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2-5 改変された物語



 部屋を出ると、キラさんが複雑そうな面持ちで俺の方を見上げてきた。言いたいことはなんとなくだがわかる。物語がほんの少しだけ改変されたことも含めて。話したいことはおそらく同じなのだが、それを話すことは叶わないだろう。


青藍せいらん様、あとは私にお任せください」


 白煉はくれんがあのイベントで目を覚ますことはあり得ないことだった。先にナビから忠告を受けていなければ、動揺して対処できなかっただろう。シナリオを熟知している自分たちにとって、こういうイレギュラーは望ましくない。なぜなら、俺たちは少なくともBADエンドにならないように慎重に行動しているつもりだからだ。


「····ハクを頼みます」


 俺は思わず海璃かいりとしてキラさんと話していた。キラさんは片目を閉じていつもの調子で明るく振る舞い、そのまま扉の向こうへと消えた。


『私にも同じように、好きなひとがいます。もう、二度と逢えない。この想いすら伝えられなかったひと。それでも、消えることはないんだって、知ってるから。だから、』


 白煉はくれんのあの言葉は、俺の心に深く突き刺さった。そんなこと、自分が一番よくわかっている。

 それをまさかゲームのキャラに言われるとは思わなかった。


(あんなの、反則だ)


 気付けば、あの瞳に惹かれていた。


 青藍せいらんの初恋の相手である白煉はくれん。彼の幼い頃の淡い想いは、記憶として俺の中で生きている。


 そして同時に後悔が押し寄せてくる。自分のせいで攫われたのかもしれないという、彼自身の後悔。俺の経験じゃないのに、確かに俺の記憶として存在する違和感。


 白煉はくれんの顔を見ると、声を聞くと、青藍せいらんの胸がどくんと高鳴るのだ。俺の気持ちとは別の場所で、青藍せいらんの気持ちが存在する事実。


 白兎はくとを重ねて、白煉はくれんを見ないのは違うと思った。時間をかけて目の前の者と向き合う覚悟を、俺はしなければならないのだと。そう、理解した。どうしてこのゲームだったのか。転生、なんて奇跡が起こったのか。


(あの時俺は····なにを願ったんだっけ?)


 白兎はくとに伝えたかったこと。伝えることができなかった。本当の気持ち。受け入れられなくてもいい。それでも知っていて欲しかった気持ち。


(確かに俺は、白兎はくとにずっと好きだったって伝えたかった。白煉はくれん白兎はくとをモデルにしたキャラだけど、だからってそのキャラに伝えるのはなんだか違う気がする)


 じゃあこの転生の意味は?

 疑似恋愛でも本気で好きになって幸せにしろっていう、神サマの温情?


(俺やキラさんが改変するのは許されないのに、このイレギュラーが許されているのはなんで? 白煉はくれんが勝手に考えて動いてるってこと?)


 だとしたら、本当に欠陥バグだろう。用意されたシナリオ通りに進まなくなることもあるのだろうか。正直、あのBADエンドだけは回避したいと思っている。青藍せいらんも死ぬが、白煉はくれんもその後を追ってしまうなんて、そんな悲惨なエンドは御免だ。


『恋愛イベントお疲れさまでした。まあ、及第点と言える結果でしたね。意外とアドリブもいける感じですか?』


 自室に戻った頃、呼んでもないのにあの画面が突如現れ、ナビが声をかけてきた。こっちの気も知らないで、よくもそんなことが言えるなと俺は毒づく。上質な漢服が皺になるのも気にせず寝台に仰向けに寝そべり、はあと嘆息した。


「あのなぁ····及第点もなにも、」


『おめでとうございます。ヒロインの好感度がほんの少しだけ上昇しました。この調子でどんどん物語を進めていきましょう。ちなみに明日は色々と面倒なことが起こりますので、気を引き締めて臨んでくださいね。ということで、ボクからのアドバイスの時間です』


 恋愛イベント後の翌日。面倒なこと。俺はすでにそれがなにかを知っている。


「別に必要ないだろう? よう妃と対面して、花嫁候補だった夏琳かりんを紹介されるだけの話だし。そこまでのやり取りは確かに面倒だけど、正解の選択肢を選ぶだけなのになんで?」


『その場にヒロインも呼ばれることになりました。なので、そもそも選択肢が存在しません。あなたの行動と言動がヒロインの好感度に大きく影響しますので、ご注意くださいね』


 はあ⁉ と俺は思わず飛び起きるように上半身を勢いよく起こした。


『まあ、ボクとしても今回の改変には正直同情します。ので、"お願い"されなくても、自主的にアドバイスをしてあげようかと思ったのですが、要らないのなら別にかまいません。そういう思考もゲーム性が増して楽しめるかと』


