「モテても、父さんは不器用だからさ。仕事と恋の両立ができないのがわかっていたから、誰とも付き合ってなかったんだ。当時仕事が忙しすぎて、精神的に余裕がなかったのも大きいかな」
「それでも母さんの告白に、父さんはOKしたんだ」
不器用な父さんは一目惚れした母さんを、迷うことなく手に入れたんだな。
「あの日、父さんが病院から立ち去ろうとした瞬間、母さんが白衣をなびかせながら、走って追いかけて来た」
「まるで、どっかのドラマみたい」
「そうかもな。あのときの母さんは顔を真っ赤にして、フェロモンをダダ漏れさせて『私と付き合ってください』って、右手を差し出したんだよ。照れまくってる母さん、かわいかったなぁ」
(興奮したら親子揃ってフェロモンをダダ漏れさせるって、血のなせる業なのか!?)
自身のことに若干呆れながらも、いい雰囲気に身をまかせることにする。父さんの恋バナのおかげで、随分と話しやすくなった。
「父さん、俺さ……好きなヤツができた、んだ」
思いきって告げると、父さんは俺の肩に腕を回す。近寄った距離からシダーウッドの香りが漂ってきて、父さんのフェロモンが流れてきたのがわかった。子どもの頃からその匂いを嗅ぐと、心が落ち着いてなんでも喋ってしまう作用を持つ。
父さんのフェロモンって、本当に不思議だ――。
「陽太の好きな人か。もう恋愛をする年頃になったんだなぁ」
「あのね、その好きなヤツっていうのは月岡悠真ってクラスメイトで、彼はベタなんだ」
「ああ、それでか。ベタに生まれたかったって言ったのは」
「うん。アルファの俺がベタを好きになったら、絶対に母さんが反対すると思って……」
語尾にいくに従い、声が小さくなった。
「父さんが反対したら、おまえはどうするんだ?」
「父さんも反対するんだ……」
母さんだけじゃなく、父さんまで俺の恋愛に反対するなんて想定外だった。父さんの口から反対というセリフを聞いただけで、心に暗い影を落とす。
「おまえの気持ちは、そんなに軽いものなのか?」
「違う、そんなんじゃない。俺は悠真のこと、運命の
自分に言い聞かせる感じで、告げるしかなかった。落ち込んだ気持ちまで浮上できなかったものの、そこは気合いを入れてメンタルを保ち、俺の顔を見つめる父さんを目力を込めて見つめ返した。
「陽太、わかってると思うが、運命の
「うん……」
肩に触れている父さんの手のひらから、あたたかさが伝わってくる。日が落ちて外の空気が徐々に冷えているせいで、じんわりとしたぬくもりに涙が出そうになった。
「陽太がフェロモンで学校を騒がせたというのは、もしかしてその月岡くんを落とそうとしたのか?」
「アルファの俺がいつも使ってる技みたいなものだから、フェロモンで悠真が反応してくれたらいいなと思って使った。だけどダメだったんだ」
「フェロモンでどうにかできたら、そこら中がカップルだらけになるんじゃないのか?」
落ち込んだ俺を慰めるように、父さんが肩に触れていた手で頭を撫でてくれた。その行為で、ちょっと前に悠真がしてくれたのを思い出す。
(同じことをしているのに父さんのは穏やかさを、悠真のは胸の高鳴りを感じたな)
「悠真はフェロモンを感じない体質なんだ。俺が全開でフェロモンを出しても、顔色ひとつ変えなくてさ」
「そういう人もいるだろうが、珍しいことに変わりないな」
「悠真のお姉さんは感じるみたいだけど、ご両親は感じないんだって」
父さんの顔から視線を動かし、目の前の空を眺めた。一番星が俺に向かって瞬いていて、遠く離れた距離が俺と悠真の間柄みたいに思えてならない。
「月岡くんにアタックするなら、アルファの陽太じゃなくひとりの男として、アピールしなきゃダメだろうなぁ」
「ウチの副委員長の佐伯にも言われた。それで思い知ったんだ。アルファ抜きの俺って、どこによさがあるだろうって。それがショックだったんだ」
ガックリと肩を落として告げると、父さんは静かに立ち上がる。
「陽太が自分を見つめ直す、いいキッカケになったんじゃないか。ついでに、フェロモンの微調整を練習するのもいいかな」
「フェロモンの微調整は、うん。気分の浮き沈みでフェロモンが漏れ出たりしたから、ちゃんと意識して練習するよ」
親子らしい会話に、なんとも言えないくすぐったさを覚える。
「陽太が足搔きながらがんばる姿を、父さんは遠くから応援してやる。困ったことがあったら、遠慮せずに相談しなさい」
(父さん、応援してやるって、それって――)
潤みかけた目元を急いで拭い、先に歩き出した父さんに駆け寄った。
「ありがとう父さん。俺、がんばるから!」
まずは悠真に借りた本を読んで、次の日の話のネタを作らなければならない。共通の話題からお互いのことを知るために、努力を惜しまないことを心に誓う。
(父さんの応援のおかげで、明日アイツの笑顔を引き出すイメージが湧いた。運命の