「西野、俺のことよりも問題はおまえだ」
「なにがだよ?」
佐伯は自分の話題を逸らしたかったのか、いきなり俺に噛みついた。
「ラットになったの、月岡の前でだろう?」
「ああ、そうだけど」
「ギンギンのアレ、うまく隠せたのか?」
窓から俺に顔を戻した佐伯は、クソ真面目な顔で言い放った。表情と告げられた内容のギャップに笑わずにはいられなくて『がはっ!』と派手に吹き出してしまった。
「西野、俺はおまえを心配して訊ねたのに、どうして笑うんだ?」
「だってよ、ぷぷっ、佐伯が真面目な顔してギンギンとか言うから、妙におかしくって、くくっ……」
お腹を抱えて笑い転げる俺を、佐伯はものすごく嫌そうな目で眺めた。
「オメガを確実に妊娠させるために、通常よりもアレが異常にデカくなるのを表現しただけだ」
「だからっ! も、その顔でギンギンの説明するのっ、ううっ、おもしろすぎるって!」
「俺よりもおまえの発言のほうが卑猥すぎて、注目を浴びてるぞ。いい加減にしてくれ」
大きなため息をつき、肩を竦めながら目の前を去って行く佐伯のあとを、慌てて追いかけた。
「悪かったって! 悠真に触れないように腰を曲げたり、しゃがんで見えないようにして配慮したんだってば」
「それならいい。はじめて見せるなら、ちゃんと説明してからにしろよ。絶対に怖がらせるから」
「経験者の意見、ありがたく頂戴します。あざ~す!」
軽快なやり取りをしながら、佐伯と一緒にB組に入る。教室の窓から曇り空が見え、俺が来たことに気づいた悠真の笑顔が朝の喧騒を柔らかくした。妄想よりもかわいらしい笑顔に、思わずフェロモンが出そうになるが、深呼吸をすると自然にメンタルが落ち着き、平静を保つことができた。
「悠真、おはよ!」
(父さんの助言、マジで助かった。こんなふうに余裕をもって、悠真に接することができる)
「おはよう。昨日は無理して読んでない?」
悠真は図書室で汗だくになってフェロモンの調整をした、俺の体を心配したのだろう。俺に駆け寄り、急いだ感じで訊ねた。
「大丈夫だ。あのあとすぐに帰ったから。聞いてくれよ、18ページも読めたんだぜ」
笑って返事をしたら、悠真は安心したような顔をし、呟くような声で「すごいね」って言ってくれた。ふたりで目線を合わせて、席に向かいかけたら。
「月岡と陽太、付き合っちゃえばいいのに~!」
不意に誰かが大きな声で言い放ったことで、悠真はその場に立ち止まる。
「陽太と俺?」
そして自分を指差しながら左右に首を動かし、声の主を探す。
「悠真、気にしなくていいって。席に着こう」
「ダメだよ。陽太はアルファなんだから、付き合う相手はオメガじゃないと。陽太のような優秀なアルファに釣り合うオメガは、なかなか見つからないかもしれないけどね」
「え……」
悠真のセリフに、頭の中が真っ白に染まっていった。固まる俺を尻目に、悠真は気難しい面持ちで言葉を続ける。
「ただでさえアルファの数が少ないからこそ、ちゃんとしたオメガと
大好きな悠真のセリフが耳に突き刺さり、俺の心をズタズタに傷つけた。
「月岡、悪いね。陽太を借りるよ」
同じアルファの斎藤が俺の腕を引っ張り、自分の席に着かせて、スクールバックを机の上に置いてくれた。
「陽太大丈夫? 無自覚な言葉ほど、罪なものはないと僕は思うんだけどね」
「しょうがないって。悠真は俺の気持ち、知らないんだからさ」
悠真に聞こえないように声のトーンを落とし、顔を俯かせる。
「でもさ……」
「だからこそ燃える。絶対に手に入れてやるぞって!」
「陽太――」
「気ぃ遣ってくれてサンキューな、斎藤」
顔をあげる前に深呼吸をしてから、歯を見せてにっこりほほ笑む。俺の笑顔を見た斎藤はねぎらう感じで優しく肩を叩き、自分の席に戻って行った。
朝のホームルーム後は体育祭の打ち合わせがあり、委員長の俺と副委員長の佐伯が中心となって、クラスメイトをどの競技に出場させるか、話し合いをおこなった。
佐伯が用意した昨年の体育祭の結果と、俺が苦労して入手した昨年秋におこなった体力テストの結果をもとに、2年B組を確実に優勝させる布陣を組む。資料が教卓の上に山積みになる中、佐伯のシャーペンが滑らかに動いた。
「さすがは西野委員長だよな。テストだけじゃなく体育祭も勝利するために、手を抜かないんだから」
「やるからには勝ちたいだろ。だから皆、一緒にがんばろうぜ‼」
傷ついた心を隠すように、ムダにはしゃいでクラスを盛りあげたのだった。