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番外編1 もうひとりの幼馴染



 千景ちかげ みやび


 私は昔から必要以上に話すことが苦手。自分でもわかっているが、無愛想で可愛げもない。


 小学生の頃はよく男子に"生意気だ"とよく突っかかられていた。もちろんそれに対してはすべて正論で返し、男子たちは"つまんねー奴"と語彙力のない台詞を残して去って行く。


 正直、どうでもいい。

 興味もない。


「雅ちゃん、大丈夫?」


 私の幼馴染のひとり。男の子なのにその可愛らしい見た目のせいで、あいつらにイジメられていたのだが、ある日急に眼鏡をかけ始め、その素顔を隠してしまった。


 それからは元々大人しい性格のせいもあって、真面目で地味で空気という印象をクラスの皆に認識させたようだ。


 休み時間。教室の隅でクラスのリーダー格の男子たち三人に囲まれていた私。それを止めようと思ったのか、こちらに来ようとしていた幼馴染に対して、来ては駄目と視線で訴えていた。


 あいつらが散った後、心配そうに駆け寄って来て目の前で見上げてくるその大きな瞳は、泣き出しそうな雰囲気さえある。


 この子は東雲しののめ白兎はくと

 私は昔から彼のことを"ハク"と呼んでいる。


「問題ない。あいつらは自分たちの行動や言動で相手が過剰に反応してくれるのを期待しているのだろう。私にそんなことをしても無駄なのにね」


「でも女の子に対して多人数であんな風に詰め寄るなんて、絶対に間違ってる。雅ちゃんはひとりで大丈夫っていつも言うけど、そんなわけないよ。俺なんかじゃ力になるのは難しいって自分でもわかってるけど····、」


「別にハクが頼りないってわけじゃないよ。巻き込みたくないだけ。私もハクが一番辛い時、クラスが違ってて助けてあげられなかったし。ハクもなにも教えてくれなかっただろう? あいつにまで口止めして、私だけ知らなかった。それと同じだよ」


 クラスの男子よりも背が高く、目立っていたのかもしれない。

 生意気、といわれたのはそういうところ? 中学生になったら、そんなこともなくなるのだろうか。


「俺のことはもう解決してるから、心配しなくても大丈夫だよ。でもこのことは別の話····俺だけじゃ頼りなかったら、海璃かいりに」


「それは絶対に、死んでも拒否する」


 七瀬ななせ海璃かいり。もうひとりの幼馴染。私はあいつが嫌いだ。あいつも私のことを敵視している。白兎はくとがいなければ、あいつなんかと関わりたいとも思わない。悔しいのは、白兎はくとがイジメられていた時にあいつがなんとかしてしまったこと。


 私はそんなことも知らずに気付かずに、いつも通り白兎はくとに接していたこと。


「せっかくあいつと離れて清々しているのに、どうしてわざわざ顔を合わせる口実を作らないといけないんだ?」


「う、うん? ふたりは、いつからそんなに拗れちゃってるの?」


「ハクには関係ない。これは私とあいつの問題なんだから」


 海璃あいつに対して私が敵視しているのは、白兎はくとのためでもある。あいつは危険な奴なんだ。だれもそれに気付かないし、あいつもそういうのを隠すのが上手いから、気付かれることもない。でも私は知ってる。だからこそ、大事な幼馴染である白兎はくとを守る義務が私にはある。


 それ以外の事は本当にどうでもいい。


 中学に上がると、あいつらも少しは大人になったのかちょっかいを出してくることがなくなった。


 白兎はくと以外の友だちもできた。同じ弓道部の友だちで、私とは正反対のふわふわした可愛らしい女の子。クラスも一緒だったので、ふたりでいることが多くなった。


 中学三年の頃。二年までは同じだったクラスが三年になって別々になり、白兎はくととはたまに一緒に帰ることはあったが、クラスが違うせいもあって話すタイミングがあまりない。


 二年の夏の終わりから部長になったことでさらに忙しくなり、会う機会自体が少なくなってしまう。


 最悪なのは、海璃かいりとは同じクラスになっていたこと。白兎はくとはそのことを嬉しそうに報告してきた。前までは離れていたせいもあって連絡は取り合っていたものの、それぞれの友だちもできて疎遠になりかけていたらしい。


 でも幼馴染ってそういうものだろう?


 普通の幼馴染って漫画や小説のようにずっと仲良しってわけじゃないし。近くにいる分、気にしないことの方が多いのかも。親同士は交流があるからお互いの今の近況も情報として耳に入ってくる。


 海璃かいりの姉である、渚砂なぎささんとは昔からよく会ってる。後で知ったのだが中学からの友だちである雲英きら詩音しおんの姉が渚砂なぎささんと知り合いだったらしく、不思議なつながりを感じた。


 高校一年。大学付属の小中高一貫の学校。もちろん、そのまま大学に進む予定だ。まだ夢という夢はなく、ただ学ぶのは好きだった。


 成績もずっとトップをキープしている。この学校はそれなりに偏差値が高く、進学校ではないが文武両道を謳っていた。


 中学と少し違うのは、クラスごとの学力に差が出ないように、二年まではクラス替えがないこと。


「三人とも一緒なのって、幼稚園以来だね、」


「そうだな。白兎はくとと一緒だなんて、私も嬉しい」


 海璃かいり白兎はくとの横で、あからさまに不服そうな顔で私を見ていた。昔から、事あるごとに白兎はくとを独占しようとする海璃かいりに対して、私はできうる限りの手段で邪魔をしてきた。


