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第3話

『あーめーちゃーん。』

耳元で男の声がする。しかし暖かい。うん?家に帰ったっけ?

雨芽あめはハッと目を開けるとにこにこした透明の爺が覗き込んでいる。

『おはよう。』

とう、めい?

『え?お、おはよう、ございます。先生?』

爺はこくこく頷くとすうっと消えた。その瞬間寝起きとも思えない叫び声を雨芽はあげた。

それを聞きつけて喜治よしはるが顔を出す。

『なに?朝からうるさいよ。ほら、ご飯できてるから食べにおいで。』

『え?』

雨芽が混乱していると喜治が笑う。

『ほら、ご飯。おなか空いてるでしょ?食べないの?台所においで。』

『あ、はい。』

台所のテーブルには炊き立てのご飯が湯気を上げている。雨芽が食卓に着くと喜治が味噌汁の入った椀を目の前に置いた。

『美味いから食べな?』

『あ、はい。いただきます。』

猫の箸置きから箸を取り、手を合わせると味噌汁に口をつける。出汁のきいたワカメと大根の味噌汁は程よく甘い。

『うまっ…。』

呟いて、目の前の皿の出汁巻き卵に箸を入れるとじゅわりとして湯気が出た。口の中でふわりと優しい味わいが広がって雨芽は目を閉じる。

『やば。』

炊き立ての白飯はふっくらとして噛みしめるたびに甘味が広がり、蕪の漬物が甘酢で食欲をかきたてた。

『美味いだろ?』

目の前の喜治は箸を動かしながらゆっくりと食べている。雨芽はこくこくと頷きながらも目の前の朝食を平らげていく。そして最後の味噌汁を飲み干すとハアっと溜息をついた。

『美味しかった。ご、ご馳走様です。』

『いいや、たまには誰かと食べるのもいいじゃないの。』

喜治は綺麗な箸使いでご飯を口に運んでいる。雨芽はお茶をすすりながら台所を見回した。古いながらも綺麗に整頓され冷蔵庫にはメモがマグネットで停まっている。

『うん?何?』

喜治は食事をしながら雨芽の様子を見ていたのか箸を置くとまだ手をつけていない漬物を雨芽の前に差し出した。

『それさ、昨日漬けたんだよ。美味いから食べなよ。』

『ああ、はい。』

箸を取りそっと一枚取る。口に入れると塩がほどよく利いている。

『ちょ、やばいですよ。まじ美味しいです。』

『ハハハ。そら、俺が作ってるからな。雨芽ちゃんはちゃんと食ってんのか?昨日抱っこしたら軽かったぞ?ちゃんと食えよ。』

そういえばどうして昨日あの場所にいたのか聞いてなかった。

『あの、昨日どうしてあそこにいたんですか?』

『ああ、あそこはさ。あの白いの?がずっといるんよ。で、頼まれてね。俺は専門じゃないって言ってても親父の本のせいで依頼されんのよ。』

味噌汁を飲み干すと箸を置いて両手を合わせる。

『ごっそさん。で、色々してたら雨芽ちゃんがいたんだよ。昨日も言ったけど危ないよ?あいつらさ、噛むんだよ?小さいガキんちょ捕まえては噛み付いて喜んでんだよ。』

『え?』

白い顔に口があったのを思い出して雨芽は体を震わせた。

『てことは、昼も出るんですか?』

『うん、でるよ。あいつら何時もいるんだよ。』

湯のみをすすって喜治が言う。

『殴っても殴っても出てくるから困ったもんだよ。で、雨芽ちゃんは何してたわけ?あんな遅い時間に。』

『ええと…。』

しどろもどろに視線を動かすと喜治が鼻で笑う。

『まさか親父の本見て、私も出来るなんて気になったんじゃないだろうな?』

『いえ、それはないですけど。』

『なら良かった。もうさ、あんな出鱈目本は捨てな?中古屋持っていっても引き取りしかしてくれないぜ?』

雨芽は俯くと湯飲みを持ってお茶をすすった。

『何?それともなんか理由があるわけ?助けた恩人が聞いてんだから答えな?』

うーん、と雨芽は唸ってから俯いた。

『お姉ちゃんを探してて。』

くだらない理由に聞こえるかも知れないが、真面目な理由だ。

三年前交通事故で死んだ雨芽の姉・日向(ひなた)はいつも外灯の下で雨芽を待っていたから。

『ふうん、お姉ちゃんね。あのさ、会いたいなら墓に行けよ。』

喜治は立ち上がると食器を片付け始める。雨芽も自分の分を持つとシンクへ持っていった。

『死んだ奴がそんなとこウロウロしてたらやべえのよ。だから会いたいのなら墓に行け。そのほうが健全だ。』

蛇口をひねりシンクに置かれた樽に水を張る。そこに食器を入れると小さなスポンジを取り椀を擦り始めた。

『それとも、そのお姉ちゃんはウロウロしてんのか?』

『多分。』

『それで探してたんか?』

雨芽がこくりと頷くと喜治はスポンジを手渡した。

『で、そのウロウロしてるお姉ちゃんに会ってどうすんだよ?』

食器を洗う手を見つめて言葉を濁すと、喜治は腕を組む。

『まあ、言いたくなけりゃそれでいいけど。でもあんまり期待すんなよ?言葉が通じる奴なんてほんの一握りくらいだぞ、ウロウロしてたらな。』

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