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第25話 「蒼龍の試練――雨乞いの儀式」

* * *


 境内には静寂が広がっていた。


 蒼龍神社の社殿の前、私は深く息を吸い込む。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。


 試練を乗り越え、"水の流れを読む"ことはできるようになった。

 だけど、それだけでは終わらない。


「結月。次の試練の準備はできているか?」


 守護者である蒼龍の化身――イズナが、静かに問いかける。


 私はギュッと拳を握った。


「はい。次の試練は……?」


「"雨乞いの儀式" だ」


 イズナの言葉に、私は思わず息をのむ。


「雨乞い……?」


 この神社の周囲では、最近ずっと雨が降っていないという。

 農作物にも影響が出始め、人々が困っている状態だ。


「水を操る力を得るためには、"天に呼びかける術"を学ばねばならない」


「天に……?」


「そうだ。水は地を潤し、命を育むもの。しかし、それを呼び寄せるには、それ相応の力が必要となる」


 イズナは社殿の奥へと歩き、手にしたのは**神楽鈴(かぐらすず)**だった。


「お前には、この鈴を使い、雨を呼ぶための舞を舞ってもらう」


「えっ、舞……!?」


 私は思わず、イズナの手の中の鈴を見つめた。


「水の神と交信するための伝統的な儀式だ。だが、それだけではない」


 イズナは鈴を差し出しながら、鋭い目で私を見つめる。


「この舞を完遂するには、水の流れを理解するだけでなく、"水の気"を自らの内に取り込む必要がある」


「……!」


 つまり、この儀式そのものが試練だということか。


「……やります」


 私は覚悟を決め、イズナから神楽鈴を受け取った。

 その瞬間――


 四神の卵が、ぽぅっと淡い光を放つ。


「っ……!?」


「どうやら、お前の意思に応えているようだな」


 イズナは微かに微笑む。


「さあ、雨乞いの儀式を始めるとしよう」


* * *


――神楽舞が始まる。


 私は境内の中央に立ち、ゆっくりと鈴を鳴らした。


 シャン……シャン……


 その音が空気を震わせ、社殿の奥へと響いていく。


 (これは、ただの舞じゃない)


 私はイズナの言葉を思い出す。


"水の気を取り込め"


 呼吸を整え、心を静める。

 そして、舞を踊る。


 足を踏み出し、腕を大きく広げる。

 体の動きに合わせて、風が舞い上がる。


 まるで、空と水が交わるように――。


「水の流れを感じろ」


 イズナの声が聞こえる。


 私は自分の体を流れる"気"を感じ取る。

 それは、まるで静かな湖のように澄み渡っていた。


 けれど、まだ足りない。


(もっと、水の流れと一体にならなきゃ……!)


 私は意識を研ぎ澄ませ、鈴をもう一度鳴らした。


 ――シャン……!


 その瞬間、空気が変わった。


 冷たい風が吹き抜け、空に灰色の雲が集まり始める。


「えっ……?」


 空が、ざわめいている。


 これは――雨の予兆?


「やはり……!」


 イズナが目を細めた。


「結月、お前の中には確かに"水の気"が流れている!」


「私の中に……?」


「そうだ。お前は知らぬうちに、この土地と水の気を繋げている」


 私は驚きながらも、何かを感じ始めていた。


 (私の中に……水の流れが?)


 まるで、体の奥底から"何か"が目覚めようとしているような感覚。


 その時だった。


 ――ピキッ……!


 四神の卵に、微かなヒビが入った。


「!!!」


 私は息を呑んだ。


「卵が……!」


 イズナも、驚いたように卵を見つめる。


 だが、その瞬間――


 強烈な風が吹き抜け、空の雲が一瞬にして晴れ渡った。


「……えっ」


 雨は降らなかった。


 卵も、微かに光を放っただけで、それ以上の変化はない。


「……」


 私は、膝に手をつきながら、ゆっくりと息を整えた。


「……ダメ、だった?」


 イズナが静かに口を開く。


「いや……"まだ足りない" だけだ。」


 私は、ギュッと鈴を握りしめた。


「水の気は、お前を認めつつある。しかし、お前自身がそれを完全に受け入れてはいない」


「私が……?」


「そうだ。水は流れ、形を変え、すべてを受け入れるもの。お前が"水そのもの"となることができれば、雨は降るだろう」


「……水そのものに、なる……」


 私は、もう一度卵を見つめる。


(あと少し……きっと、もう少しで……)


 私は深く息を吐き、次の試練に向けて決意を固めた。


* * *


――第25話・完――


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