* * *
境内には静寂が広がっていた。
蒼龍神社の社殿の前、私は深く息を吸い込む。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
試練を乗り越え、"水の流れを読む"ことはできるようになった。
だけど、それだけでは終わらない。
「結月。次の試練の準備はできているか?」
守護者である蒼龍の化身――イズナが、静かに問いかける。
私はギュッと拳を握った。
「はい。次の試練は……?」
「"雨乞いの儀式" だ」
イズナの言葉に、私は思わず息をのむ。
「雨乞い……?」
この神社の周囲では、最近ずっと雨が降っていないという。
農作物にも影響が出始め、人々が困っている状態だ。
「水を操る力を得るためには、"天に呼びかける術"を学ばねばならない」
「天に……?」
「そうだ。水は地を潤し、命を育むもの。しかし、それを呼び寄せるには、それ相応の力が必要となる」
イズナは社殿の奥へと歩き、手にしたのは**神楽鈴(かぐらすず)**だった。
「お前には、この鈴を使い、雨を呼ぶための舞を舞ってもらう」
「えっ、舞……!?」
私は思わず、イズナの手の中の鈴を見つめた。
「水の神と交信するための伝統的な儀式だ。だが、それだけではない」
イズナは鈴を差し出しながら、鋭い目で私を見つめる。
「この舞を完遂するには、水の流れを理解するだけでなく、"水の気"を自らの内に取り込む必要がある」
「……!」
つまり、この儀式そのものが試練だということか。
「……やります」
私は覚悟を決め、イズナから神楽鈴を受け取った。
その瞬間――
四神の卵が、ぽぅっと淡い光を放つ。
「っ……!?」
「どうやら、お前の意思に応えているようだな」
イズナは微かに微笑む。
「さあ、雨乞いの儀式を始めるとしよう」
* * *
――神楽舞が始まる。
私は境内の中央に立ち、ゆっくりと鈴を鳴らした。
シャン……シャン……
その音が空気を震わせ、社殿の奥へと響いていく。
(これは、ただの舞じゃない)
私はイズナの言葉を思い出す。
"水の気を取り込め"
呼吸を整え、心を静める。
そして、舞を踊る。
足を踏み出し、腕を大きく広げる。
体の動きに合わせて、風が舞い上がる。
まるで、空と水が交わるように――。
「水の流れを感じろ」
イズナの声が聞こえる。
私は自分の体を流れる"気"を感じ取る。
それは、まるで静かな湖のように澄み渡っていた。
けれど、まだ足りない。
(もっと、水の流れと一体にならなきゃ……!)
私は意識を研ぎ澄ませ、鈴をもう一度鳴らした。
――シャン……!
その瞬間、空気が変わった。
冷たい風が吹き抜け、空に灰色の雲が集まり始める。
「えっ……?」
空が、ざわめいている。
これは――雨の予兆?
「やはり……!」
イズナが目を細めた。
「結月、お前の中には確かに"水の気"が流れている!」
「私の中に……?」
「そうだ。お前は知らぬうちに、この土地と水の気を繋げている」
私は驚きながらも、何かを感じ始めていた。
(私の中に……水の流れが?)
まるで、体の奥底から"何か"が目覚めようとしているような感覚。
その時だった。
――ピキッ……!
四神の卵に、微かなヒビが入った。
「!!!」
私は息を呑んだ。
「卵が……!」
イズナも、驚いたように卵を見つめる。
だが、その瞬間――
強烈な風が吹き抜け、空の雲が一瞬にして晴れ渡った。
「……えっ」
雨は降らなかった。
卵も、微かに光を放っただけで、それ以上の変化はない。
「……」
私は、膝に手をつきながら、ゆっくりと息を整えた。
「……ダメ、だった?」
イズナが静かに口を開く。
「いや……"まだ足りない" だけだ。」
私は、ギュッと鈴を握りしめた。
「水の気は、お前を認めつつある。しかし、お前自身がそれを完全に受け入れてはいない」
「私が……?」
「そうだ。水は流れ、形を変え、すべてを受け入れるもの。お前が"水そのもの"となることができれば、雨は降るだろう」
「……水そのものに、なる……」
私は、もう一度卵を見つめる。
(あと少し……きっと、もう少しで……)
私は深く息を吐き、次の試練に向けて決意を固めた。
* * *
――第25話・完――