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3-3

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 悠真は休み時間があれば、文庫本を読んでいる。しかも朝から。間違いなく本が好きなのは見てとれるが、問題は俺がそういった本に興味がなく、手を出していないこと。


 勉強の類とバスケ関連の本は進んで読むけど、ラノベみたいな物語について、読んだら眠くなるし、おもしろみを感じないゆえに読まない。


(――でも悠真が読んでいる本を話題にしたら、絶対に盛り上がるのはわかる!)


 放課後になり部活に行く時間だったが、あえて図書室に向かうことにした。だって今日は、悠真が図書委員として仕事をする。教室じゃない場所でふたりきりになろうと、前もってリサーチしていてラッキーだった。


 図書室には滅多に人が来ない。悠真とふたりきりの時間を誰にも邪魔されないし、ドキドキの展開があってもおかしくない!


 弾んだ足取りで図書室に向かい、扉の前で深呼吸をする。ついでに身なりを整えてから引き戸を開け放ち、中の様子を窺った。すぐ傍にあるカウンターで、本の整理をしている姿が目に留まる。


「なぁ、悠真」

「あ、陽太どうしたの?」


 手にした分厚い本をカウンターに置き、キョトンとした顔でこっちを見る。図書室の奥まで視線を飛ばして、誰もいないことを確認してから、扉を静かに閉めた。


「その……おまえ、本好きだよな? いつも読んでるのって、おもしろいのか?」


 俺の問いかけに、悠真は一瞬で顔色を明るくした。今まで見たことのないその面持ちがかわいくて、ドキドキしながら釘付けになる。


「うん、すごくおもしろい! 今読んでるのが『転生したら村人で始まったけど実は最強剣士だった件』っていう異世界転生ものなんだ。どこにでもいる平凡な高校生のタクミっていう主人公が、ヒーローになる話でね。タクミって優しくてかっこいいキャラで、すごーく憧れてる」


 目を輝かせて饒舌に語る悠真の態度に乗っからなければと、必死になって食らいつく。


「そうなんだ、なんかおもしろそうな話だな。それは是非とも、読んでみたいかも……」

「陽太って、こういうラノベを読めるの?」


 小首を傾げて、じっと見つめられながら告げられた悠真のセリフに、思いっきりたじろぐしかない。


(今までのやり取りから、悠真に物語系の本を読まないヤツって思われるのは仕方ないけど、どうしたらこの状況を良くすることができるだろうか)


 あらかじめ持って来ていたバスケの本をカウンターに置いて、わざとらしく困った様相を作った。


「この間借りたこの本、結構専門的な話が多くて、すげぇ頭が疲れるんだよ。そのリフレッシュを兼ねて、まったく違う内容のものを読めば、またこの本が読めるかもしれないって考えたんだ」


 俺の言葉に悠真はカウンターに置いたバスケの本を手に取り、ページをパラパラ捲って中を確認する。


「うんうん、これは相当難しいものだね。貸出期間は一週間だけど、無理そうなら延長できるよ」

「そりゃ助かる! 延長よろしく」

「わかった。少し待っててね」


 手にした本のバーコードをパソコンで読み取り、キーボードで延長の処理をする悠真の横顔を眺めた。教室ではいつも後ろ姿ばかり見ているせいで、こんなふうに横顔を見ることができる幸運に心が躍り、顔がニヤけそうになる。


「陽太、とりあえず二週間伸ばしてみたけど、それでも足りないなら一度返却して、本を借り直してね」

「わかった、サンキューな」

「それと俺が読んでる本の1巻、明日持ってきてあげる。楽しみにしてて」

「わざわざ持ってきてくれるのか?」

「当然! まずは物語の最初から読んでもらわなきゃ、主人公の良さがわからないでしょう?」


 俺に向かってにっこりほほ笑む、悠真の笑顔が眩しいこと、この上ない。胸の高鳴りを感じただけで、フェロモンが出そうになった。


「悠真、ありがとな。そういう優しいところ、俺大好きだ!」


 ドキドキを必死になって隠し、さりげなくさらっと告白してみたのに、悠真は表情を変えることなく「どういたしまして」と言い放ち、ふたたび自分の仕事に戻る。


佐伯さえきの言う通りだ。言葉で伝えるって難しい! でも悠真の優しさがわかったし、明日本を持ってきてくれるなら、話ができるチャンスにつながった!)


 悠真の仕事の邪魔をしないように図書室を出て、持っている本を鞄に入れるために教室に戻る。歩いている最中にさっきまでのやり取りを思い出し、ガックリと肩を落とした。


「優しいところが大好きだ」と、思いきって告げた言葉が届かなかったショックが半分。残りの半分は悠真が読んでいる本を使って、彼に近づく作戦への意気込みで頭がいっぱいだった。



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