いや、違うか。皇子様なんだから、基本なんでも許される設定とか?
そもそもこの部屋も
(それにしては、出て行く前に"ごゆっくり~"とか言っていたような····)
俺は目を閉じたまま、眠っているフリを続けた。そんな中、ゆっくりと足音が近づいて来る。その足音が寝台の横で止まり、気配がすぐ傍にあることを知ると、俺の心臓は外まで聞こえるんじゃないかと思うくらい、バクバクと喧しく鳴り出した。
(うぅ····どうしたらいいんだろう? このまま眠ったフリを続けた方がいいのかな? それとも目を開けて、仮病で誤魔化す?)
そうこう考えていると、自分と違う体温が触れてきて、腹の上で絡めていた指を解かれた。そのまま右手だけ両手で包むようにそっと握られ、どうしたらいいのか本当にわからないまま、俺はこの薄闇に身を委ねるしかなかった。
(月明かりしかない部屋なら、少しくらい誤魔化せるかも····でも、これって恋愛イベントなんだよね?
初回の恋愛イベントはチュートリアルの可能性が高い。だとしたら、少し我慢すればすぐに帰ってくれるかもしれない。考えている内になんとか平静を取り戻していく。ここで何か起こる確率は低いという安心感から、先程までの焦りはなくなった。
「ハク、君は本当は何者なんだ? 私を庇ったのはなぜ? 逃げたあの女は、君と関係がある? このまま君を、信じてもいいのか?」
俺はその質問攻めに対して、何も答えることができない。俺自身が知っているのは、彼が捨てキャラとして作られたモブ暗殺者で、皇子を殺すためにあの儀式に潜り込んでいたということだけ。
庇ったのは、そういう選択肢を選んだ結果で、逃げた女の暗殺者は間違いなく関係者。信じていいはずがないし、皇子の輝かしい未来を想えば、このまま俺を疑って罰するのが正解だ。
正規ルートに戻れないなら、せめて皇子の救済エンドとかないのかな?
俺なんかとどうにかなってしまったら、その先は破滅しかない気がする。
暗殺者と結ばれてハッピーエンド、なんてまずないだろうし。彼の過去がわかる
「私は君に、私の前から消えてしまったあの子を、重ねているのかもしれない」
包まれていた右手がぎゅっと強く握りしめられる。その子は、
「
その時たまたま傍にいた、
本編では理由なく訪ねて行ったようで、確かに唐突すぎて違和感があった気がする。その後、
「····いや、違うな。これは、私の身勝手な願いだ。あの子が生きていてくれたら、それだけでいい。二度と逢えなくても、生きてさえいてくれたら、それでいいと。君のその瞳の色は、あの子と同じなんだ。だから、君が私の目の前に現われた時、錯覚してしまった。私を殺したいほど憎んでいても不思議ではない君が、私を殺しに来たのだと、そう、都合の良い夢をみていたのだ」
最悪の結果は、彼が本当に
それを考えた時、
(こんなの、選択の余地がないじゃないか····現実世界ならもちろんBADエンドから回収するけど、やり直しがきかないってゼロは言ってたよね?)
選べない未来なら、進むしかないということ?
そんな中、またもや選択肢が現れる。瞼を閉じているのに見えちゃうそれは、いつもと同じわかりやすい二択だった。
【一、目を開ける】
【二、このまま寝たフリを続ける】
ええっと····これは、どっちだろう。寝たフリを続ければ、このイベントは皇子の独白で終わるだろう。ゼロも言っていた。今回のイベントは寝ていれば勝手に終わるって。
じゃあ、この選択肢の意味は?
『その問いにはお答えできません。これは私のデータにもない選択肢です。ゲーム内で
ゼロにもわからない未来。
目を開けたら、なにが起こるのか。こちらからの改変は許されないが、それが選択肢として現れたのなら、改変にはならない?
(もし、違う未来があるっていうなら、俺は····こっちを選んでみる!)
俺は考えた末に、【一、目を開ける】を選ぶ。同時に、意を決してゆっくりとその瞳を開けた。そこには、驚いたようにこちらを見下ろす
月の明かりの中でもわかる、薄青の優しげな瞳。俺は、この『
「····すまない。寝ている君を、起こすつもりはなかったんだ」
本来、目を覚ますはずのない場面で俺が目を開けたからか、
もし本当に
「私は····誰かの代わりですか?
「····最初からぜんぶ、聴いていたのか?」
「すみません····でも私は、
目の前にいる彼もまた、別人なのだ。
記憶が戻った暗殺者としてではなく、記憶喪失の少女のまま別れを告げたら、最悪のことにはならないのではないだろうか。
「私にも同じように、好きなひとがいます。もう、二度と逢えない。この想いすら伝えられなかったひと。それでも、消えることはないんだって、知ってるから。だから、」
その後の言葉を、躊躇う。物語上はたった数日しか関わっていないひと。本来なら簡単に言えるはずの台詞なのに。
さよならを、言わないと。
俺が好きになったひと。
ずっと、これら先も、忘れられないひと。
さよならと、言えば。
もう二度と逢うこともないだろう。
そう思った時、俺は意識的にその続きを呑み込んでしまっていた。
「君は······強いね、」
「君はあの子かもしれないし、そうでないかもしれない。君自身もわかっていないみたいだ」
俺の手を自分の頬に持っていき、慈しむような笑みでそう言った
「もう少しだけ時間をくれないか? 私が君自身を好きになる、そのための時間が欲しい。君のその傷が癒えるまででもいい。記憶が戻るまででもいい。私は君を知りたいと思っている」
それは記憶の中の誰か、じゃなくて。
「····わ、私······は、」
彼の言葉は瞳はどこまでも優しく真っすぐなのに、どこか遠くに向けられている気がした。
それは、叶わない恋だと。
報われないものだと、はじめからわかっていた。
静寂の中でふたり、言葉でも交わすように。
その薄青の瞳に囚われたまま、逃れられない。
ふたりが出会ってしまったその瞬間から。
これは、変えることなどできない運命なのだと····知ってしまった。