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3-1 誰にも譲れない



 王宮内の庭園はそれは見事なもので、その手の知識のない俺でも素直に綺麗だと思える立派な場所だった。四季折々の花々。庭園内をのんびりと過ごすために設けられた、それぞれ雰囲気の違う四阿あずまや。その一角にひとが集まっている。


 大きな池の上に建てられた一番広く豪華な造りの四阿あずまやで、そこではよく女性たちがお茶会をしたり、集まって世間話をしたりと多目的で使用されているようだ。


 朱色の四柱で支えられた瓦屋根の四阿あずまやは、王宮にあるだけあって、落ち着くというよりは派手な印象がある。特にその瓦屋根の形が特徴的で、四隅が上向きになっていた。


 池の前後に架けられた朱色の橋は屋根付きで、王宮の宮殿から直通でこの四阿あずまやまで行ける。そのため雨の日でもほとんど濡れずにここまで来れるので、いくつかある中でも一番よく使われている場所といえよう。


 俺たちが着く前にすでに準備は整っており、よう妃付の宮女や護衛が何人も近くに控えていた。四阿あずまやの真ん中に置かれた丸い黒塗りのテーブルと、等間隔で置かれた四脚の椅子。その三席にはすでによう妃とその子である第二皇子の蒼夏そうかと、あともうひとり。夏琳かりんが腰掛けていた。


(やっぱり蒼夏そうかか····。夏琳かりんもいるのに、あいつまで出てきたら余計にややこしくなるだろ、)


 しかも四席しか用意されていないことから、白煉はくれんには座る資格がないといっているようなものだ。そもそも、それが彼女の目的だろう。握りしめたままの指に力が入る。自分とは違う温度。冷たい指先。白煉はくれんはあれからずっと無言のまま、繋がれた手を解くこともなく俺の斜め後ろにいる。


 ここでヘマをすれば、すべて終わりだ。


 ちらっと白煉はくれんの方に視線を向ける。俯いたままの表情は身長差があるためよく見えず、余計に焦りを覚えた。そのさらに後ろに控える海鳴かいめいも、余裕のない青藍せいらんを案じているのが顔に出ており、最悪の状態でメインイベントが始まってしまった。


「遅くなってすみません」


「かまいませんわ。主催者が先にいるのは当然ですもの」


 テーブルの上には色とりどりのお菓子が何種類も皿に乗せられて、花と共に飾られている。麻花マーホアと呼ばれる小麦粉と砂糖を捏ねてねじねじにして巻き、油で揚げた狐色の甘そうな菓子や、飴でコーティングされた、艶のある赤い山査子サンザシ飴がひとつずつバラで小型のピラミッド型に積まれていたり。


 他にも見た目が芋羊羹みたいな黄色くて四角い菓子、豌豆黄ワンドゥホアンや、桃色の和菓子みたいな菓子他、とにかく見ているだけで胸焼けしそうな甘そうな菓子がいくつも綺麗に並べられていた。


 この中華風乙女ゲームを創作するために、みんなで様々な資料を集めて目を通したので、自分が興味のない菓子にまで詳しくなってしまったのだ。


 空いている席には俺だけが座り、白煉はくれんはすぐ後ろに控えさせた。その姿はやはり目立つため、蒼夏そうか夏琳かりんもそれぞれ気になるようでちらちらと視線がそちらに向けられている。特に夏琳かりんは興味というよりはライバル意識が強いため、品定めでもしているようにも見えた。


「あなたとはあの儀式以来ね。まさかあんなことが起こるとは思ってもいなかったから、無事で本当によかったわ」


 白煉はくれんは俺の後ろで拱手礼をしたまま、何を想っているのだろうか。


「まだ傷が治っていないのでしょう? 毒の影響も完全に消えていないと聞いたわ。畏まらず、楽にしていてもらって結構よ」


よう妃様のお言葉に、感謝します」


 よう妃は白煉はくれんを気遣うような言葉をかけているが、じゃあ席用意しとけよ! と俺は突っ込みたい気持ちをなんとか抑えたが、笑顔が引きつってしまう。


「兄上、その子を俺たちにも紹介してよ。俺は第二皇子で、蒼夏そうかっていうんだ。よろしくね、」


 そして早々に雲行きが怪しくなる。第二皇子である蒼夏そうか白煉はくれんに興味を持ったようだ。


 この異母兄弟の蒼夏そうかは、自分が興味のない相手に声をかけることはまずない。気まぐれで飄々としているため、なにを考えているか読めない厄介な奴なのだ。


 青藍せいらんと同じ薄茶色の長い髪だが、青藍せいらんが頭の天辺で結っているのに対し、蒼夏そうかは下の方で緩く結んでいる。薄青の長い髪紐を蝶々結びにしていて、右肩に結っている髪の毛を垂らしていた。


 青を基調とした上質な漢服を纏うのはこの国の皇子である証だが、かなり着くずしており、本来ならだらしないと思われても仕方ないが、彼がそうしていても特に誰もなにも言わない。彼らしいといえばそれまでというか。


