下り立った五層のその場にはモンスターは居なかった。道は真っ直ぐ続いている道と、途中で折れ曲がっている道の二択だった。さて、どちらに進むべきか。ダンジョンの危険度判定としては道が真っ直ぐかどうかで判断できるわけではない。
「どっち行きますかねえ」
「真っ直ぐな方の道は先に調査しておきました。道中に小部屋があり、モンスターが存在しています。部屋で休んでる、といった感じでしたよ。おかげで苦労なく通り過ぎることが出来た訳なんですが」
「なら、解っている安全な道を行きましょう。わざわざ苦労しに行く必要はありませんし、どちらが正解か解ってない以上安全策を取ります」
アタッカーと斥候が前衛を務め、自分は真ん中、後衛にヒーラーを置いて理想的なパーティー構成で歩みを始める。
途中にあるという小部屋には確かにオークが二匹ゆっくりとしていた。半目を開き、のほほんとしている、という表現がぴったりの様子で椅子に腰かけていた。
手信号と目線でアタッカーに襲撃を指示。指示通りにアタッカーが静かに近寄りオークに一閃、先制攻撃を仕掛ける。オークはタフである。流石に一撃では倒すことが出来なかったものの、二番手三番手のアタッカーの攻撃により無事に倒すことは出来た。一個だけ出た魔石はそこそこの大きさ。この大きさのものを持ち帰られるならここは資源確保地としてはそこそこ優秀であると言えるだろう。
「二匹なら問題なし、か。三匹四匹と出会った時にどう立ち回るかだな」
アタッカー同士が相談をしている中、手を出して少しでも経験値を得られたらいいなと思っている松井にとっては、アタッカーの輪の中に入りたくてうずうずしているところ。
「もし取り逃したらその時は松井さんで止め切ってくれ。戦闘もできるしよほど大量の数が出てこない限りは大丈夫だとは思うが万が一ってこともあるからな」
「わかりました。そのように取り計らいます」
よし、私にも出番はありそうだと松井はグッと手を握る。正直ここまで戦闘に参加できてなくて指示役しかしていない松井にとっては願ったりかなったりであった。
そのまま小部屋を出てダンジョンの奥に進む。どうやら小部屋に居るだけでなく、モンスターは階層を周回するようにうろうろしているモンスターもそこそこ存在していた。出会う度に戦い、松井もそれなりの攻撃をオークに仕掛ける役目に入ることになった。
しばらく五層をうろうろする。モンスターの出具合はオークが六匹ほどまとめて出て来るケースがある、というのが最大で、その際はさすがに反撃で負傷もするが、二人いるヒーラーの治療のおかげで消耗を少なくすることが出来、松井も相当回数の戦闘をこなすことが出来た。
「しかし、ここでこの密度か。確かに美味しいと言えば美味しいが……ちょっと絶対生活圏から遠いのが難点だな。遠征地としては今のところ申し分ないところか」
「例のモンスターがあふれ出る現象についてはどうなんでしょうね。そろそろここにきて三日目になります。片鱗ぐらいは見せてもらってもいいような気はしますが」
「本当にダンジョンからモンスター出てくるんだよな? ここまで潜ってきてもまだ他のダンジョンとの違いがみられねえぞ」
「確かにそうですね。何か、時間に対するギミックみたいなものが有るのかもしれません。それを確認しないことには威力偵察としては失敗になりますが……かといって危険に自ら飛び込んでいくのも問題ですし、困りましたね」
そのまま五層を歩き回り、大きな障害も無く六層への階段までたどり着いたが、ここまでで違和感みたいなものはまだ起きていない。いや、しいて言うならここまで違和感がないのが違和感なのだとも言えるのだろうか。松井は少々困惑していた。
「どうしますか、このまま六層の探索も進めますか? 」
「体力的には問題ない。モンスターの強さとしてもここまで問題が無かった以上、この先へ行くのも戦力的には充分行けるだろうと俺は考えるけど、松井さんはどうだ? 」
松井は考える。いや、さっきから考えっぱなしだったと言えるだろう。この次へ行ってまた何も変化がなかったら一度ダンジョンから離れてみて外から現象を観察するのも一つの手か、と。
「次へ……行ってみましょう。それで真新しいものが何も無かったらいったん撤退して、ダンジョンの外から現象の観察を始める、ということでいかがですか」
「ここまでは問題はなかったがこの先に何かあると? 」
「何かがあるのは確かなんです。ただ、ここまで潜って何もないともっと多くの探索者でチームを組んで進む必要があると考えます。この人数で進むにはこの先は少々危険を孕んでいると考えるほうが自然です。六匹まで出てきたとはいえ、他のダンジョンでも出てくる程度の数ではあります。やはりこの先に何かあると考えて進むのが安全な探索と言えるのではないでしょうか」
「じゃあ、また斥候にいってもらうか? 」
「いいですよ。ただ今回は五分で戻ってくることにします。危険度はこの階層よりは高いはずですので」
斥候役が先に入る準備をする。二人同時に入り込むと、また時間を計る。すると、三分ほど経過したところで斥候役の片方が戻ってきた。
「危険を感知したので戻ってきました。この先はさすがに斥候だけで突入するのは厳しい所です。全員で突入するべきだと思います」
もう一人もしばらくして戻ってくる。
「二人で最初に分かれて探索をしてきたんですが、オークがうようよしてます。あと、オークの上位種の姿も見えました。問題があるのならこの先ですね。おそらくは……上位種が近くに居ます」
報告を全員で聞き終わり、ここで進むか引くかの決断を迫られることになった。
「解りました、全員で行きましょう。原因を特定するまでは強硬偵察を続行してもいいとは思われます。ただし、負傷や違和感が一定に達した段階で全員で撤収します。撤収後はそのままの勢いで一層まで戻って帰宅する準備をしましょう」