目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話 「水の流れとなれ――雨乞いの試練、再び」

* * *


 「……水そのものに、なる……?」


 私は、蒼龍の守護者・イズナの言葉を反芻した。


「水の気を受け入れたつもりだった。でも、まだ足りない……?」


 私は卵を見つめる。


 さっき、わずかにヒビが入ったのに……まだ孵化はしていない。


 雨も降らなかった。


 (何が足りないの? 私はちゃんと水の流れを読んで、天に呼びかけたのに……)


 そんな私の考えを見透かすように、イズナが口を開く。


「水はな、結月。どこにでも存在し、流れ続けるものだ。時には静かに、時には荒れ狂いながら」


「……」


「だが、お前の水は、まだ"しがらみ"に囚われている」


「しがらみ……?」


 私は思わず聞き返す。


「お前は"水の力を操る"ことを意識しすぎている。水は、"操る"ものではなく、お前と一体となるものだ」


「……一体、となる?」


「お前自身が"水の流れ"そのものにならねばならない」


 私はその言葉を反芻しながら、ふと境内を流れる小さな川に目を向けた。


 水はただ、川の流れに従い、何にも逆らわず進んでいく。

 しかし、それは決して消えるわけではなく――確かに、存在し続けている。


(私も、水にならなきゃいけない……?)


 でも、どうやって……?


* * *


「お前に残された時間は、もう多くはない」


 イズナが鋭く言い放つ。


「雨が降らねば、人々の暮らしにも影響が出る。お前の試練は"雨を降らせること"だけではなく、"命を育む者としての覚悟"を試されているのだ」


 "命を育む者"――


 その言葉に、私はハッとした。


 (そうだ……私は、この卵を育てるためにここにいるんだ)


 自分の力を証明するためじゃない。

 ヤト――玖蛇の封印を解くため。

 そして、この卵の命を誕生させるために。


 私の役目は、水を"生み出す"こと。命を潤すこと。


「……水を、"生み出す"」


 呟いた瞬間――


 四神の卵がふわりと淡い光を放った。


 「……やっぱり、お前の意志に呼応しているようだな」


 イズナが小さく頷く。


「結月、もう一度試練を行う準備をしろ。今度こそ、お前自身が"水の流れ"となるんだ」


「……はい!」


 私は神楽鈴を握りしめ、もう一度、境内の中央へと進んだ。


* * *


――雨乞いの儀式、再び。


 静かに息を整え、目を閉じる。


 私は水。


 ただ流れ、すべてを受け入れ、変化し続ける存在。


 私は鈴を軽く振る。


 シャン……シャン……


 風が境内を包み込み、草木がざわめく。


 私は、水の流れを想像した。


 川のせせらぎ、雨が地面を叩く音、波が岸辺に打ち寄せる感覚――


 私の中に、確かに水が流れている。


 私は"雨"そのものにならなければならない。


 私は鈴をさらに強く振った。


 シャンッ……!


 その瞬間――


 空が、一気に暗くなった。


「!!」


 強い風が吹き抜け、木々が揺れる。


「結月……お前、今……!」


 イズナの声がどこか遠くに聞こえる。


 私は空を見上げた。


 分厚い雲が渦を巻き、天の気配が変わっていく。


 (私は、水……)


 私は、両手を広げる。


 そして――


「――降れっ!」


 バシャァァァァ!!


 空から、激しい雨が降り注いだ。


 結界の中にいたイズナも、驚いたように空を見上げている。


「……やった、の……?」


 私は呆然としながら、ポタポタと雫を落とす卵を見つめた。


 その時だった。


 ピキッ……!


 卵に、今度はより深いヒビが入る。


「!!!」


 私は目を見開いた。


 卵が、ふわりと宙に浮かぶ。


 イズナがゆっくりと息を吐いた。


「……ようやく"水の気"を受け入れたか」


「えっ、じゃあ……」


「そうだ」


 イズナは私を見つめ、口元に微笑を浮かべた。


「お前の雨は、天に届いた。そして、卵もまた――"生まれる準備"を整えつつある」


 私は、そっと卵を抱えた。


 卵のぬくもりが、今までよりも一段と温かくなっている。


 (もうすぐ……会えるんだね)


 私は静かに呟いた。


 でも、まだ終わりじゃない。


 四神すべてが揃わなければ、試練は終わらない。


 そして、私の旅も――まだ続く。


* * *


――第26話・完――


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?