ナビゲーター02。俺は勝手に略して『ナビ』と呼んでいる。明るい口調の少年の声を模した機械音声なのだが、どこか生意気なのだ。
『これから起こる恋愛イベントは、チュートリアル用の初回イベントとなりますので、攻略キャラクターの好感度の変化はありません。でもあなたの頑張り次第では、あなたのことをなんとも思っていないヒロインが、少しは興味を持ってくれるかもしれませんね』
「まあ、間違ってはいないだろうけど、言い方ってあるよね? 俺のナビなんだから、お前は俺の味方なんじゃないの?」
自室でひとり、緑色の透明な画面と言葉を交わす。ナビゲーターとこんな風に会話するようなシステム、あの乙女ゲームにはないはずなのに。これは
この時間帯は護衛官の
あの暗殺未遂事件のイベントの後、記憶喪失を偽っている
『あなたの味方、という認識に間違いはありませんが、ボクはあくまでもこの
「俺も別にお前を友達だなんて思ってないから、おかまいなく! それよりも、俺と
『その件に関しては、確認できません。転生者01に関しては先にもお伝えした通り、今後ともお互い干渉しないようにお願いします。再度警告しますが、物語の改変は許可されていません。右上のペナルティカウンターがゼロになった時点で、概要説明通り強制的に排除されますので、それが嫌ならご自身で注意してくださいね』
俺は少しだけ期待していた。キラさんが
「チュートリアルイベントの説明は必要ないよ。台詞もだいたい合ってればいいんだから、さっさとイベントを終わらせて、次に進もう」
『適当にこなそうとしてますね? そんなあなたにひとつ、アドバイスがあります』
まさにその通りだったので、俺は嘆息する。アドバイスもなにも、ただのチュートリアルだぞ? 聞くだけ無駄なのでは?
『美しい白髪の暗殺者、に関する詳細が書き換えられました。このイレギュラーを打開するには、今回のイベントを完璧にこなす必要があります』
「は? このタイミングじゃないだろ」
『はい、これは明らかにイレギュラーであり、おそらく
「
『教えて欲しいですか? 欲しいですよね? じゃあ、"ぜひ教えてくださいナビゲーター02様"って言ってください』
「····なあ、そのキャラ設定どうにかならない?」
このナビゲーター02は、最初からずっとこうなのだ。少年の声を模した機械音声なのに、明るい口調でこんなセリフばかり吐き出すのだ。
不本意ながら、今回に関しては彼の言う通りにするしかない、のか?
俺は大きく嘆息し、仕方ないと覚悟を決める。
「ぜひ、教えてください······ナビゲーター02サマ」
ものすごくテンション低めでお願いした俺に対して、ナビは特に気にする様子もなく、いつも通りの明るい声で『了解です』と即答した。
『今回のイベントは、本来なら
「つまり、改変されかけている物語を本来のものに戻す、ってことだな」
意外とまともな答えが返って来たので、俺はナビの言葉に対して顎に手を当て頷いた。恋愛イベントは物語にとって重要な要素。
何度も言うけど、初回のイベントは攻略対象の好感度の変化すらない、ただのチュートリアルでしかないということ。
『では、これよりお待ちかねの恋愛イベント開始です。せいぜい良い結果が出せるよう、頑張ってくださいね』
こいつ····絶対わざとやってるだろ。
かくして、恋愛イベントが発生。俺は自室を出て、
「少し、あの子の様子を見てくる。昼間、確認できなかったから心配なんだ」
「しかし、こんな時間に妃でもない女人の部屋を訪れるなど、皇子のすることではないかと。それとも、本気であの方を花嫁にするつもりですか?」
「まあ、それも悪くないが····単純に気になっていることがあって。それを確かめに行くだけだよ。しばらくしても戻らなかったら、迎えに来てくれてもかまわない」
「わかりました。では、そのようにします」
その間、何人もの従者とすれ違ったが、彼らが俺に対して何か言うことはない。この
考えながら歩いていると、いつの間にか部屋の前に辿り着いていた。左右の柱には繊細な作りの高価そうなランタンが吊り下げられ、薄暗い廊下を照らしていた。扉を軽く叩く。少し間を置いて扉が開かれると、
「あらあら。これは
「昼間に様子が見られなかったから、こっそり見に来たとでも言えば、満足かな?」
「この宮殿の主はあなたですから、あなたのすることに口を出す者などいないでしょう。私はお邪魔でしょうから、外に出ていますね」
「別にいてくれてもかまわないが?」
「ご冗談を。こういうのは、こっそり隙間から観察するのが楽しいのです」
うん。覗く気満々だな、キラさん。
「では、ごゆっくり~」
キラさん、あれで大丈夫なんだろうか。たぶん同じようにナビゲーターがいると思うんだけど、だいぶ寛大なのかな?
扉の外へと出て行ったキラさんだったが、予想通り指一本分だけ開けた隙間からその瞳を輝かせ、こちらの様子を覗いている。気を取り直して、俺はゆっくりと歩を目的の場所へと進め、
寝台の左横、つまり俺の正面には模様が入った丸い形の格子窓、円窓と呼ばれる木枠の窓がある。明るい内は見事に整えられた美しい庭が見渡せるのだが、今は月明かりだけが照らす仄かに明るい空間が広がっていた。
俺は寝台の横に設けられた椅子に座り、眠っている
布団の上で組まれた指を解き、その右手をそっと包むように握りしめると、俺はぽつりぽつりと用意された言葉を紡ぎ始めた。