翌朝。
姚妃の使いの宮女が一通の文を持って来た。それは青藍の宮の従者に渡され、従者が海鳴に渡し、遠回りして俺の手元に届いた。
内容は本編通り、中断している儀式の詫びと茶会の誘いだった。茶会の場所は後宮ではなく、王宮の庭園で行うと書かれている。
「青藍様、どうしますか? 断ることも可能かと思います」
皇帝の側室であり妃嬪という立場の姚妃。つまり彼女は青藍の異母である。彼女の息子は第二皇子で、青藍のひとつ下の十七歳。
飄々とした性格でつかみどころがなく、姚妃が裏でやっている悪行を知っていながら知らないフリをしている。親と自分は関係ないとでもいうように、自身が次期皇帝になりたいとも思っていない。
第二皇子の名前は蒼夏。容姿は姚妃によく似ているが、性格はまったく似ていない。そこだけは救いで、本編では兄である青藍を表向きは慕っており、自身が万が一にも皇帝なんて面倒な立場にならないよう、母親の企みを綻びが出るようにこっそり邪魔をしていた。
ちなみに本編の蒼夏ルートでは、なりたくなかった皇帝になることになるわけだが、そのきっかけはヒロインである華雲英との関係にある。
本当の自分を見てくれたひと。嘘偽りのない感情と言葉をくれる彼女に惹かれ、やがて母の企みを暴き、青藍が父親である皇帝に自分より蒼夏が相応しいと訴えるのだ。
「いや、せっかくの誘いを断るのは失礼だろう。出席すると伝えてくれ」
前にナビが言ってたサプライズゲストって、もしかして蒼夏のことか?
白煉の好感度は上がったはずなのに、なんで出てくるんだ?
あの恋愛イベント自体がフラグだったとか?
『ぴんぽんぴんぽ~ん。さすが主、大正解です』
頭の中で響くその声に、俺は引きつった。
そんな呼び方、今までしてなかったくせに。それっぽい呼び方で、ナビはクイズ番組の司会者のように「大正解」と褒め称える。いや、馬鹿にしてる?
「しかし良いのですか? 例の白髪の少女も一緒に、と書いてありますが、」
怪訝そうに海鳴は訊ねてくる。同行させる必要は本来ないだろう。後宮の、しかも皇帝の側室である姚妃が白煉を招く理由はただひとつ。
「青藍様には申し訳ありませんが、あの少女の身元を調べました。資料にあった彼女の両親の名や住まいは、確かに存在しました。けれども、今回の儀式には参加しておらず、それどころか、その姿も邸内で確認がとれました」
「まあ、そうだろうな。資料は明らかに偽りで、おそらく彼女もまた、私の命を狙った暗殺者のひとりなのだろう」
「では、どうしてご自身の手元に置いているのですか? まさか、本気で彼女を花嫁にするつもりじゃないですよね?」
海鳴は初日から疑っていたが、青藍になにか意図があるのだろうと思い、ずっと合わせてくれていたのだ。本当なら絶対に承諾しないことも、すんなりと受け入れてくれた。
「いいか? その資料を精査していたのは姚妃、彼女だ。それはつまり、彼女が暗殺者を忍ばせ、私を皆の前で殺させようとしたわけだ。実際あの中に何人いたのかはわからないが、確実に殺すために動いているのだろう」
「彼女を傍に置くのは、自身を狙わせて確実に捕らえる為ということですか? だとしたらますます危険でしょう? 私が常に護衛しているわけではないのです。昨夜だってそうです。あなたが命じれば、私はそれに従うしかない」
まあ、表向きはそうなんだけど、青藍としては自分を庇って深手を負い、毒に侵された白煉が本当に初恋の相手かどうかを確かめたくて、あんな時間に部屋を訪ねたんだよなぁ。
にしても、本当なら眠っている彼に独白するだけのイベントだったのに、色んな意味で告白して速攻フラれた感もあるし。あの後の台詞は完全にアドリブだったけど、俺としてはハク=白煉って知ってるからなんとかなった説も。
「どう思ってくれてもかまわない。が、私は証拠が欲しい。言い逃れができない決定的な証拠が。彼女が誰の命令で動いているのか。姚妃との繋がりを調べるなら、敵側の思惑にのって動くのもひとつの手立てだろう?」
「それはそうですが、」