「私が一緒になったからには、どこぞの虫から死守すると誓おう」


「え、ええっと····どういう?」


 真剣な眼差しで白兎はくとの両手を握り締め、私は誓う。戸惑う白兎はくとにその意味を説明をすることはない。黒縁眼鏡の奥の瞳が揺らいでいる。最初は素顔を隠すための伊達眼鏡だったようだが、最近は本当に眼が悪くなったらしい。


 でも眼鏡っ子の白兎はくとも実はじゅうぶん可愛らしいのだ。それを知らないのは本人だけで、人あたりも好く柔らかい物腰の白兎はくとは、密かに女子たちに人気がある。私はそんな女子たちの視線からも、白兎はくとを守らなければならない。


 チャイムが鳴り、先生が入ってきた。私たちは挨拶もそこそこに、三人とも自分の席へと向かう。すれ違った時、海璃かいりがぽつりと囁いた。


「後で話がある」


「奇遇だな。私もお前に訊きたいことがある」


 ふん、とお互いに不敵な笑みを浮かべ、そのまま席に着いた。

 白兎はくとはどうしてこんな奴が好きなのか。

 可哀想だけど、両想いだなんて絶対に教えてあげない。


 そう。あいつもまた、白兎はくとのことが好きなのだ。こっちは病的な意味でヤバイので、絶対に教えてやらない。一生片想いをしていれば良いと思う。同性同士で好きになっていることに抵抗はない。私が反対しているのは、そういうことからではないのだ。


 午前中だけで初日は終わり、昼。そのまま帰る者もいれば、仲の良い者同士で新しい校舎を見てまわる者、部活を見学する者、さまざまだ。そんな中、白兎はくとを教室に残し、私と海璃かいりはたまたま開いていた視聴覚室に入る。


 薄暗い教室のカーテンを少しだけ開ければ、お互いの顔がよく見えた。


「ハクを待たせているから、手短に」


「そっちもな」


 モデルや俳優のような端正な顔立ちとスタイルは昔からで、みんなこいつの顔と器用な性格に騙されている。男女問わず人気者で、いつだって彼の周りには賑やかだ。だが私は知っている。こいつの本当の顔を。


 開けたカーテンの隙間に収まって寄りかかった海璃かいりの表情には、笑みが浮かんでいた。それに釣られるように私の口の端が上がる。


「安心しろ。お前が本当はどんな奴かなんて、言いふらす趣味はない」


「それはお気遣いどうも」


 男子の制服は紺色のブレザーに赤いネクタイ、グレーのズボンという平凡なデザイン。女子はスカートかズボン、リボンかネクタイが選べる。スカートとリボン派が多い中、私はズボンとネクタイを着用していて、ショートボブで身長も高く胸も大きくないので傍から見たら男子に見えなくもない。


 小中高一貫の良いところは、顔見知りが多いこと。クラスが違っても説明が必要ないのも楽でいい。私は女子の格好をするのが苦手だった。


 つまり、スカート穿くことに違和感のある子だ。


 可愛いと言われるより格好良いと言われる方が嬉しい。自分より小さくて可愛い子が好きだし、守りたいとも思う。


「俺が今やってること、姉貴から聞いてるだろ? その理由も」


「ハクに告白するために、なぜか乙女ゲームを作ってることか?」


「····そうだよ。絶対本人に言うなよ?」


 先程までの敵意などどこへやら。珍しく歯切れの悪いもごもごとした口調で海璃かいりが忠告してくる。余裕なさ過ぎて、自分が遠回りしすぎてるって気付いてないのか? 手間と時間をかけてる間に、白兎はくとが別の誰かに取られるかもとか考えないの?


「····相変わらずアホだな、七瀬ななせ海璃かいり


「誰がアホだ! お前には一回も勝てないけど、これでも頭は良い方だ!」


「才能の無駄遣い。ヘタレ。変態」


「ヘタレで悪かったな」


 変態は否定しないのか····。


「とにかく、白兎はくとの気持ちを無視してまで、自分の気持ちを押し付けるようなことはしないって誓う。だから、今回は俺の邪魔をするなって話」


「どうだか。けどもしお前の我が儘で白兎はくとを傷付けるようなことをしたら、今度こそ絶対に許さないからな。私の話はそれだけ」


 私が海璃かいりを嫌いになった理由。

 それは、大事な幼馴染を泣かせたこと。

 お互いが想い合っていても譲れない理由。

 七瀬ななせ海璃かいりの異様な執着心。


 海璃かいりと別れて教室に戻り、ひとりで待っていた白兎はくとに教室の入口で軽く手を振った。真昼の教室は逆光のせいか影が落ちていて、外と比べると薄暗く感じる。


「おかえり、みやびちゃん」


「遅くなってごめん。お詫びにハクの好きな甘い物おごるよ」


「え? いいよ、全然待ってないし」


「 駅前に新しいカフェができたらしい。パンケーキが美味しいって詩音しおんが教えてくれたんだ。ひとりじゃ恥ずかしいから、一緒に行って欲しい」


「そういうことなら、喜んで!」


 春。

 それぞれの想いを胸に、新たな生活が始まった。




番外編1 もうひとりの幼馴染 ~完~



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