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4-2

***

 悠真と顔を合わせたときに、笑顔を見せることを頭に叩き込みながら、学校に向かった。もうフェロモンでどうにかしようと思わないことで、正直なところアルファでいる意味がない。だけど少しでもいい印象を悠真に与えるべく、タクミに負けないカッコいい俺を演出しようと考えた。


 通い慣れた通学路から青陵高校の門扉をくぐり、昇降口で上履きに履き替え、勢いよく階段を駆け上がる。


 俺よりも先に登校している悠真は、きっと教室の窓から差し込む日の光を浴びながら、読書にいそしんでいるだろう。柔らかい笑みを口元に浮かべて、楽しそうにしている彼を思い浮かべただけで――。


「いかんいかん。フェロモンが漏れ出たら、佐伯にまた叱られちまう……」


 額に汗が滲んでないか触れ、父さんの「微調整しろ」を思い出しながら深呼吸する。無事にフェロモンを抑えることに成功し、教室の前に辿りついた。その場でふたたび深呼吸をし、音をたてて扉を開け放つ。


「おはよー!」


 ダルさを醸した昨日とは違う元気な挨拶に、「委員長おはよ」「西野おはよー」など、あちこちから声がかかった。中に足を踏み入れながら、悠真がいる座席に視線を飛ばすと、本を読んでいた彼は嬉々とした表情で立ち上がり、本を机に置いてこっちに駆け寄って来る。


(――昨日に引き続き、今日も悠真から近づいてくれるのか!)


 嬉しさで顔がニヤけそうになったそのとき、「西野、ちょっといいか?」って、すぐ傍にいた赤池に話しかけられてしまった。


「あ、どうした?」

「さっき、田中がよそのクラスから聞いた話なんだけど、数Aで抜き打ちテストやるらしいぞ。情報集めとくよ」

「マジで?」


 言いながら駆け寄って来るであろう悠真を見たら、微妙な表情で足を止め、俺たちの様子を遠くから眺めていた。悠真の背後にいるクラスメイト数人は、俺と悠真の逢瀬がダメになったのを、憂鬱そうな顔を露わに見合う。


「赤池悪い。俺、部活でやらかしたせいで、テストの情報もらえてなかった。こんなふうに負の連鎖が続くなんて、マジで最悪……」


 ガックリと肩を落とし、足を進ませて自分から悠真に近づいた。


「おはよ悠真。わざわざこっちに来てくれたのに、本の話ができなくて悪いな」

「おはよう。なんか朝から大変そうだね」


 少しだけ切なさを思わせる悠真の面持ちに、胸がドキッとした。いつもならここで興奮して、フェロモンを出すところだが、今の俺はしっかりそれを防ぐことができる。何事も気合が大事だ。


「この間、悠真が試合を見に来てくれたじゃん。あのときのやらかしで、チームメイトと溝ができちゃってさ」

「俺が感じなかった陽太のフェロモンのせいで、大騒ぎになったあのときの……」


 首を少しだけ傾げて、心配そうに俺を見つめる悠真の肩を抱き、窓辺にある自分たちの席に誘った。机の落書きが目に入り、いつもの賑やかさが落ち着く気がする。


「そうそう、あのときの。そんで今現在、チームメイトとの仲を構築中で、テストの情報をもらう余裕がなくてさ」


 それぞれ自分の席に座り、俺はスクールバックから勉強道具を出しながら、机の中に入れていく。悠真は振り返って、忙しそうにしてる俺をじっと見つめた。


「陽太、あのね」

「んう?」


 両手をもじもじさせた悠真が、唐突に話しかけたことで俺の動きがとまる。朝の時間は限られている。少しでも好きなヤツの話を聞いていたいと考え、歯を見せて悠真に笑いかけた。


「悠真、なんだよ。言いにくいことでもあるのか?」

「俺ね、フェロモンを感じないでしょ」

「そうだな。クラスメイトのほとんどが感じて騒いでるのに、おまえはスルーしてる」


 これまでのことを思い出しながら事実を口にすると、悠真は胸元に手を当てて言葉を続ける。


「フェロモンは感じないけど、陽太の傍にいると心がポカポカするんだよ」

「へっ?」


『陽太のフェロモンいい匂いがする』や『頭がクラクラするほど高揚する』などは聞いたことはあったが、『心がポカポカする』は初めてだった。


「陽太の周りはいつも賑やかで、皆が笑っているでしょ。揃って楽しそうにしているから、陽太の傍にいるのは、すごーく居心地がいいなと思った」


(もしかして悠真、落ち込んでる俺を励まそうとして、そんなことを言ったのかよ……)


「陽太、俺と友達になってくれてありがとね」


 悠真の目から涙がポロっと落ちた。俺もつられて涙腺が緩み、フェロモンもちょびっとだけ漏れ出る。周りにいるクラスメイトが「委員長、またかよ」って騒ぎかけたら、俺に協力するって言ったクラスメイトが、


「スルースキル大事だぞ」

「そうそう。反応したヤツ、罰ゲームな」


 なあんて告げて、積極的に騒ぎを沈静化してくれた。 そのせいで余計に涙腺が緩んだものの、助けられてばかりじゃいられない。だって俺は、このクラスの委員長なのだから。


 急いで涙を拭って椅子から腰を上げ、教卓の前に向かう。そして大きく息を吸い、たくさんいるクラスメイトを見つめた。


「皆悪いっ! 最近やらかしてばかりいて、数Aの抜き打ちテストのヤマが張れなかった」


 ここで一旦言葉を切り、深く頭を下げる。教室は静まり返ったままで、開け放たれた窓から春の風がそよそよ吹き込み、廊下の笑い声が遠く響いた。


 数秒後に頭を上げて、もう一度クラスメイト一人ひとりの顔を眺める。


「俺だけじゃ、どうしても限界がある。だから皆もなにか情報を聞いたら、俺に知らせてくれないか? それをもとにして、テストのヤマを張ったり、問題の対策をしていくからさ!」


 最後は笑いながら告げた。悠真が言ってくれた居心地のいい場所を作りたいと思ったら、自然と笑うことができた。


「委員長、フェロモンの爆散は勘弁してくれよ」

「情報収集なら、まかせてくれよな」

「僕たちも西野に頼りすぎずに、協力し合おう」


 俺の思いきった提案に、クラスメイト全員が手を貸してくれることとなり、2年B組の雰囲気が一気によくなった。悠真の嬉しそうな顔で拍手しているのを見られるだけで、幸せな気持ちでいっぱいになる。


 ついでに昨夜がんばった、7ページの読書の苦労も報われた気がしたのだった。

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