警備員から「参考に話が聞きたい」と言われたので、コスプレイヤーと一緒に、警備員の詰め所の方へ行くことになった。
「さっきはありがとう。……迷惑していたから助かった」
サティシャ・コスの男は、想像より、少し声が低めだった。落ち着いた声といえばその通りで、(アニメ版の声よりこのレイヤーさんの声の方が聖なる男巫女としてはアリかも知れない……いや、そうか……?)と深い思索に陥りそうになったのを、むりやり現世へ引き戻す。
「いや、……別に……」
と小さく呟いてから、大雅は、我慢することが出来ずに、「あのっ!」と声を掛けていた。
「はい?」
「それ、『天雨』の、サティシャですよねっ!!!! 自分、サティシャが好きで、今日の買い物もこの通りでしてっ!!!」
手に持った大量の同人誌を見せると、サティシャ・コスの男は、少し困ったように眉を寄せた。
「そ……うなんだ」
「すみません、あとで、お写真撮らせて頂いて良いでしょうかっ!! あと、もし、SNSが在れば教えて下さいっ!!!」
身体を真っ二つに折って頭を下げる大雅を見て、サティシャ・コスの男は、「ええ……?」と引いた様子だったが、大雅は
「自分は、生粋の腐男子で、Yes見守り、Noタッチの精神ですんで、そこは信用して頂ければ!」
と、拳を握って熱く主張する。
「まあ、助けて頂いたので」
と言いつつ、気が進まなさそうに、彼は、名刺を差し出した。
綺麗なアイボリーの名刺だった。
「すっ、凄いっ!! もしかして、有名な方だったんスね。名刺箔押しだっ!!」
コスプレイヤーとしての活動名は、GURIというらしい。
SNSのアカウント名も掲載されていた。
あとで絶対に見に行こう、と心に決めつつ、大雅は「それじゃ、警備員のところに行きますか」とGURIを誘った。
GURIは長身で、痩せている上、物語からそのまま本人が具現化したような再現度、美しさを誇っていた。
その為、あちこちから、視線が集まる。
会場の人だかりが、あたかもモーセが海を割るが如く、さーっと割れていく。
(美しいもんってのは、近寄りがたいもんだな)
うんうん、と大雅が納得している横で「あのさ、あんた、なんか絶対勘違いしてると思うけど」とGURIが言う。
「えっ?」
「これ、俺の為に道を空けてるんじゃなくて、あんたがアレで、道を空けてるんだからね……」
「俺……が、なんかしましたかね」
GURIは小さくため息を吐く。
「……ちょっと手を見て」
言われたとおりに手を見ると、左手の拳の所が赤く汚れている。
「えっ? あー……自分は、怪我してないから、あいつのじゃないですかね。それにしても、血が出るほどやってないと思うんスけど」
「多分、あいつの頬にクリーンヒットしてたから、口の中切ったんだと思うよ」
「はー、まあ、歯は折ってませんよ!」
口の中を切った程度なら、かすり傷だ。しばらく、醤油味の食べ物を食べるのが辛くなるくらいだろう。と、大雅は暢気なものだったが、「常識が違いすぎる」とGURIは、げんなりした顔をしているのが解った。
原作では、サティシャが、こういう表情をした所はなかったが、サティシャにも、きっとうんざりするようなことはあるだろう。その時は、こういう顔をしていたのだな、と大雅は理解を深めて満足していた。
「あんた……さ、本当に腐男子なの?」
GURIが、疑わしげに言う。
「えっ? そうだけど?」
大雅は、手に付いた血をシャツで拭う。黒いシャツは、血の汚れが目立たないので良い。
唐突な、GURIの質問に、大雅は首を捻る。
「というか、GURIさんだって、腐男子じゃないんスか?」
「えっ?」
「だって、好きだから、『天雨』やってるんスよね?」
大雅の無邪気な問いかけに、一瞬、GURIは黙った。不意を突かれた、というような表情に見えた。
「……勿論、好きだから、この格好だけど……。俺の周りに、あんまり、腐男子って居なかったから」
「じゃあ、なんで、サティシャをやり始めたんスか?」
GURIが、立ち止まったのが解った。炎天下だ。日の当たらないところで止まれば良いのにと思った大雅だったが、GURIは、立ち尽くしたままで……。
「俺は、別に……腐男子っていう訳じゃなくて……」
それならば、悪いことを言った、と大雅は慌てた。
「あっ、済みませんっ! 自分がそうだから、つい、同類かって思ったもんで……こういう風に、勝手に、嗜好的なのを決めつけるのは、ダメなんですけど……つい、仲間かなと思って嬉しくなったもんで……」
済みませんでしたっ! と勢いよく頭を下げた。
実家では『コンプラ違反は絶対にやるなよ?』と口を酸っぱくして指導されてきたのだった。年に数度、コンプライアンスとはどういうモノなのか、理解を深める為の試験が行われている。
そういう厳しめな実家の基準で考えれば、これは、重大なコンプラ違反になりそうな案件だった。いわく、『他人のセクシャリティについて言及しない』。
本当にすみませんっ! と再度頭を下げると、GURIは、迷惑そうな顔をしていた。