「海鳴、もうなにも言うな。どう転ぶかは動いてみなければわからないものだ。彼女が本当は誰か、興味もある。あの瞳の色、お前も見たことがあるだろう? 私は彼女が彼じゃないかと思っているんだ」
その言葉で、海鳴が眉を顰めた。そう、海鳴もまた、白煉のことを知っている。海鳴の父親は将軍のひとりで、歳の離れた兄が三人いる。海鳴は一番下ではあるが、幼い頃から鍛錬に励み、さらに座学も真面目に受けていた。
宮廷内の座学の場は、身分も歳も関係なく開かれており、参加する人数もかなりいた。元々顔見知りでもあり、海鳴が成長したら青藍の護衛にするように皇帝に頼まれていたようで、物心ついた頃には行動を共にすることが多くなった。
「····白煉のことを言っているのなら、彼は、もう」
青藍が行方を捜していることは、もちろん海鳴も知っている。なんなら率先して調べてくれていたくらいだ。この三人は、年齢こそ違うが同友であり、その中心にはいつも白煉がいた。
「瞳の色が同じというだけで、面影があるというだけで、その真実を曲げることはできません。彼は、両親と共に失踪し、その先で賊に襲われ亡くなったと何年も前に報告を受けました。それでは足りませんか?」
海鳴の表情はいつも以上に嶮しく、彼の秀麗な顔に浮かぶその色は悲しみさえ含んでいるように思える。それは彼もまた、白煉に想いを寄せていた証拠であり、青藍の気持ちを知って、その想いを胸に秘めた過去がそうさせているのだ。
もちろん、俺が彼になる前の青藍の設定では、そんなことには気付いてもいないわけで。海鳴にしてみれば忘れたい過去というか。だからこそこの隠しルートでは、白煉を攻略するキャラのひとりになっているのだ。
本編では、海鳴ルートで青藍に背中を押されてヒロインと結ばれるので、このふたりは良きライバルであり主と護衛、なにより親友なのだ。
「私は、絶対に諦めない」
「····そうですか。よくわかりました。では私は彼女が何者か、引き続き調べます。もし彼なのだとしたら、彼女かどうかも調べる必要があります」
普通ならここで訣別してもおかしくない。海鳴は青藍のその揺るがない想いを受け止め、自分がやるべきことを決める。それがどんな結果になろうとも、主が望むなら仕方がないと。
(やっぱり海鳴はいいよなぁ。理想の兄貴って感じ。忠告はするけど、最終的には青藍の気持ちを最優先にしてくれる。忠告するだけじゃなくて、ちゃんと一番の理解者にもなってくれるし)
海鳴の恋も本編のルートのように応援してあげたいのは山々だが、今回ばかりは譲れないのだ。ごめん、海鳴!
「調べるのはかまわないが、目の前で裸にしたりするなよ?」
「はだかっ⁉ ····せ、青藍様、ふざけるのも大概にしてくださいよ? とにかく、準備を整えておいてください。その間に、同席するように私が彼女に伝えてきます」
あの冷静で寡黙な海鳴が、真っ赤な顔をして部屋を出て行った。こういう悪ふざけは、青藍の十八番なのだ。
「さて、と。俺はどうするかな」
『この数日で、青藍という役が板についてきましたね。彼の言いそうな台詞、行動、ほぼ満点と言っていいでしょう。これなら、この先のメインイベントがイレギュラー満載でもなんとかなりそうですね』
いや、聞いてない。イレギュラー満載って、どういうこと?
『今回はこれ以上のアドバイスはNGのようです。ボクにも制限がかけられてますから、助けたくても助けられないことも多々あるんですよ。これは"お願い"されても残念ながら無理のようです』
ナビのその言葉に、俺は「役立たずにもほどがあるだろ····」と心の中で呟く。まあ、そもそも肝心なところでこちらに干渉できないようになっている時点で、どうにもならないことはわかっていた。
『役立たずのナビゲーターですが、一言一句一挙一動あなたを見守ってますので、ぜひとも、ヒロインを序盤退場させてゲームオーバー! などという、おマヌケなプレイヤーにならないよう、せいぜい頑張ってくださいね☆』
相変わらずだな、このナビゲーター····。