彼女・・は強い毒のせいか、目覚めた時から記憶が曖昧でね。本当の名前もわからないようだったから、私がハクと名付けた。よう妃様が保管している花嫁たちの資料を拝見できれば、彼女の素性もわかると思うのですが」


「その件ならすでに調べるように命じました。けれども、恥ずかしながら手違いがあったようで、資料の一部を紛失してしまって。その子や他数名の資料がなくなってしまったのよ。私も紛失する前に目は通したけれど、すべてを把握しているわけではなく、これからという時だったから。唯一の手がかりなのに、ごめんなさいね」


 その資料はすでに把握済みなのだが、俺はあえて知らないふりを通す。宮廷内で資料を紛失するなど、故意でない限りあり得ないだろう。花嫁たちの出自はばらばらだが、身分の高い家柄の出や官吏たちの娘も混ざっていたから、その資料は厳重に管理されていたはずである。


「いえ。おかげで彼女を傍に置く理由ができたので、私としては問題ありません」


わたくしは、夏琳かりんと申します。お言葉ですが、やはり素性の知れない者を傍に置くのはどうかと思います。しかもご自身の宮殿内に住まわせているとか。特別扱いが他の花嫁候補たちの耳に入れば、その子に対して非難の声が上がるかもしれません」


 夏琳かりんはあまりちゃんとした設定を作っていないのだが、一応上級官吏の娘というそれなりの身分で、もちろんよう妃の息がかっている父親が、裏で色々やらかしている。


 本編では雲英うんえいになにかとちょっかいを出して競ってくる意識高い系女子だが、隠しルートでもほぼ同じような立ち位置にいるお嬢様だ。


「そのことなのですが、私はこのハクを正式な花嫁にしたいと思っているのです」


「あら、そんなにお気に召したのですか? 皇子のための花嫁選びなので、あなたがそれを望むなら、わたくしに口を出す権利はありませんが····記憶もなく、自分の名前すらわからないという娘を、皇帝陛下が許可してくださるかどうか」


 最終的な合否は皇帝が認めるか認めないか、である。そのためにはやはり素性は大事なのだが、本来の彼の素性が知れれば完全にアウトだろう。


「それに、やはりその奇形の赤い瞳と異質な白髪は、宮廷の者たちだけでなく、民たちの心も乱すことでしょう。万が一にでも陛下に認められ、あなたが後の皇帝となった時に、なにか良くないことが起こるのではないかと、心配になります」


 よう妃としては自分の企み事が露呈する前に、白煉はくれんをさっさと追い出したいのだろう。あくまでも心配するふりをしつつ、考え直すようにこちらに促しているのだ。そんな中、蒼夏そうかと視線が合った。正確には、白煉はくれんを見つめていた蒼夏そうかと眼が合ったのだが。


「母上、兄上の花嫁が駄目なら、俺の花嫁にするのはどう?」


蒼夏そうか様、笑えない冗談はやめてください」


 夏琳かりん白煉はくれんをちらりと見た後、ふふっと馬鹿にするように小さく笑って肩を竦めてみせた。黄色い可愛らしいドレスのような漢服を纏う彼女は、確かに美人ではあるが性格がこれ・・なので、悪女としては最高な女性キャラなのだ。


「冗談? そんなわけないでしょ?」


 眼を細めて口元を緩め、蒼夏そうかは俺越しに白煉はくれんを見据えていた。これは宣戦布告というやつだろうか。これがナビの言うイレギュラーなら、修正は可能だろう。


「俺は本気で言ってるんだけどなぁ」


「冗談だろうが本気だろうが、そんなこと、わたくしが赦しませんよ」


 まあ、そうなるだろうな。よう妃の目的はこの蒼夏そうかを次期皇帝に据えること。そのために邪魔な青藍せいらんを亡き者にする。だが現皇帝がその座を譲るのはもっと先のことなのだ。皇帝となるのは普通に考えて第一皇子である青藍せいらん。それが叶わない場合は第二皇子、第三皇子が候補となる。


「なんにせよ、その子を花嫁にするなら、素性を確認する必要があります。いくら身分の格差が花嫁には関係ないといっても、誰とも知れない者を次期皇帝陛下の正式な花嫁にすることはできません」


 それはもちろん、蒼夏そうかにも言えることで、よう妃はもっともらしい理由を述べてみせる。


「そこで、提案があります。この夏琳かりんをもうひとりの花嫁として迎えるのはどうですか? もちろん、その子の素性がわかるまでは、花嫁候補として傍に置いておいてもいいでしょう。しかし万が一にでも相応しくないとわかった時は、わたくしが選んだ彼女を、花嫁として認めてもらいます」


 かなり強引な理由で、よう妃は夏琳かりんを花嫁にするように強要してくる。この流れは本来の流れで、ここに選択肢はない。


「いえ。私の花嫁は、今生でただひとり。心から愛している、彼女だけです」


 俺は立ち上がり呆然と立ち尽くしている白煉はくれんの手を取ると、いつもの穏やかな笑みを浮かべて、はっきりと自分の気持ちを口にする。


 その言葉に、白煉はくれんは大きな瞳をさらに大きく開き、驚いたように俺を見上げてくるのだった。




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