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2-7 残念なお知らせ



 俺は困惑していた。

 だって、そんなことを言われるとは思ってもいなかったから。


「言ったでしょ? なにを選んでも、私はあなたの味方よ、ハクちゃん。あなたの秘密もぜんぶ、私が墓場まで持っていくわ!」


 これが親友枠というものなのだろう。雲英うんえいは俺の手を握り締め、真剣な眼差しでじっと見つめてくる。俺の答えを待っているのだ。俺がここを出たいといえば、その手助けをしてくれるだろうし、もう少しだけ考えたいといえば、答えが出るまで待ってくれるのだろう。


 選択肢が出ないことを考えると、俺が何を選ぶかは決まっているようだ。諦めたように小さく笑みを浮かべ、俺は首を振った。


「もう少し、考えてみます。自分の気持ちもよくわからないし、あんな風に言ってくれた青藍せいらん様の気持ちも、蔑ろにしたくない」


「うん、わかった。じゃあその間、私も自分のやれることをするわ。ハクちゃんが無理をしないように、私が傍で見守ってあげる。だから、これからもよろしくね!」


 はい、と俺は小さく頷いた。なんだか、本当のお姉さんみたいだ。って言っても、俺はひとりっ子だからそういうのよくわからないんだけど。実際は姉と弟ってどういう感じなんだろう? 


 そういえば、海璃かいりはお姉さんと仲が良かった印象がある。あれは特殊な例なのかな? それともみんなあんな感じなの?


「もう遅いから、私も寝るね。じゃあ、おやすみなさい」


 やっと手を放してくれた雲英うんえいは、そう言って立ち上がった。彼女の寝台はこの部屋の隣に用意されていて、この部屋よりは少し狭く、本来従者が寝泊まりする部屋らしい。狭い方が落ち着くから、と部屋を交換する提案をしてみたが、逆に狭い方が好きと言われて断られてしまったのだ。


 ひとりになった時。思い出したかのように、寝台の下に隠していた綺麗な模様の箱を取り出し、再び寝台に座って膝の上に置いた。この箱は元々この部屋にあった備品で、硯や筆が入っていた。深さのある箱だったのでこれは使えると思い、硯と筆は違う場所へ移して、代わりに自分が持っていた物を隠したのだった。


 それは、初日に目を覚ました後のこと。皇子を助けた時に袖に仕込んでいた暗器のことを思い出し、雲英うんえいが席を外した隙に自分の着ている血塗れの漢服を調べたら、思っていた以上にヤバイ物が次々に出てきたのだ。


(よくこんな数の暗器を隠してたよね····青藍せいらんが俺を運んだって聞いたけど、重たくなかったのかな?)


 まるで漫画の忍者みたい····いや、暗殺者だった。にしても、自分自身もその重さに気付かないくらいだったから、あり得なくもないか。


 暗器はひとつひとつは軽量な物で、しかしそれが集まれば、それなりの重さになった。現に、箱はずしりと重さを感じる。俺はその中に埋もれている、綺麗な銀色の装飾が入った白い鞘に収められた一本の小刀を手に取り、ゼロに確認する。


 その小刀の刃はどうやら模造のようで、しかしただの模造品にしては素人目ながら高価そう。なぜならその白い鞘に巻き付くように、細やかな銀の龍の装飾が描かれていたからだ。


(これ、他の暗器と違うよね? この子の大切な物なのかな? あと、この青い袋に入ってた紐飾りも、特別な感じがする)


 その青い袋は巾着のような形で、手の平から少しはみ出るくらいの大きさの袋だった。布の手触りからしてなんだか高そうな気はしていたが、暗殺者が持つにはやはり違和感がある。しかも中には綺麗な石を削って作られた、おそらく玉佩っていう身分を証明する紐飾りが入っていた。


 薄緑色の濁った石。いや、石なのかな? 翡翠? そのつやつやな石にはごつごつとした突起があり、小刀と同じく龍をかたどった彫り物が。上下に紐を通せるようになっていて、上は腰に下げられるような円状、下は何重にも丁寧に編まれており、先に房が付いていた。いずれも青い紐飾り。


『キーアイテム、銀龍の守り刀と青龍の玉佩ぎょくはいです。いずれも身に付けるタイミングによって、本編の隠しイベント、メインイベントの鍵となる重要アイテムです。取り出すタイミングはこちらでお教えできます。今は必要のない物なので、そのまま大事にしまっておくのが良いでしょう』


 ゼロは淡々とそれらについて語ってくれたが、このふたつが実際にどんなモノかは説明してくれなかった。いずれ物語が進めばわかるのかもしれない。けれども、自分自身が知らないって、それはそれでおかしいよね?


『詳細はこの画面から確認できますが、実際のヒロイン自身も記憶が曖昧な為、その出どころはわかっておりません。詳細を解放するには、記憶を取り戻す必要があるでしょう』


(でも自分のものなら、これがこの子の身分を証明してくれるんじゃ····でも青藍せいらんにこれが見つかったら、確定されちゃうよね、きっと)


 青藍せいらんの大切なひと。おそらく、自分ヒロイン。そうであることを証明をしてしまったら、結末は····。


『捨てるという選択肢もありますが、間違いなくBADエンドになります。キーアイテムを捨てれば、重要なメインイベントも起きませんから。もしかしてあなたはBADエンドがお好みですか?』


(違うけど、でも青藍せいらんとどうにかなっちゃうルートなんて、恐れ多いっていうか····そもそも俺、男だし。相手は皇子様で、後の皇帝陛下になるひとだよ? 世継ぎ問題とか、嫁姑問題とか! 自分たちはそれで良くても、他のひとたちが認めるわけないよ····次期皇帝の花嫁が男って、いくらBLゲームでも無理があるし)


 そもそも推しキャラはあくまで推しキャラで、その推しと結ばれるなんて考えてもみなかった。いや、結ばれるとは限らない! BADエンドがおそらく悲惨なのは本編をクリアしてよく理解しているけど、ハッピーエンドはかなり甘々なのも事実。


 そうなると、俺が目指すべきは真実トゥルーエンド一択ということになる。


真実トゥルーエンドはヒロインの過去も含め、青藍せいらんとの関係もブロマンス設定となります。ブロマンスとは性的な関りのない、男性同士の近しい関係の意で、親友以上恋人未満という友愛関係といってもいいでしょう』


(そっか、じゃあすごく仲の良い親友ってことだね。それなら、いいかも)


『····お喜びのところ、非常に残念なお知らせがあります』


 え? と俺は首を傾げる。すごく嫌な予感しかしかしない。浮かんだばかりの笑顔が曇るのを感じ、ゼロが次に言わんとしていることに耳を塞ぎたい気持ちだった。


『先程、欠陥バグによる改変が確認されました。これにより明日のメインイベントが大幅に変更されます。このメインイベントは、主人公である青藍せいらんの言動や行動によって、あなたの本来の目的が叶わなくなる可能性があります』


 本来の目的? って、なんだろう。


 俺は皇子である青藍せいらんを暗殺するために、あの儀式に潜り込んでいたわけで····でもあの"どっちを選んでも死亡フラグ"な選択肢を選んだ結果、この隠しルートに突入したんだよね?


『はい。この改変されたメインイベントは、本来のタイミングより早く暗殺者であることが周りにバレてしまい、結果、その罪を問われる可能性が非常に高いでしょう』


 ええっと、つまり?


『最悪の場合。序盤でのヒロイン途中退場死亡という事態もあり得るということです』


 そんなにヒロイン退場させたいの? この物語ゲーム




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