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第27話 「水の流れとなれ――雨乞いの試練、再び」

* * *


「……水そのものに、なる……?」


 私は、蒼龍の守護者・イズナの言葉を反芻した。


「水の気を受け入れたつもりだった。でも、まだ足りない……?」


 私は卵を見つめる。


 さっき、わずかにヒビが入ったのに……まだ孵化はしていない。


 雨も降らなかった。


(何が足りないの? 私はちゃんと水の流れを読んで、天に呼びかけたのに……)


 そんな私の考えを見透かすように、イズナが口を開く。


「水はな、結月。どこにでも存在し、流れ続けるものだ。時には静かに、時には荒れ狂いながら」


「……」


「だが、お前の水は、まだ"しがらみ"に囚われている」


「しがらみ……?」


 私は思わず聞き返す。


「お前は"水の力を操る"ことを意識しすぎている。水は、"操る"ものではなく、お前と一体となるものだ」


「……一体、となる?」


「お前自身が"水の流れ"そのものにならねばならない」


 私はその言葉を反芻しながら、ふと境内を流れる小さな川に目を向けた。


 水はただ、川の流れに従い、何にも逆らわず進んでいく。


 しかし、それは決して消えるわけではなく――確かに、存在し続けている。


(私も、水にならなきゃいけない……?)


 でも、どうやって……?



---


 雨乞いの儀式、再び


 静かに息を整え、目を閉じる。


 私は水。


 ただ流れ、すべてを受け入れ、変化し続ける存在。


 私は鈴を軽く振る。


 シャン……シャン……


 風が境内を包み込み、草木がざわめく。


 私は、水の流れを想像した。


 川のせせらぎ、雨が地面を叩く音、波が岸辺に打ち寄せる感覚――


 私の中に、確かに水が流れている。


 私は"雨"そのものにならなければならない。


 私は鈴をさらに強く振った。


 シャンッ……!


 その瞬間――


 空が、一気に暗くなった。


「!!」


 強い風が吹き抜け、木々が揺れる。


「結月……お前、今……!」


 イズナの声がどこか遠くに聞こえる。


 私は空を見上げた。


 分厚い雲が渦を巻き、天の気配が変わっていく。


(私は、水……)


 私は、両手を広げる。


 そして――


「――降れっ!」


 バシャァァァァ!!


 空から、激しい雨が降り注いだ。


 結界の中にいたイズナも、驚いたように空を見上げている。


「……やった、の……?」


 私は呆然としながら、ポタポタと雫を落とす卵を見つめた。


 その時だった。


 ピキッ……!


 卵に、今度はより深いヒビが入る。


「!!!」


 私は目を見開いた。


 卵が、ふわりと宙に浮かぶ。


 イズナがゆっくりと息を吐いた。


「……ようやく"水の気"を受け入れたか」


「えっ、じゃあ……」


「そうだ」


 イズナは私を見つめ、口元に微笑を浮かべた。


「お前の雨は、天に届いた。そして、卵もまた――"生まれる準備"を整えつつある」


 私は、そっと卵を抱えた。


 卵のぬくもりが、今までよりも一段と温かくなっている。


(もうすぐ……会えるんだね)


 私は静かに呟いた。


 でも、まだ終わりじゃない。


 四神すべてが揃わなければ、試練は終わらない。


 そして、私の旅も――まだ続く。


* * *


※龍神の鱗――水神の祝福※


  「結月」


 イズナが私を見つめながら、静かに手をかざした。


 次の瞬間――


 空から落ちる雨の中に、青く輝く小さな欠片が舞い落ちる。


「えっ……これは?」


「龍神の鱗だ」


 イズナは私の手のひらに、それをそっと落とした。


「龍神の試練を乗り越え、水の気を受け入れた証だ」


 私は驚きながら、手の中にある鱗を見つめる。


 それは、まるで水面が揺らめくように、淡く光を放っていた。


「これが……神器?」


「そうだ。龍神の力の一部。その力を使うことで、水の加護を受けることができる」


「水の加護……」


「水はただ流れるだけではない。"命を守る力"でもある」


 イズナは静かに続ける。


「その鱗を持つ者は、水の恩恵を受け、天と大地を繋ぐ存在となる」


「天と大地を……」


 私は、龍神の鱗をぎゅっと握った。


 この力があれば、ヤトの封印を解くための旅を進められる。


「ありがとう、イズナ」


「次の試練に進め。お前はまだ"全て"を手にしてはいない」


 イズナは静かに告げる。


(……まだ、旅は続くんだ)


 私は卵と龍神の鱗を抱きしめながら、決意を新たにした。


* * *


※水面下で動く影※


  その頃――ある神域にて。


「……雨が降った?」


 長い黒髪をなびかせ、冷ややかな表情で空を見上げる男がいた。


 彼女の名は琴蛇(ことは)。


 玖蛇の婚約者にして、夜刀神の力を継ぐ者。


「……玖蛇の封印が解けかけているのか?」


 彼の周囲には、神々しい蛇の式神たちが蠢いている。


「二つ目の試練が突破されたということか」


 琴蛇はゆっくりと手をかざす。


 次の瞬間――


 彼女の指先に、水の気が宿った青い光が灯る。


「……ほう。これは、龍神の気か」


 琴蛇の唇がわずかに歪む。


「面白い。玖蛇を取り戻しに行く準備をしよう」


 闇に溶け込むように、琴蛇の姿は消えていった――。


* * *


――第27話・完――


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