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3-2

***

 数学の授業を受けていたのに、頭の中は目の前にいる悠真を落とす作戦でいっぱいいっぱいで、教えられた数式の解き方は右から左に流れる始末。


 その後、授業で当てられることなく、無事に五時限目が終わり、六時限目にある現国の準備をしなきゃと、机に出している数学の教科書とノートを片付け、現国の教科書を出しかけた瞬間、肩を軽く叩かれた。


「西野……」


 圧のある佐伯さえきの声に見えないプレッシャーを感じつつ、思いきって振り返ったら、冷凍庫並みの冷たいまなざしを注がれた。


(なんで? 今日はフェロモンを一回も出していないし、クラスで笑われることだってしていないのに――)


佐伯さえき、どうした?」

「おまえたちっ!」

 俺の問いかけを消す佐伯の怒号は、クラスメイトの無駄話を一瞬でかき消した。


 しんと静まり返った教室で、前の席にいる者は慌ててこちらを見、後ろにいるヤツは心配そうな表情で固唾を飲むのを、佐伯さえきの傍で呆然と眺める。


 俺の前にいる悠真も体を小さくして振り返り、不思議そうな面持ちでこちらを見つめた。


「西野のプライベートについて、誰も口を挟むな。影口はもってのほか、コイツの挙動を見て笑うのもやめること。実際、自分がされたら嫌だろう?」


 周りを見ながら言い放つと、俺のブレザーの首根っこを掴み、強引に立たせてから、廊下に連れられた。


佐伯さえき、六時限目まであと3分しかないぞ」

「すぐそこで話すだけだ、黙ってついて来い」


 押し殺した声で言い放ち、クラスメイトから見えない廊下の影で向かい合う。


佐伯さえき、なんだよ。俺、今日はまだなにもしてねぇのに!」


 掴まれたブレザーの襟元を整えながら、文句を言った。朝から月岡に近づくなと言われ、貴重な昼休みはカップル同伴でフェロモンを出すなと注意をされたゆえに、文句くらい言ってもいいだろう。


「委員長のクセに気の抜けた授業態度が、実に気に食わない」

「うっ……」

「月岡のことが気になって、授業に身が入らないのか? それなら担任に頼んで席替えを」

「違うって! そんなんじゃなく、その――」

「早く言え、次の授業がはじまる」


 佐伯さえきは至極冷静に、俺の返事を促した。


「自分のいいところがわかんなくて困ってる。どうすりゃいいのか」


 うついてつまずいてる事情を口にしたら、大きなため息をつかれた。


「西野、まずは相手を知れ。月岡がどんなものに興味があるか、なにが好きかを知らないままだと、作戦がたてられないだろう?」

「悠真の興味?」


 わかりやすいアドバイスをオウム返しすると、振りかぶった腕で背中を叩かれた。


「いてっ!」

「フェロモンを爆散したおまえだ、焦って空回りするなよ。地道に近づくしかない。言葉で伝えるのも忘れるな」

「言葉で……それって直接言うのか!?」

「月岡が鈍いなら、なおさらだ。誤解されるよりマシだろ」


 当たり前のことを聞くなと言わんばかりに、冷たく返される。


佐伯さえきてば、恋愛マスターすぎる。しかも地道にってなんだよ!)


「で、でもそれで失敗したら――」

「失敗しても次がある。俺だってあの榎本えのもとに振り回されて、何度も失敗してる。それこそ告白しようとしたら、「おまえなんかと口喧嘩しない」って言われて逃げられたんだ。それでも続けたから今がある」

佐伯さえきが失敗? 信じらんねぇ」


 俺よりも計算高く、そつなくなんでもこなすアルファの佐伯さえき。そんなヤツが何度も失敗したなんて、本当に信じられない!


 信じられなくて目を瞬かせながら佐伯さえきの顔を見つめると、イヤそうに眉根を寄せて背中を向ける。


「ただし、また学校中を巻き込むような真似はするな。誰かに頼らず、西野が一人でやれ。わかったな?」


 俺からの質問から逃げるように、佐伯さえきはさっさと教室に戻ってしまった。ぽつんと廊下に残された俺は、佐伯さえきからなされたアドバイスをもとに、悠真に告白しなければならないのだが。


(悠真に告白する前に、まずはアイツの興味を知らなければならない。そしてそれを共有しつつ近づいて、仲良くなったところで告白だ。きっとこんな流れで大丈夫、と思いたい)


 微妙な表情で教室に戻ると、ちょうどチャイムが鳴った。何事もなかったように席に着き、現国の授業を受ける。


 佐伯さえきのおかげで気合が入り、授業に集中することができた。この真面目な態度が続けば、さっきのように冷徹な副委員長様からツッコミを入れられることはないだろう!



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