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2-6 お姉さんに任せて!



 青藍せいらん白煉はくれんのイベントが終了。なんだか悩ましい展開になってしまったようだけど、ふたりはそれぞれの考えを話し合った結果、一応納得のいく答えを出したみたい。


海璃かいりくん、もしかしてああなるってわかってたのかな? それともナビゲーターがなにか教えてくれたの? ねえ、どう思う?)


『転生者にはある方・・・の意向により、ナビゲーターの補助が約束されています。しかしお互いに干渉はしないので、どういうタイプのモノかはわかりかねます』


 ある方? ってどの方かな?


 私は首を傾げながら頬に人差し指を当てて、とりあえず考えるポーズをしてみる。


 大事なことは教えてくれないのだとわかっていたので、特に期待もしていない。それよりも、ずっと思っていたことがある。


(ねえ、あなたのこと、私はなんて呼んだらいいかしら?)


 私のナビゲーターであるナビゲーター01は、成人男性の声を模した穏やかな口調の機械音声だった。ナビゲーター01は長すぎる。短いあだ名が必要だと前々から思っていたのだ。


『お好きに呼んでくださってかまいません。こちらに選択肢は存在しませんので』


(そうなの? んー。じゃあ、イーさんにするわ)


『··········お好きにどうぞ』


 なんか嫌そう? まあいいわ。01=一=イーアルサンスーのイーさん! ってことで。決まりね。中華っぽい名前でしょ?


 お好きに、といいつつもイーさんはちょっと不服そうだった(笑)


 私の絵師としての名前はキラで、本名は雲英きら華南かなん。二十二歳の専門学校生兼フリーの絵師。父と母、それから妹がひとりいる。


 妹は海璃かいりくんたちと同じ学校に通っていて、同級生。海璃かいりくんの姉である渚砂なぎさちゃんは私のお友だちという、不思議な縁があった。


 雲英うんえいというヒロインの名前は、そもそも私の名前を文字って作られたのよね。それがなんの縁か、私自身が彼女になるなんて本当に運命的。


『では、私はあなたのことをなんとお呼びすればよいですか?』


 イーさんからまさかそんなことを訊かれるとは思っていなかったので、私はちょっとだけ動揺する。あんまり昔から驚いたりしないのんびりした性格なのだけど、この質問はちょっとびっくりしたわ。ナビゲーターってたぶんAIよね? AIは学習することで成長するっていうイメージだけど。


(じゃあ、カナンって呼んで? 友達って下の名前で呼ぶものでしょ?)


『友達、ではありません。私はあなたのナビゲーターです』


 英語の教科書に載ってそうな翻訳文に、私はくすくすと思わず笑ってしまった。おっといけない、思い出し笑いをしていると思われちゃう。ハクちゃんが急に笑い出した私にびっくりしてるし。


「あ····雲英うんえいさん、いたんですね」


 いた、というか、ずっと覗き見していたのだけど、それは内緒にしておこう。


「うん、青藍せいらん様が出て行く姿が見えたから戻って来たの」


 あの時、青藍せいらんにも"好きなひとがいる"とハクちゃんは告げたけど、私も海璃かいりくんもそれが誰かわからない。なぜなら、隠しルートの白煉はくれんにそんな設定はないから。


(ねえ、私たちの他に転生者がいるってことはない? 例えば、目の前の白煉はくれんの中身が実は違うとか)


『それは否定します。現在確認されているナビゲーターは私と02のみです。先程の恋愛イベントにおける改変は、欠陥バグの類ではないかと。その証拠に、本来変動するはずのない初回のチュートリアルとして用意された恋愛イベントにおいて、ヒロインの好感度が変化した模様です』


 そうなの? それってやっぱりおかしいわよね?


「ねえ、ハクちゃん。ハクちゃんの好きなひとって誰のこと?」


「え、えっと······それは、」


 なんだかとても重要なことのような気がする。それが白煉はくれんの記憶の中の青藍せいらんだとしたら、それはおかしい。だって、白煉はくれんの幼い頃の記憶が戻るのは、もっとずっと後の話だ。ハッピーエンドなら、ふたりが結ばれる少し前。頭領である赤瑯せきろうが関わってくる、二回の隠しイベント後だったはず。


「好きなひとがいるっていえば、諦めてくれるかなって····そう思っただけです」


「それは嘘。さっきのはそんな雰囲気じゃなかったもん」


「····やっぱり覗いてたんですね?」


 ああ、まずい! ハクちゃんがものすごく疑いの眼差しで見上げてくる。寝台の上に座ったまま、上目遣いで頬を膨らませて見上げてくるハクちゃん。


 か、かわいい! 

