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3-2 やはり可愛いは正義だった



 青藍せいらんの"俺の嫁"宣言に対して、蒼夏そうかは不敵な笑みを浮かべて「へぇ、そうなんだ」と呟き、よう妃と夏琳かりんは口を開けたまま言葉を失っていた。遠巻きで控えている女官や護衛たちも、第一皇子の発言に対してざわついている。


 しかし今一番わかりやすく動揺しているのは、横にいる白煉はくれんである。俺があの発言をした後、みるみる顔が真っ赤になって、こちらが逆に恥ずかしくなるほど感情が露わになっていた。


「な、な、な、なに言って····るん、ですか? あい······は? ええっ⁉」


 やばい、可愛い。


 あわあわと挙動不審になっている白煉はくれんは、俺に手を握られているせいか身動きが取れないようで、今すぐにでもこの場から逃げ出したいのにどうにもできず、涙目になっていた。


 どう考えても、さっきまでかなり険悪なモードだったはず。この反応はどういう風に受け取ればいいんだ? 


 あの時。青藍せいらんとしてじゃなく俺自身として、白煉はくれんに強制した台詞。俺だけを見て、と。俺以外に触れさせるな、と。笑いかけても駄目だと。俺は最低最悪の台詞を吐いたのだ。


 無理矢理抱きしめた時、その肩がびくりと揺れたのも無視して。もう完全に嫌われたんだろうと思っていた。それでもいいと思った。


 このイベントで白煉はくれんを失ったらこのゲームは終わってしまう。他の誰かの好感度が上がるのを防ぐためとはいえ、かなり憂鬱な状態になっていたはず。


 そんな俺のエゴと焦りと嫉妬がごちゃまぜになって、あんなことになったというのに。今のこの反応はやっぱり変だよな? 


 普通なら冷めた瞳で見上げてくるだろう場面で、真っ赤になって動揺しているんだから。


 その意味を確かめるべく、俺はもう一度、なにかそれっぽい台詞を言って試してみることにした。


「私の花嫁は、君だけでいい」


「だ、だ、だ、だ、駄目ですっ! 無理ですっ」


「どうして? ····私のことが、嫌いだから?」


「そ、そうじゃなくてっ! そもそも····私は、」


 うーん? なんだろう。本当にわらかない。とりあえず、嫌いじゃないってことで合ってる? じゃあなにが無理? 生理的に無理ってやつ? 嫌い以上に無理ってこと?


 つまり生理的に無理で嫌いってこと? 

 あ、これ、終わった····かも。


「こほん! そこまでです。わたくしたちはいったい、なにを見せられているんです? とにかく、この件は一旦保留です。せっかくのお茶会ですから、楽しみましょう。誰か、もう一脚椅子を用意して頂戴」


 よう妃はなぜか白煉はくれんのために椅子を用意させた。ぼんやりとしていた女官たちは、我に返ったかのように慌てて動き出し、違う場所から他の四脚とはデザインの違う椅子を持って来た。


「ほら、座って座って。兄上もぼけっとしてないで座りなよ。ふたりはいつからそんなに仲良しなの? もしかして昔からの知り合いだったとか? これじゃあ、俺が入り込む隙間なんてないじゃん」


「 ハク様、甘いものはお好きです? わたくしのおススメはこちらの山査子サンザシ飴ですの! あなたの瞳の色と同じで、赤い実が透明な飴で包まれていて綺麗でしょう? 民の間でも親しまれていますから、お馴染みですけど。こちらのものは素材も特別なので、ひと味違いますのっ」


 この展開は全く想像していなかった。


「よく見たら綺麗な白銀髪なのね? まるで月のような美しさだわ。宝玉のような大きな瞳も魅力的。その衣は皇子の趣味かしら? よく似合っているわ」


 蒼夏そうかはまだしも、夏琳かりんよう妃まで。

 まさか全員、白煉はくれんの可愛さに落ちた?


「遠慮しないで、たくさん食べるといい。甘い物、好きだろう?」


「····あ、えっと····その、どれもおいしそうで、迷ってしまって」


 食べてもいいのか迷っているんじゃなくて、どれを食べたらいいかで迷っていたようだ。全部好きなだけ食べていいのに。


 そんな可愛い顔で可愛いことを言うから、それを見せられている目の前の三人の頭に、ほわほわとピンクの花が飛んでいるように思えてならない。


 それは周りの者たちも同じで、微笑ましくこちらを見守っているのがわかる。海鳴かいめいもほっとした表情を浮かべていることだろう。


「ほら、食べてみて?」


 俺はとりあえず夏琳かりんがすすめていた赤い実、山査子サンザシ飴をひとつ摘まんで、白煉はくれんの口元に運んだ。


「あ、ありがとう、ございます」


 おずおずと俺の指先にあるひと粒の山査子サンザシ飴を見つめ、戸惑った表情を浮かべながら白煉はくれんが礼を言った。言った後、じっと俺の指を見つめてどうしたらいいか本気で悩んでいる様子は、本人以外ご褒美だった。


(やばい····なんか雛に手ずから餌をあげてる気分)


