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陽太は俺と仲良くなりたいって言ったけれど、平凡なベタの俺と優秀なアルファの彼じゃ、そもそも話が合わない気がした。
これまでクラスが違う関係で、まったく話をしたことのない俺とわざわざコミュニケーションをとるのは、クラスメイト全員と対等に仲良くなるために、委員長として気を遣ってくれたからだろう。
そんな気遣いに応えたいし、最近親しみを感じていたから、彼のことを調べてみた。とはいえ俺が調べられる内容は限られていて、それはどんな本を今まで読んでいるかくらい。
図書室にあるパソコンを操作し、陽太が1年生のときに借りた本を検索した。その結果、参考書の
委員長をしながら、小テストと中間や期末テストの各教科のヤマを張ったり、バスケ部の主力選手で汗を流す陽太は、帰宅部の俺と違って暇じゃない。きっと責任感の強い彼のことだ。俺の知らないところでも、なにかしらやってる気がする。
そんな忙しい陽太が、俺が読んでるラノベに興味を示した――読書家でもない彼がわざわざ時間を割いて、俺が愛読しているラノベを読む行為は、実際のところ無理をさせているのではないだろうか。
(でもこのラノベは本当におもしろい話だし、普段から本を読まない陽太でも、きっと楽しめるハズ!)
そんな期待と不安を胸に抱えて、朝日が照らす教室で待っていると、あくびをして眠そうな顔の陽太が登校した。
「おはよー」
扉の傍にいるクラスメイトに声をかけた陽太の元に、渡したいラノベを手にして、急いで駆け寄る。
「陽太、おはよ!」
「悠真……お、おはよう」
挨拶した俺に、驚いた表情で反応した陽太。いつもはそんなことをしないから、ビックリしたのかな。
「あのね、陽太」
「……立ち話するのもなんだから、自分の席に行こうか」
俺から注がれる視線を外して、遠くを見るまなざしを不思議に思い、ひょいと振り返ると、なぜかクラスメイトが皆黙った状態で、俺たちに見入っていた。
(昨日はザワザワしていたのに今日は静かって、もしかして昨日の五時限目に佐伯が怒鳴ったことが、原因になってる?)
「陽太は本当に、注目の的だね」
「あー……なんでだろうな」
どこか、やるせなさそうな表情で歩き出し、目の前から去って行く背中を、なんとはなしに眺めた。
いつも元気いっぱいって感じが雰囲気で伝わってくるのに、昨日と今日はそれがない。だからクラスメイトもそれを感じて、静かになっているのだろうか。
陽太が席に着いたのを見計らって、脇から本を差し出してみる。
「陽太、これ!」
『転生したら村人で始まったけど実は最強剣士だった件』の1巻を渡した。
「お、おお! これが昨日言ってた本か!」
「うん、陽太に読んでほしくて持ってきたよ。主人公のタクミの優しさと格好良さが、すっごく最高なんだ」
「サンキュー! 絶対読むぜ」
ニコニコしながら本を受け取ってくれた陽太に、思いきって告げる。
「返すのはいつでもいいよ。急がなくていいからね」
「あ、うん。それは助かる」
「絶対に無理して読まないこと。陽太はがんばりすぎるところがあるから、睡眠時間を削ってでも読みそうな気がするんだよ」
俺と違って読書家じゃない陽太は、借りた本を早く返さなきゃと、ない時間を無理やり作って読みそうな予感がした。それを見越して指摘したのに、陽太は口を開けっ放しで呆けたまま固まる。
「陽太?」
首を傾げて顔を近づけたら、ぶわっと頬を赤くして、貸した本を目の前に掲げて壁を作られた。昨日、朝の挨拶をしたときにも同じことをされたので、こんなふうに距離をとられるのが不思議だった。
「アドバイスありがとな。オススメの本、じっくり読み込むことにする」
ラノベは教科書と違って、大きな本じゃない。隠しきれない陽太の頬の赤みが丸見えになっている様子を、ちょっとかわいいなと思いながら見つめた。
どうして頬を赤く染めているのか、理由は全然わからない。自信満々に明るく振舞っている普段とは違い、どこか恥ずかしそうにしている陽太は、もしかして素直な感情を表しているのかもと思いついた。
「ふふっ。じっくりラノベを読み込んだ陽太の感想を、楽しみに待ってるからね」
小さい頃に姉ちゃんにされて嬉しかったことを、陽太にしてあげるべく利き手を伸ばして、整えられている髪の毛が乱れない程度に、頭を優しく撫でた。
「悠真、なにして――」
そう陽太が口にした瞬間、背後から「おおっ」と声があがった。なんだろうと振り返ると、クラスメイト全員が首を真横に向けたり天井を見たりして、不審な行動をとる。もしかして、また陽太がフェロモンを出したのだろうか? だから、ざわついているとか。
フェロモンを感じられない俺には、ざわついている理由がさっぱりわからない。
「悠真そろそろ席につかないと、担任が来るぞ」
陽太のセリフを聞いて、頷きながら自分の席に戻った。
いつもより静かすぎる陽太と、変に静かなクラスメイトを不思議に思いつつ、先生がやって来る瞬間まで、愛読しているラノベの世界に身を投じながら、陽太が本を読んで笑う姿を想像して、唇に笑みを浮かべたのだった。