 めちゃくちゃかわいい!

 月明かりに照らされて部屋が青白く光ってるみたい。ハクちゃんの髪、すごく綺麗だなぁ····。


(って、そんな場合じゃなかった!)


 あの時の海璃かいりくんの台詞、あれ、アドリブだったわよね?

 大幅な改変にならなければ、そういうのは問題ないってこと?


 うーん。線引きが難しい。


「ごめんね。ハクちゃんが青藍せいらん様に襲われないか心配だったの」


「お、おそわっ····そんなこと、起きませんからっ」


 真っ赤な顔で否定するが、結構いい雰囲気だった気がするのよね。最初はどうあれ、海璃かいりくんがハクちゃん自身を知りたいって言った時とか。今だってきっと思い出して恥ずかしくなってるわけだし。小動物みたいでかわいいなぁ。


 自分でデザインした中でもかなりお気に入りのキャラクターなのよね。実物もめちゃくちゃ可愛かったし。でもそっか····君は違うのかぁ。


(ふたりがそれぞれ転生して、もう一度やり直すっていうテンプレもありだと思うんだけど····海璃かいりくん、もしかして知ってたのかな? ハクちゃんはあくまでもゲームの中のキャラで、転生者じゃないってこと)


 だから、あんな台詞を言ったのかな?

 でも、一度は考えちゃうわよね。

 希望、持っちゃうわよね。


「でも青藍せいらん様、ハクちゃんを知りたいって言ってたでしょ? それって、すごく素敵なことじゃない? ハクちゃんはどうしたい? やっぱりここから早く離れたいかな?」


 ハクちゃんの横に座り、私はそっと彼の手を取った。雲英うんえいもそれなりに色白だが、薬を扱うせいか少し荒れている。けれども白煉はくれんの手は暗殺者としての訓練を受けているとは思えないくらい滑らかで、傷ひとつなかった。


 これは、頭領の赤瑯せきろうが彼を優遇していた証でもある。白煉はくれん赤瑯せきろうに対して感謝はしているが、それ以上の関係も感情もなかったはず。もしかして、その辺りの設定も変わってしまっているのかな?


 でもさっきは、二度と逢えないって言っていたような····? うーん。


 どっちにしても、青藍せいらんとの関係が進まなくなってしまう。ハクちゃんは下を向いたまま、言葉を紡ぐのを躊躇っていた。


「いいわ。離れたいなら、私が手伝ってあげる。適当に理由を付けて、王宮から外に出るの。青藍せいらん様は悲しむかもしれないけど、仕方ないわよね。私の目的は、また次の機会を待つことにするわ」


「え····そんな、駄目ですよ。雲英うんえいさんはここに残ってください。青藍せいらん様もその方が嬉しいと思います」


「どうして? 青藍せいらん様がここにいて欲しいと思っているのは、ハクちゃんだよ。私はもう花嫁候補ですらないんだから」


 儀式が中断されていることもそうだが、この儀式はもう行われないはず。改変されたせいで、もしかしたらそこにも変化があるかもしれないけど。その前に青藍せいらん白煉はくれんを花嫁にすると宣言し、雲英うんえいは最終的にふたりが結ばれた後、皇族の侍医としてふたりを見守り続けるのだ。


「····どうしたらいいのか、本当にわからなくて。このままここにいたら、きっと、良くないことが起こる。そんな気がします」


 うん、実はその通りなのよ、ハクちゃん。


 ここから先は、他の皇子やら頭領やらが好感度次第でヒロインを狙ってくる。登場するキャラが増えれば増えるほど好感度がバラけちゃうから、ハッピーエンドが遠ざかってしまうのよね。それに、よう妃の邪魔もエスカレートしていくはずだし。


「でも····俺が何も言わずにここから消えたら、」


「うん、」


青藍せいらん様は、また、」


「せっかく見つけた大切なひとを、また失っちゃうわね。あの話が本当なら、だけど」


「でも俺は、あのひととは会ったばかりだし、そんな重たい存在じゃないと思います」


(確かに、出会って数日であの展開は重たいわよね····気持ちはわかるわ。でもこれはあくまでもBLゲーム! 攻めが受けに弱みをみせるという、私的には激萌え展開なのよ!)


 ハクちゃんは迷ってる。青藍せいらんのことをなんとも思っていなければ、そんな感情は湧かないはず。


「言ったでしょ? なにを選んでも、私はあなたの味方よ、ハクちゃん。あなたの秘密もぜんぶ、私が墓場まで持っていくわ!」


 だから、お姉さんに任せなさい!


 私はハクちゃんの冷たい手を強く握り締め、その答えを待つのだった。




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