「ちょっと待った! やっぱり欲しい! そのアドバイス、ものすごく欲しい!」


 俺は結局、ナビにお願いをするハメになる。仏様にでも祈るように、画面に手を合わせてナビに乞う。ゲーム性が増す必要はまったくない。寧ろこっちは安定と不変を望んでいるくらいだ。


『仕方ありませんね。そこまで言うのなら、教えて差し上げましょう。ボクから助言できることはただひとつ。ヒロインを守ること。つまり、彼の本来の目的を疑われないようにすることなんです』


よう妃はそもそも暗殺者を用意した側だぞ? 白煉はくれんの目的は俺の暗殺。記憶喪失は偽り。俺を油断させて確実に殺すために、頭領が土壇場で計画を変更したっていう筋書きなはず」


 しかもその計画は白煉はくれんにだけ伝えられており、女の暗殺者はその変更を知らなかった。だからこそ本気で俺の命を狙ったわけだが、まさか白煉はくれんが前に出るとは予想だにしなっただろう。


『はい、まあそうなんですけど、よう妃が今回用意しているのは、夏琳かりんだけではなくて、他のサプライズゲストといいますか。そこは誰とは今は言いませんけど、かなりの改変が予想されます』


「なんでそうなる? 物語の改変は許されないっていう鉄壁のルールはどこ行ったんだよ?」


『ひとが作ったルールなんてものが、絶対的な存在を前にして適用されるとでも?』


「それ、どういう意味?」


 しーん。返答すらせず、意味深な言葉を問いかけた後、ナビは強制的に画面を閉じてしまった。

 肝心なことは言わない主義らしい。

 いや、言えないのか。


(絶対的な存在だって? このゲームを作った俺たちじゃなくて? まさか全知全能の神サマのこと、じゃないよな、さすがに)


 あれはナビの精一杯のアドバイスだったのかもしれない。言える範囲で皮肉ったとしか思えない。ゲームの、しかも自分が関わった販売すらまだしていないフリーゲームに転生、というあり得ない状況下で、それを可能にした奇跡があるのだとしたら、やはり神がなせるわざなのかもしれない。


(本来のシナリオ通りでないなら、もしかして今ならキラさんと話ができるんじゃないか? けど、その仮説が間違いでペナルティが付いちゃうのは、微妙なんだよな)


 確信が持てない。俺自身がする改変はペナルティになるだろう。カウンターは三回まで。ここは慎重に事を進める方が正解だ。


「ヒロインを守る、か」


 それはファンタジー物の主人公が、誰しも通る道だろう。ヒロインっていっても実際は男だけど。しかも元モブ暗殺者。けれども裏話をしてしまえば、本編序盤の退場時、海鳴かいめいに返り討ちにあったのは、実は自ら望んでのことだった。


 攫われた後のひと月ほど。皇子ではないとすでにわかっていたが、家に帰すわけにもいかない、そんな状況下で。


 ほとんど水も食事も与えられず、酷い扱いをされていた幼い白煉はくれんの処遇が決まった最期の夜。賊たちに弄ばれそうになっていたまさにその時、なんの因果か暗殺者集団の頭領に拾われたことが、すべての始まり。


 関わった賊たち含め、間違って攫った白煉はくれんをも殺すようにと、証拠隠滅を謀ったよう妃が彼らの潜伏先に"ふくろうの爪"を仕向けたのだ。


 賊たちに囲まれ怖い思いをした白煉はくれんは、頭領に保護され目が覚めた時には、自分がどうしてあの場所にいたか、連れて来られる以前の記憶、自分の名前さえも思い出せなくなっていた。


(本編では青藍せいらんの顔を見たあの時、幼い頃の記憶を思い出した白煉はくれんが、暗殺者がいることを教えるために自らの命を犠牲にしたっていう裏設定があるんだけど、実際は捨てキャラ扱いなんだよな)


 もちろん、青藍せいらんはそれを知らない。彼の記憶の中の白煉はくれんは、黒髪に赤い瞳。幼い頃の面影も、時が経つにつれて記憶から薄れていく。しかも倒れた時には目を閉じていたから、まさかずっと捜していた幼馴染だなんて知る由もなく。


(この隠しルートは、ある意味白煉はくれんの救済ルートでもある)


 だからこそ、BADエンドだけは避けたいのだ。

 それが『守る』という意味なのだとしたら、俺は彼を守りたい。

 青藍せいらんとして、白煉はくれんを心から好きになれるかはわからないけど。


 この物語を作り上げたひとりとして、俺はそう願わずにはいられなかった。




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