「と······取引って、なにを?」
嫌な予感しかしないのだけど。
「記憶が戻ったことも、実は男の子だってことも、ぜんぶ内緒にしておいてあげる。その代わり、一時的にでも皇子様と恋愛関係になってくれない?」
「えっ····む、無理ですってば! ·····俺、他に好きなひとが····、」
「え⁉ 誰⁉ もしかして皇子様の護衛官? それとも他の皇子様⁉ いや、まって、言わないで! もしかして、あのひとかしら⁉」
しまった····逆に瞳が輝いて見える。こんなにキャラ変しちゃうの?
このルートの
「っていうか、どうして恋愛関係にならないといけないんです? こっそり抜け出して、そのまま消えればいいのでは?」
「それは、その方が自由に動けるからよ」
正気を取り戻した
このギャップは本当になんなのだろうか。
「嘘でもいいから、まずは皇子様と仲良くしてあげて? ね?」
俺はその勢いに圧され、もはや頷くしかない。
けど、俺が皇子と恋愛関係、は、さておき、仲良くなったとして、
ふふ、と可愛らしく笑った
もうこうなったら、なるようになれ····と、言いたいところだが、俺は今も心の奥底にある淡い気持ちを抱いたまま、
(でも記憶が戻った、というか記憶喪失のフリをしていたことがバレたら、結局俺は皇子を暗殺しようとした暗殺者の仲間ってことになって、ゲームオーバーだよね)
彼女の言うことを聞いて、嘘でも皇子からの好意を受け入れるのが正解、なのかな?
でもそれって、自分自身にも嘘を付くだけじゃなくて、皇子にも嘘を付いて、俺自身を好きなわけじゃないのにゲームの中の物理的な好感度を上げて、強制的に好きになってもらうってことだよね?
自分の推しキャラじゃないキャラのストーリーを、スチルイラストを回収するためだけにプレイするみたいに?
なんだが複雑だ。
それにあの皇子、
確かに本編での
「仲良くするだけで、いいんですよね?」
「ええ。あなたにも事情があるみたいだし、後のことはまたその時に考えることにするわ。嘘でもいいからって、さっきは言ったけど、本当は、嘘からはじまる恋もあるんじゃないかって期待しているの」
嘘からはじまる恋?
俺は首を傾げるが、
(こんなの、好意以外のなにものでもないよ····)
命の恩人、という重たい借りを作らせてしまったこともそうだが、このゲームの要素上、俺の好感度を上げるように設定されているのだろう。これは疑似恋愛の典型的なやつだ。俺に対して、
俺は、どうなってしまうんだろう。好意を向けられる度に、俺の気持ちとは別にキャラの好感度が数値として上がっていき、いつか
(でも、ゲーム中の
でも俺が好きなのは、ずっとひとりだけ。
もう二度と逢えないけれど。
それでも想い続けるくらい、許されるよね?
俺は自問自答しながら、胸の奥がだんだん締め付けられるような痛みを覚えた。これは、罰だ。俺があの時逃げなければ、ちゃんと向き合っていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
「ハクちゃん、大丈夫? 体調悪いの?」
心配そうに
「ごめんなさい······やっぱり、少し休みたいです」
「そうね。そうした方が良さそう。後は私に任せて、ゆっくり休んでいて」
寝台に横になる手伝いまでしてくれた
俺は蹲るように縮こまって、ずきずきと痛む胸を抑える。傷が痛むのだろうと思ったのか、
「いたいのいたいの、とんでけ~」
そのひと言で、今この瞬間まで俺の胸の中で渦巻いていた、いろんな悩みや不安はどこかへ飛んで行き、思わず口元が緩んだ。それって世界共通の魔法の言葉なんだろうか?
まあ、このゲーム自体が本格的な歴史や史実を描いたゲームではないので、そういう意味では理解しやすい台詞もあるのかもしれない。
(本当に変なひと····でも、いいひと、だな)
その後は、そのまま部屋の外へと出て行き、扉の前にいた者たちに事情を話しているのが聞こえてきた。俺は少し罪悪感を覚えながらも、瞼を閉じて身体と心を癒すことに専念した。
『
ゼロは今まで無言だったくせに、ピコンという音が響くと同時に急に話し出した。
うん、今じゃないよね、タイミング。
『空気を読んでみたつもりでしたが、残念です』
なんか、こっちこそごめん。
『いえ、こちらこそお力になれずすみませんでした。申し訳ついでにご報告がございます。キーアイテム、赤い紐の髪飾りを手に入れました。これは最初の恋愛イベントのキーアイテムです。発生のタイミングは今夜です』
ああ。もしかして、絶対起こるタイプの序盤のチュートリアルイベント?
『正解です。今夜のイベントは寝たままで起こるので、あなたが何かする必要はありません。ゆっくりお休みください』
ちょっとまって! 寝たままで起こるって、どういうこと⁉
『大丈夫です。序盤のイベントですので、今回は貞操の危機はありません』
貞操の危機って、そいういうのもあるの?
『ネタバレ注意のため、これ以上の質問には答えられません』
え、怖いんですけど····。
急になにも話さなくなったゼロ。
プレイヤーとしてなら、大歓迎な恋愛イベント。
そんな重大なイベントに対して、まさか恐怖を覚える日が来るなんて夢にも思わなかった俺は、完全に目が冴えてしまい、もはや眠ることなんてできるわけもなく····。
『先程のやり取りにより、キャラ詳細がさらに書き換えられました』
イベントを前に、俺の立ち絵の下に書かれていた詳細が書き換えられていく。今はそんなことよりも、これから起こるイベントの事で頭がいっぱいいっぱいだった。
気付けばイベントが発生する時間、つまり"夜"を迎えていたのだった。