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教室の黒板に数式が残る六時限目の授業が終わり、目の前にいる悠真に声をかけた。
「なぁ悠真」
「ん? 陽太なに?」
すぐに振り返り、小首を傾げるかわいい仕草を目にしただけで胸が踊る。フェロモンが出ないように気合を入れて、質問を投げかけた。
「悠真は放課後、図書室に行くのか?」
今日は図書当番じゃない。なにもない日は、いったいなにをしているんだろうか。
「陽太には敵わないな。俺の居場所がわかっちゃうなんて」
「例の場所で、読書をするのかなって。それとも勉強とかさ」
ベタの中で一番の成績というのを知ってしまったゆえに、そんな考えが頭を過ぎり口にしてみる。
「読書が正解。勉強は家でやってるよ」
「塾に行ってないんだ?」
「行ってない。わからないところは、ひとつ上の姉ちゃんが教えてくれる」
塾に通わずにお姉さんに教えてもらうだけで、学年で10位以内がとれるとか、マジですごい!
「お姉さん、優秀なんだな。どこの高校に通ってるんだ?」
「高槻学園附属高等学校だよ。なんかね、付き合ってたアルファの人といろいろあったあとに、その人よりも成績をあげてやるって猛勉強したのが、姉ちゃんの頭を良くさせたみたい」
(そこって中学時代に、母さんが薦めた高校じゃないか。悠真の頭がいいハズだよ)
「お、おう。それはすごいな」
心根が優しい悠真とは違う、勝ち気そうなお姉さんの性格を聞いて、同じ環境にいても性格が真逆になることを知った。
「悠真の成績を見込んで、頼みたいことがあるんだけど」
「俺にできることなら、陽太を助けたいよ」
ほほ笑んで即答してくれたことに安堵し、考えていた内容を話す。
「じゃあさ中間テストのヤマ張り、一緒に手伝ってほしくて」
「陽太が部活をやりながらそれをするのは、すごーく大変だもんね。俺でよければ、サポートしてあげる」
快く二つ返事してくれたことに、フェロモンが出そうなり、返事をする前に深呼吸を数回して、心を落ち着けた。
「サンキュー。それじゃあ今週の土曜日に、俺の家で打ち合わせしようぜ」
「陽太の家に、お邪魔していいの?」
「悠真に助けてもらうんだから、俺が接待しなくてどうするんだよ」
「接待なんて、なんか変な感じ」
くすぐったそうにクスクス笑う悠真の姿に、もうひとつ考えていた言葉を告げる。
「だから放課後、俺は図書室に行かないで、そのまま部活に出るな」
「あ、そうなんだ」
笑顔が一転、残念そうな表情に変化する。きっとこのあと、図書室で俺と本のことについて話せるって思っていたのが、顔色に表れていた。
「昨日も体調不良で部活を休んじまったし、他校との練習試合や県大会も近いんだ。本腰を入れて練習しなきゃいけなくてさ」
「わかった。土曜日に陽太の家で、本の感想をたくさん聞くからね」
「おうよ、まかせてくれ! それまでにたくさん読み進めておくからさ」
胸を張って答えた俺に、悠真は顔を寄せて声をひそめながら話しかける。
「フェロモンが出ないようにする練習は、どうするの?」
「ぶっ!」
(ラットになった衝撃で、慌てて適当なことを口走ったのが、ここにきてアダになるなんて!)
耳に当たる悠真の吐息を感じただけで、ムダに興奮してしまい、荒い呼吸を繰り返してしまった。
「ゆっ、悠真ごめん。ちょっと距離をとってくれないか。フェロモンが出そう」
「ホントだ、額に汗がたくさん滲んでる」
慌てて離れてくれたのに、ポケットから取り出したハンカチを持った手で、わざわざ汗を拭ってくれた。タオル生地のハンカチの柔らかさや悠真の優しさに、胸がキュンとなる。
「悠真ありがと。しかも汗を吸いやすいようにタオル生地のハンカチを持ってきてるとか、すげぇ嬉しい」
「俺はこんなことでしか、がんばる陽太の応援ができないからね。少しでも力になりたいなって」
悠真が見せてくれた会心の笑顔で、気合が一瞬で満ち溢れる。
「よし、もう大丈夫! 放課後の部活に宿題、悠真から借りた本の読書まで、すべてを完璧にこなしてみせるぜ」
大好きな悠真の前で強がりを言ってみせたけど、後悔しなかった。週末にむけて有言実行するために、より一層ヤル気をみなぎらせたのだった。