部屋を出ると、キラさんが複雑そうな面持ちで俺の方を見上げてきた。言いたいことはなんとなくだがわかる。物語がほんの少しだけ改変されたことも含めて。話したいことはおそらく同じなのだが、それを話すことは叶わないだろう。
「
「····ハクを頼みます」
俺は思わず
『私にも同じように、好きなひとがいます。もう、二度と逢えない。この想いすら伝えられなかったひと。それでも、消えることはないんだって、知ってるから。だから、』
それをまさかゲームのキャラに言われるとは思わなかった。
(あんなの、反則だ)
気付けば、あの瞳に惹かれていた。
そして同時に後悔が押し寄せてくる。自分のせいで攫われたのかもしれないという、彼自身の後悔。俺の経験じゃないのに、確かに俺の記憶として存在する違和感。
(あの時俺は····なにを願ったんだっけ?)
(確かに俺は、
じゃあこの転生の意味は?
疑似恋愛でも本気で好きになって幸せにしろっていう、神サマの温情?
(俺やキラさんが改変するのは許されないのに、このイレギュラーが許されているのはなんで?
だとしたら、本当に
『恋愛イベントお疲れさまでした。まあ、及第点と言える結果でしたね。意外とアドリブもいける感じですか?』
自室に戻った頃、呼んでもないのにあの画面が突如現れ、ナビが声をかけてきた。こっちの気も知らないで、よくもそんなことが言えるなと俺は毒づく。上質な漢服が皺になるのも気にせず寝台に仰向けに寝そべり、はあと嘆息した。
「あのなぁ····及第点もなにも、」
『おめでとうございます。ヒロインの好感度がほんの少しだけ上昇しました。この調子でどんどん物語を進めていきましょう。ちなみに明日は色々と面倒なことが起こりますので、気を引き締めて臨んでくださいね。ということで、ボクからのアドバイスの時間です』
恋愛イベント後の翌日。面倒なこと。俺はすでにそれがなにかを知っている。
「別に必要ないだろう?
『その場にヒロインも呼ばれることになりました。なので、そもそも選択肢が存在しません。あなたの行動と言動がヒロインの好感度に大きく影響しますので、ご注意くださいね』
はあ⁉ と俺は思わず飛び起きるように上半身を勢いよく起こした。
『まあ、ボクとしても今回の改変には正直同情します。ので、"お願い"されなくても、自主的にアドバイスをしてあげようかと思ったのですが、要らないのなら別にかまいません。そういう思考もゲーム性が増して楽しめるかと』
「ちょっと待った! やっぱり欲しい! そのアドバイス、ものすごく欲しい!」
俺は結局、ナビにお願いをするハメになる。仏様にでも祈るように、画面に手を合わせてナビに乞う。ゲーム性が増す必要はまったくない。寧ろこっちは安定と不変を望んでいるくらいだ。
『仕方ありませんね。そこまで言うのなら、教えて差し上げましょう。ボクから助言できることはただひとつ。ヒロインを守ること。つまり、彼の本来の目的を疑われないようにすることなんです』
「
しかもその計画は
『はい、まあそうなんですけど、
「なんでそうなる? 物語の改変は許されないっていう鉄壁のルールはどこ行ったんだよ?」
『ひとが作ったルールなんてものが、絶対的な存在を前にして適用されるとでも?』
「それ、どういう意味?」
しーん。返答すらせず、意味深な言葉を問いかけた後、ナビは強制的に画面を閉じてしまった。
肝心なことは言わない主義らしい。
いや、言えないのか。
(絶対的な存在だって? このゲームを作った俺たちじゃなくて? まさか全知全能の神サマのこと、じゃないよな、さすがに)
あれはナビの精一杯のアドバイスだったのかもしれない。言える範囲で皮肉ったとしか思えない。ゲームの、しかも自分が関わった販売すらまだしていないフリーゲームに転生、というあり得ない状況下で、それを可能にした奇跡があるのだとしたら、やはり神がなせる
(本来のシナリオ通りでないなら、もしかして今ならキラさんと話ができるんじゃないか? けど、その仮説が間違いでペナルティが付いちゃうのは、微妙なんだよな)
確信が持てない。俺自身がする改変はペナルティになるだろう。カウンターは三回まで。ここは慎重に事を進める方が正解だ。
「ヒロインを守る、か」
それはファンタジー物の主人公が、誰しも通る道だろう。ヒロインっていっても実際は男だけど。しかも元モブ暗殺者。けれども裏話をしてしまえば、本編序盤の退場時、
攫われた後のひと月ほど。皇子ではないとすでにわかっていたが、家に帰すわけにもいかない、そんな状況下で。
ほとんど水も食事も与えられず、酷い扱いをされていた幼い
関わった賊たち含め、間違って攫った
賊たちに囲まれ怖い思いをした
(本編では
もちろん、
(この隠しルートは、ある意味
だからこそ、BADエンドだけは避けたいのだ。
それが『守る』という意味なのだとしたら、俺は彼を守りたい。
この物語を作り上げたひとりとして、俺はそう願わずにはいられなかった。