 瞳をぎゅっと閉じて、あーんと小さな口を開けた白煉はくれんに俺の方から飴を与えた。彼がひと口でぎりぎり食べられる大きさの実。


 飴と一緒に俺の指が唇に触れたことに気付いたようで、口に入った飴の甘酸っぱさと恥ずかしさで頬が染まってく。柔らかいその唇の感触に、俺もなんともいえない気持ちになった。


「甘くて······ほんのり酸っぱくて、でもすごく美味しい、です」


 台詞と共に満面の笑みがそこに生まれ、皆がほわほわと癒されている中、俺はその破壊的な可愛さに見惚れていた。もっと優しくしたい。あんな風に強制的に従わせるんじゃなくて。もっと甘やかしたい。泣き顔じゃなくて、笑顔がみたい。


「あ····ごめんなさい、私····今、」


 白煉はくれんは思い出したかのように口元を片手で覆う。ついさっき、俺以外の他の誰かに微笑みかけないで、なんて無茶を言ったから、それを気にしているだろう。


「君は謝らなくて、いい」


「······あ····えっと、」


「私が大馬鹿者だったんだ。君は笑った方がいつもの数百倍可愛い。だから、もっと笑って?」


 その笑顔が他の誰かに向けられるものでも、あんな顔をさせるよりずっといい。それでもいいと思える余裕が欲しい。安心して笑ってもらえる場所でありたい。


「······はい、」


 白煉はくれんは眼を細めて柔らかい笑みを浮かべ、小さく頷いた。


 もっと、俺を好きになって欲しい。

 今みたいに、たくさん笑いかけて欲しい。それくらい、俺の中で白煉はくれんという存在が、確かなものになっていた。


「ほらほら、こちらもお食べなさい。揚げ菓子はお好きかしら?」


「甘い物が好きなら、苦くないお茶の方がいいんじゃない? 花茶は用意できる?」


「どうしましょう! ずっと飽きずに見ていられます! 可愛いですわっ」


「か、可愛い? 私なんかより、夏琳かりんさんの方がずっと可愛いと思います、けど····」


「まあ!? ご自分の可愛さに気付いていないんですの! わたくしなどあなたの足元にも及びませんわっ」


 それ、夏琳かりんが絶対に言わない台詞じゃね?

 にしても、キャラ変しすぎだろ。

 これは許されるのか?


『やはり色々と改変されちゃってますね。まあ終わりよければなんとやら、です。イレギュラー中のイレギュラーでしたが、このメインイベントは無事に終わりました。ヒロインのあなたへの好感度が急上昇しています。良かったですね、マスター


 ナビが明るい音声で話しかけてくる。おかしい。色々とおかしい。白煉はくれんの可愛さに誤魔化されたが、いったいどうしてこうなった? これから先の物語がまったく読めない。


 そもそも、よう妃はこれで諦めたのだろうか? 


『次のイベントは五日後、お忍び市井しせいデートですよ~。なにが起こるかは、当日のお楽しみです』


 それに関しては、物語通りであれば確かに色々と起こる。エンディングに関わる大事な恋愛イベントと同時に、白煉はくれんが記憶を取り戻すための重要なイベントが発生するという、忙しいやつだ。


青藍せいらん様も食べますか?」


「あ、ああ········って、あっまっ⁉」


 白煉はくれんが目の前に差し出した菓子を確認もせず、俺はぼんやりとしたままひと口だけ食べた。さっきの俺と同じように、白煉はくれんが手ずから食べさせてくれたそれは、激甘な砂糖菓子だった。


「す、すみません! 甘い物、お嫌いでしたか?」


 俺の反応にびっくりした白煉はくれんが、謝りながらもお茶を手渡してくれた。そのお茶は苦みの少ないお茶ではあったが、口の中をリセットするにはちょうど良かった。


「兄上、昔からあんまり甘い物食べないと思ったら、そもそも得意じゃなかったんだね。人生損してるよ」


 蒼夏そうかはくすくすと揶揄うようにそんなことを言ってくるが、甘い物が苦手ってだけで、それは大袈裟すぎるだろう。


「······そういうところも、一緒なんですね」


 ぽつり、と囁くように優しい声音で白煉はくれんが呟いた言葉に、俺は首を傾げた。少し俯いていたが口元が緩んでいるその表情は、慈しむような泣き出しそうな、なんとも言えない色を含んでいて。でも悲しいとか寂しいとか、そいういう負の感情からのものではないと感じた。


(また、その顔····君が好きなひとって、忘れられないひとって、いったい誰なんだ? そんな設定、ないはずなのに。これも欠陥バグのせいなのか?)


 今ここで抱きしめたら、その想いはどこかへ飛んで行ってくれるだろうか?

 好きだよって囁いたら、頭の中は俺でいっぱいになる?


(そんな軽々しく言っていい言葉じゃないよな····伝わらなきゃ意味ないし)


 あとでちゃんと謝らないと。

 あんなこと言ってごめんって。

 乱暴にして、ごめんって。



 わいわいと明るい会話が目の前で交わされる中、俺はひとり、そんなことばかり考えていた。




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