「あのさあ、頭上げてくれない? ちょっと、迷惑なんだけど」
GURIが、深々とため息を吐きながら言う。明らかに迷惑そうな口振りだった。不機嫌そうな顔だったが、やはり、美しいものが不機嫌そうな顔をしていても、ただただ、美しいとしか言いようがなくて、大雅は思わず見蕩れたが、見蕩れている場合ではなかった。
「すんませんっ!」
もう一度頭を下げてから、慌てて居住まいを正す。
「……えっと、その、自分は、腐男子っスけど……」
「ふうん? ……とりあえず、反社の転売屋じゃなくて良かったと思って。見た目、ヤンキーか反社だから」
その『反社』という言葉に、思わず、胸がびくっとした。大雅自身は、反社ではないし、転売屋に対しては、どちらかというとシンプルに『死ね』と思っているが……。
「自分、そんなに、見た目アレっすかね」
悲しい気持ちになりながらGURIに言うと、彼はハッとしたように「ごめん、そう言うわけじゃなくて……。強かったし、ケンカ慣れしてるというか、攻撃にためらいがなかったというか……」とごにょごにょと呟いてから、頭を下げた。
「俺の方こそ、見た目でモノを言って申し訳ない」
さらり、と美しい金色の髪が揺れて、あたりに光が散る。
「えっ? いや、いいんスよ。自分、反社とか、ヤクザとか言われ慣れてるんで……なんなら、GURIさんに会うまでの間に、ヤクザゲームの三下のコスプレって思われて、何人かに、写真撮って良いか声かけられましたから」
ははは、と笑って言ったものの。なんとなく、悲しくなってきた。
有名ヤクザゲーム。大雅も、プレイしたことはある。たしかに、あの世界観は、既視感しかなかったし、すぐにでもあの世界観に溶け込めそうな見た目をしているとは自覚がある。
『歌舞伎町あたりに居そう!』と言われたが、なんとも悲しい言葉だ。
「どっちかっていうと、自分、歌舞伎町じゃなくて、池袋の乙女ロードなんですけどね……アニメショップだと三階のBLコーナーとグッズコーナーに住みたい感じですね! あそこ、次々と新しいBL本が供給されるから、ハッキリ言って、永遠に住んでいられると思うんですよね」
アニメショップで働かせて貰うことが出来れば、一番幸せかもしれない、となんとなく思う。将来の夢として、アニメショップで働くというのは、割と悪い夢ではないかも知れない。
「あんたの見た目で住み着かれたら、女の子たちが買い物出来ないでしょ」
GURIは容赦のない言葉を投げつけて来るが、たしかにそうだった。今まで、話しかけてくれた女子は、本日の腐女子のみだ。腐女子の場合、興味が勝れば特攻という特殊スキルがついているだけなのだ。基本は、遠巻きにして、目も合わせないものだ。
「見た目って、大事ッスよね」
ハハハ、と大雅は笑って、頭を掻く。見た目が悪いというのは、大体、理解はしているが、中身も、あまり、褒められた性格でないことは確かだった。
(口下手だから、殴って言うこと聞かせた方がラクっていうのもあるしなあ……)
さっきは人前だったし、同人誌即売会から『出禁』を喰らうわけには行かなかったから、かなりセーブしていたのだ。この界隈から、拒絶されてしまったら、大雅は生きていくことが出来なくなるだろう。
「大事―――っていうか、見た目だけで判断されるだろ。あんたも、もうちょっと、違うファッションにしたら、倦厭されなくなるんじゃないの? 誰かの為に見た目を変えるのも馬鹿馬鹿しいけど」
吐き捨てるように言うGURIの、鋭い語気に、一瞬圧倒された。
「でもなァ……、コレがラクなんだよ。それに、見た目に気ィつけて服とか買うより、一冊でも同人誌買いたいっていうか……」
それに、ファッションに力をいれた途端に、『家のものたち』に、あれこれと言われる未来が、ハッキリと見えている。それは、御免蒙りたかった。
「あんたがそれでいいなら、いいんじゃない?」
冷たく言うGURIを見て、大雅はなんとなく、ホッとしたような心地になった。
見た目は『天雨』の美しき男巫女、サティシャそっくりだが、慈愛溢れる巫女たるサティシャとは違って、GURIはかなり、口は悪そうだし、態度に愛想の一つもない。
「なに?」
大雅の視線に気付いたGURIが、冷たく言う。
「あー……外見は完璧にサティシャだけど、割と、ズバズバ言うなあと思ってさ」
しかも、見た目に『反社』『ヤクザ』と言われる大雅を相手にして、である。
大雅が、そうではないと確信しているからだろうが……。
「気になる?」
「いや、変に遠巻きにされるよりは、よっぽどラク」
それは確かだった。大雅でも、さすがに、理由もなく誰かを殴ると言うことは、まずないことだったからだ。
「なら良かった」
GURIはふふっと笑った。その笑みを見て、大雅の胸が、どきっと撥ねた。