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第6話 警備員とセクハラ


 警備員の詰め所までたどり着くと、警備員たちが、じろっと大雅を見やった。殆ど犯人のような見られ方だとは思ったが、大雅にとっては良くあることなので、気にしないことにした。警備員詰め所は、冷房が入っているはずだが、蒸し暑かった。


 一人の体格の良い警備員が近付いてきて、

「えーと、こちらのコスプレイヤーさんが、あそこにいる三人の男に絡まれたということですよね?」

 と確認しつつ、椅子を勧めてきたが、座らなかった。GURIが座らなかったからだ。長居をするつもりはないのだろう。


「ええ、そうです」

 静かに、だがしっかりとGURIが応じる。


「そして、そちらの方が、助けに入ったと」

「はい」


 大雅も、大きく肯いた。警備員は大雅をつま先から頭の天辺まで、一度なめ回すように見てから「それにしては、ちょっとやり過ぎでは?」と言ってから、顎でしゃくって、先ほどの三人の男たちの方を見るよう促した。


 なるほど。


 男は、確かに、顔は腫れ上がって、鼻から血を流している。あれだけ見れば、大雅が悪者にされることもあるかも知れない。そして、おそらく、あの男たちは、大雅に一方的にボコられたとでも泣きついたのだろう。


「君、何かスポーツでもやってたの? ボクシングとかさあ」

「やってねぇっス」


 中学高校とマンガ研究会だった。陰キャのオタク、中嶋くんとは、かなり親しくなったモノだったが、中嶋くんとはBLの趣味だけは合わなかったことを思い出す。


「はぁ……、君さぁ、助ける為とはいえ、全力で殴っちゃ駄目でしょ」

 全力で殴らなければ良いのだろうか? なぜ、襲われそうになって抵抗した側が、もっと怪我がないように抵抗しなさいと言われなければならないのか。なんとなく、論点がおかしいような気もしたが、素直に大雅は答える。


「全力じゃねぇっス」

「えっ?」


「自分、右利きなんスけど、なんか、弱っちそうだから、左で行ったンすよ」


「えっ?」

 と警備員は、大雅の左手をまじまじと見た。確かに、汚れた痕があった。


「……てか、こっち三対一なのに、なんで、俺の方が悪く言われてるんスか? それに、先に手ェ出してきたのもアイツらだし、このコスプレイヤーさんをどこかに連れ込んでいやらしいことをしようとしたのも、アイツらっスよ?」


 ため息を吐きながら言ってから、男たちの顔をじっと見る。


「……どこかへ連れ込む……?」

 警備員が、不審そうな目をしてGURIを見る。GURIは、かなりの長身だった。一目で男だとは解る。男が男をどこかに連れ込もうとするというのを、この警備員は、一瞬でも考えたこともないようだった。


(まあ、割と在るんだけどなあ……男の、こういう被害って……)


 男性も痴漢に遭うし、どこかに連れ込まれそうになったり、つきまとわれたりするというのは、一年に数回くらいは聞く話だった。世間のニュースには取り上げられないが、わりと、多いのではないか、と大雅は思っている。そして、可視化されない問題というのは、世の中になかったことになる。


 被害者が、声を上げ続けなければならない、そして、痴漢のような犯罪だと『お前にも落ち度はある』といわれるのが、大雅には、やはり納得出来ない。


 大雅が警備員に抱いたこの、嫌な感じを、GURIも察したらしい。

 急に、ぺたん、と床に座り込んで、顔を手で覆った。細くて華奢な肩が、ふるふると震えている。


「えっ、えっ……ちょっと!!」

 警備員が、狼狽える。なので、大雅が「あーあ」と呟いた。


「な、なんですかっ?」


「……男でも、連れ込まれたり、セクハラされたりするんスよ? 警備員さんみたいに、屈強な人でも、三人の男相手に、抵抗って出来ると思いますか? ……せっかく、難を逃れたと思ったら、あんたみたいな、心ない態度を取られたら……、この人が傷つくでしょうに……ハァ……。レイヤーさんも、怖かったっスよねぇ? いきなり人気のないところで囲まれて」


 乗ってくれれば良いんだが、と祈りつつ、大雅はGURIに呼びかける。


「……本当に、怖かったのに……っ!」

 涙声だった。


 美しく長い金髪が、床に散らばっている。見た目には、女子と見まごうほどの美貌である。その、GURIが、肩をふるわせて俯いて、顔を手で覆い隠していれば、大体、GURIに同情が集まるだろう。


「おい、白河、お前なにやってんだよ~」

「そりゃいきなり取り囲まれたら誰だって怖いでしょうが」


「……警察呼んだんだから、警察にお願いするのが一番だよ」

 と周りの警備員たちが近寄ってくる。


「えっ、……えっと、自分は、そう言うつもりでは……」

 白河と呼ばれた警備員は、大いに狼狽えていた。


 よし、と内心拳を握りつつ、大雅は、三人の男たちを見やる。彼らの顔は青ざめていた。おそらく、警察が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。


 出来ることならば、あの三人の個人情報あたりを押さえておきたいとは思ったが、真っ青になって震えている三人を見て、やっと、大雅は「ざまあ」と胸が空いた。




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