの歌は終わった。


「素敵~!初めて聞いた~!」


「私、あの歌プレイリストに入れようかな」


パチパチと鳴る拍手の中に、メグ氏や美結氏たちの呟きが混じる。


「……………………」


「どうする?千秋ちゃん。歌う?」


「………城谷ちゃん」


「ここには、あなたのことをいじめる人なんていないよ。盛り上げられなくたってさ、あなたらしい歌を歌っていいと思う」


「……………………」


城谷ちゃんは、学生時代に私を助けてくれた笑顔と変わらぬ笑顔で……私にそう語りかけてくれた。


私は、黙ってマイクを受け取った。そして……私が最も好きな歌を歌うことにした。


それは、「空の欠片」という歌だった。


城谷ちゃんが歌ったものよりさらに静かで、カラオケの空気には不向きな曲。だけど……。



……♪……♪♪



私が歌っている様子がかなり珍しいのか、部屋の中は少しざわついている。


「柊さんって、こういう歌好きなんだ……」


「意外よね、チアキってへビィメタルのベーシストみたいな見た目なのに」


明氏と湯水の話し声がする。いや、へビィメタルのベーシストってなんやねんという突っ込みを心の中でしつつ、歌い続けた。



…………♪♪



……歌を口ずさむごとに、私は自分がいじめられていた時を思い出す。


そして、城谷ちゃんに助けられてた時のことも……。


本当に私は、城谷ちゃんがいなかったら危なかった。きっといじめっ子たちをみんな殺してたし、私も迷わず自殺してた。


城谷ちゃんがいつも、明るく力強い笑顔を向けてくれたから、心を強く持てた。



……♪♪……♪



……この歌は、いつも私の人生を思い出させる。


城谷ちゃんに助けられて、立ち直って。彼女の妹が自殺して、それを機に探偵になって。


私の人生はずっと、城谷ちゃんへ恩を返し続ける日々だった。なんとか彼女を支えたくて、ずっと毎日必死だった。


……でも、明氏たちと出会って、それが少し変わった。


明氏も美結氏も、メグ氏もみんなみんな、幸せになってほしい。


城谷ちゃんはもちろん、ここにいるみんなが幸せでいてほしい。


あの湯水だって今、自分を変えようと頑張っている。すべての罪を消すことは難しいかもしれないが、それでも懸命に戦っている。


城谷ちゃんと同じくらい大事な人たちが、たくさん増えた。



……♪……♪



辛く苦しい人生を、みな例外なく歩んでいる。それは、あの美喜子だってそうだった。


だから……だから私は……。


「……………………」


歌い終わった後、一瞬だけこの場が沈黙していた。そしてその次の瞬間、「わーーーー!」と、私もびっくりするほどの歓声が飛んだ。


「柊さんめっちゃ上手いですね!俺めっちゃ驚きました!」


「すごい!私、思わず涙ぐんじゃいました!」


「やべーーー!柊さんパネエっす!」


「へー、チアキって予想以上に上手いのね」


各々の感想を受けておきながら、私はぽかんと……固まってしまっていた。


まさか、自分がこんな扱いを受けるとは思わなかった。拍手喝采なんて、自分には縁のないものだと……。


「ね?千秋ちゃん」


隣で城谷ちゃんが笑っている。


「大丈夫だったでしょ?」


「………………」


私は少しだけ間を開けてから……「うん」と、そう短く答えた。










「……わ、つ、次は私か~」


柊さんからマイクをいただいた私は、何回も深呼吸しながら、緊張をほぐしていた。


「平田、あなた歌は得意?」


湯水が私へそう尋ねてくる。


「ま、まあまあ……かな?最高得点で……79点くらい」


「なによそれ……。ものすごい微妙ね」


「う、うるさいなー!あなたを基準にされちゃ困るよ!」


湯水に茶々を入れられつつ、私の番がスタートした。


私が歌うのは、『secret base~君がくれたもの~』。



……♪♪……♪



ドキドキで胸が高鳴りつつ、私は歌い始める。


カラオケって不思議なのが、歌い出すとだんだん恥ずかしさが消えてくる。歌に集中しだすからなのかな。


それにしても……この曲は、美結とのことを思い出させてくれる曲だなあ。


本当に、美結とはいろいろあった。この歌みたいに、美結から話しかけてくれて、一緒に帰ったりしたっけ……。


ああ、そうだ。美結と明さんの三人で、学校をサボってお出かけしたっけ。 あの時は楽しかったなあ……。


プラネタリウムがすごく綺麗で、忘れられない。未だにあの時のチケットを、お財布の中に取っておいてある。


そうそう、昔はカラオケのことも、美結にばかにされてた時期があったっけ。音痴だって笑われて、悔しくって一人、この歌を練習したっけ。


それに私も、ひどいことをSNSに書いちゃって……傷つけちゃって……。


それでも、美結は私に歩み寄ってくれた。だから今もこうして、あなたのそばにいられる。


ああ、いろんなことが遠い昔の出来事みたい……。


昔、悔しくて練習してた歌を、ここで美結に披露することになるなんて、人生っていつも皮肉よね。



……♪♪……♪



美結、そして……明さん。


私たちは、いつまでも友だちでいられますでしょうか?


もしかしたら、いつかは離ればなれになってしまう時が、来るかも知れません。


絶対にずっと一緒かは分かりません。


それをわかった上で、私は、この瞬間を愛したいです。


一緒に友だちとして、この場にいられることを……。




一生、心に留めておきます。




「………………」


……歌い終わって、カラオケのモニターに『82点』と表示される。


「やった!自己ベスト!」


私がそう言って喜び、美結の方を見た。


彼女は、眼に涙を溜めていた。


「あ、あれ?美結、大丈夫?」


「ご、ごめんね。ちょっと……歌詞が、メグのこととダブっちゃって……」


「!」


……美結も、私と同じ気持ちだったんだ。


そっか……そっか、ふふ。そっか……。


「美結」


私は彼女の手に、そっと自分の手を重ねた。


『これからも一緒にいようね』


……最初に口に出そうと考えていたのは、その言葉だった。


でも、これはさっきも思ったように……絶対に約束できる言葉じゃない。


だから……。


「……美結、いつも一緒にいてくれて、ありがとうね」


「……………………」


彼女は何回も頷いた。眼を真っ赤にはらして、唇を噛み締めていた。


そんな彼女の顔が、すごく愛おしい。


「ありがとう、メグ……」


震える声でそう告げる美結と、肩を寄り添わせた。


「……………………」


そんな私たちの様子を、湯水がじっと見つめていることに気がついた。


私は、どうだと言わんばかりに胸を張った。 湯水はふっと苦笑を浮かべて、「負けたわ。いい歌だったわよ、平田」と、そう呟いた。






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