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第四章 運命の番と一歩の距離

4-1

 きちんと宿題を終えてから、ベッドに横になった。悠真に借りた本を読む前にスマホを使い、作品について調べてみる。


『転生したら村人で始まったけど実は最強剣士だった件』を書いたのは、剣崎龍太というこの作品でブレイクしたマイナーな作家だった。現在5巻まで発売されているそうで、物語自体はまだ続くらしい。


「5巻も出てるのかよ。思った以上に長丁場になるのがわかるが、悠真との話題作りのためだ。がんばるしかねぇ……」


 スマホを枕元に放り投げ、文庫本を手にする。表紙のタクミを見たらヤキモチを妬くのがわかりすぎたので、見えないように手で隠しながらページを捲った。


( 悠真がハマってる異世界ものを読んで、アイツと話題をたくさん共有するために、1ページでも多く読まなければ!)


 そう意気込んで、読みはじめたのだが――。


「なんで現代の冴えない高校生が事故って、異世界に転生するんだよ?」


 素朴な疑問が、頭の中に浮かんでは消えていく。しかも主人公のタクミは現代だけじゃなく、転生先でも冴えない村人設定だった。


「悠真が憧れる要素が、さっぱりわからなんだけど」


 タクミが事故って転生し、平凡な村人になったところで文庫本を閉じる。


 明日、学校に登校したら「陽太、本どうだった?」って、大きな瞳を輝かせて話しかけられるだろう。図書室で見たあの笑顔が脳裏に浮かぶと、胸が締めつけられるように熱くなった。


「主人公のタクミに、まったく魅力を感じないぞ! なぁんて言ったら悠真のヤツ、すげぇ落ち込むだろうな」


 ベッドの上であぐらをかき、大きなため息をついた。ベッド脇の机に積まれた教科書が目に入り、宿題の疲れがズシンと響く。集中するために、目をつぶって考えに耽った。


 悠真はタクミのことを、「カッコイイ」や「憧れる」という言葉で褒めていた。まずは、その理由を考えるところから、はじめてみるか。


 そう思い至った瞬間、体育館でやらかしたときに、悠真が俺のことを褒めたのを思い出した。


「あっ、そうか。俺はアルファだから、タクミに魅力を感じなかったんだ!」


 ベタの悠真は平凡な主人公のタクミに自分を重ねているから、彼が活躍するたびに嬉しくなるんじゃないだろうか。だったらタクミを悠真に置き換えて読めば、読みやすくなるはずだ。


「それならヤキモチも妬かねえし、悠真が活躍すると思えばページも進むぜ!」


 なぁんだ、簡単じゃないかと、ふたたび文庫本を手に取り、勇んで読みはじめたのだが――。


「ガーッ! 村娘のリナって女が悠真に近づいてるのが、めちゃくちゃムカつくんだけど!」


 リナにムカついた瞬間、フェロモンが漏れそうになり、慌てて深呼吸した。父さんにフェロモンの微調整をすると宣言していた手前、ここで爆散なんてしたら「昨日の今日でどうした?」とツッコミを入れられてしまう。


 枕をぎゅっと抱きしめ、ムカつきながら叩いて深呼吸を繰り返す。額に滲んだ汗をパジャマの袖で拭い、なんとか冷静さを取り戻した。


 どんな物語にもヒーローが登場し、そんな彼を応援するかわいいヒロインが出てきて、恋人同士になるのは定石だ。冴えない主人公のタクミもまた、彼女の応援で強くなり、平凡な村人からヒーローになっていくのだろう。


 かくて意気消沈した状態で文庫本を手にし、忘れないようにスクールバックの仕切りに入れた。


(今日は7ページで力尽きたが、悠真の笑顔を引き出すために、明日はもっと読むぞ。でもリナと仲良くしているシーンは、マジで飛ばしたい……)


 微妙な心情を抱えたまま、布団に潜り込み就寝する。悠真と盛りあがれる話題を考えたせいか、眠りが浅くなってしまった。



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