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4-14

***

 長谷川先生が見守る中、手にしたスマホで父さんにアプリ経由で連絡した。


『父さん、いきなりだけど今週末って家にいる?母さんは多分いると思うんだけどさ』


 聞きたかったことをまとめて文章を打ち込み、さっさと送信したら、すぐに既読マークがついた。


「西野のその顔、見てるだけでおもしろくてたまらん」

「しょうがないだろ! ラットになったせいで、父さんに悠真のことを事前に知らせてるのもあるし……」

「なるほど。息子の想い人が家にやって来るとなると、親父さんは緊張するだろうなぁ」


 俺の娘が年頃になったら~なんて、独り言をブツブツ言い出した長谷川先生の顔を、呆れながら見つめていると、スマホがバイブしてメッセージの着信を知らせる。慌てて画面に見入ったら――。


『今週末はそろって自宅にいる。誰か来るのか?』


 短いメッセージを読み終えた瞬間、スマホを持つ手がムダに震えてしまった。


「西野、親父さんから返事が着たんだろ? 早く文章打ち込んで楽にならなきゃ、五時限目の授業中にフェロモンを爆散するかもよ?」

「わかったって。今すぐ返信するし……」


 ニヤニヤして俺を見る長谷川先生にムカつきつつも、手早く返信してその場にしゃがみ込んだ。


「あー、めんどくせぇ。こんなことで、心がぐちゃぐちゃになるとか」

「それを繰り返すことによって耐性がつき、どんなことにも動揺しない大人になれるからさ。西野がんばれ」


 窓辺からおりた長谷川先生が俺の傍に近寄って、頭を撫でてくれた。


「長谷川先生、あのさ――」


 話しかけた刹那、スマホから派手な音が鳴りだす。この着信音は親から連絡がかかったときの設定だった。


「西野、着信してる」

「……父さん、なんで電話かけてきたんだよ」


 渋い表情を作り、スマホの画面をタップした。


「もしもし父さ……」

『陽太っ、月岡くんが家に来るって、父さんどんな格好をしたらいいんだ!』


 スピーカーにしていないのに、父さんの絶叫が部室に響き渡った。俺の傍らに立ってる長谷川先生は、お腹を抱えて声を殺しながら笑い転げるし、俺としても父さんが錯乱している様子に、顔を引きつらせるしかなくて返事ができない。


『陽太聞いてるのか? 父さんがちゃんとした人じゃないと月岡くんに判定されたら、おまえの恋をダメにするかもしれないんだぞ』

「父さん落ち着いて。まだ悠真を誘ってないから。父さんと母さんが在宅してるか、きちんと確認したあとで家に誘おうと思ってさ」

『いることがわかったということで、これから月岡くんを誘ったら、絶対に来ることになるだろ。父さんどうしたらいいんだ!』


(おいおい、俺以上に動揺してる大人が、スマホの向こう側にいるんだけど?)


 長谷川先生は涙を流して、部室の壁を殴打しているし、実際俺の周りにいるまともな大人が、母さんしかいないことに気づいてしまった。


「父さん、帰ったら詳しい話をするわ。午後からも仕事がんばってね、じゃあ」


 まだなにかを喋りかけた父さんの声が流れるスマホの電源をオフにし、スラックスのポケットにしまった。


「長谷川先生もそろそろちゃんとしないと、午後の授業に支障をきたしますよ」


 父さんと長谷川先生ふたりのテンションのおかげで、冷静になれてしまった。

五時限目の予冷が鳴るまであと少し。開けっ放しの窓を閉めて鍵をかける。


「悪い悪い。西野の親父さん、すごくおもしろいな」


 長谷川先生はジャージの袖で涙を拭い、部室を出て行きかけた俺に追いついた。


「普段はちゃんとした人なんですけど、ちょっとしたことで、いつもああなってしまうんです」

「西野がクラスを盛りあげようとする感じ、親父さんのそういうところが似たんだろうなぁ」


 意外な返答に、部室を出た足が止まってしまった。


「え? 父さんと俺が似てるってどこが?」

「これから好きな人を自宅に誘う息子の心情を考えた親父さんが、緊張しないように西野を気遣ったとしたら? 親子そろって気遣い屋だろ」


 ニコニコしながら告げた長谷川先生は、呆然とする俺を尻目に、さっさと部室のカギをかけて、ひとりでどこかに歩いて行く。まだ俺の返事を聞いていないのに――。


「俺ってば父さんに、いつもそうして助けられていたのか……」


 驚愕の事実を知ったからこそ、放課後図書室で悠真を絶対に誘わなければならなくなった。両手の拳をぎゅっと握りしめ、フェロモンが出ないように深呼吸しつつ、誘い文句を考えながら教室に戻る。誘ったときの悠真の笑顔を思い浮かべると、自然と笑みが頬に滲んだのだった。


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