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待ちに待った週末の土曜日。悠真が午後一で来ることになっている。リビングのクッションが膝に当たり、窓から春の花の香りが漂った。
「アナタ、どうしてそんなにソワソワしてるの? 陽太は陽太で、頭を抱えた状態で落ち込んでるみたいだし」
俺は座ってるソファから、落ち着きのない父さんの姿を横目で眺めたら、その場に立ち尽くし、キッチンにいる母さんに話しかける。
「母さん、どうしてそんなに落ち着いていられるんだ。陽太の友達が来るんだぞ」
「陽太のお友達なら、前にもたくさん来たことがあったじゃない。そういえばそのときも、ムダに落ち着きがなかったわね」
昨年のことを思い出して口にした母さんに、俺は大きなため息をついてから声をかける。
「父さんは心配性なんだよ。どんなヤツが来るのか、気になってしょうがないんじゃない?」
母さんにボソッと返事をしたら、父さんが変な顔で俺を見下ろした。
「気になるに決まってるだろ。だって陽太の好っ」
言いかけたセリフを先読みした俺は、素早く立ち上がり、父さんの口元を覆い隠した。ちょうど身長が同じ俺たち。父さんのしまったという面持ちを、ここぞとばかりに睨み倒す。
「アナタたち、なにをしてるの?」
「父さんってば、やって来る俺の友達を素晴らしいなんて言おうとするもんだから、褒めすぎだって窘めたんだ。本人が来たときに、すげぇ恥ずかしがるって」
大きな声で言いながら、口元を押さえる手に力を込めた。
「アナタ、陽太のお友達のこと、知ってるの?」
キッチンから疑いの目で父さんを見つめる、母さんの視線がグサグサ突き刺さった。俺は父さんの口元を覆っていた手を退ける。
「月岡くんって言うんだ。陽太がクラスでお世話になってる、みたいな……」
「そうなんだよ。悠真は俺よりも成績が良くて、勉強を教えてもらってるんだ」
「その月岡くんはアルファなの?」
(このセリフを聞いたら、そう聞かれるだろうと思った――)
「ベタだよ。それなのに学年でいつもトップテンに入ってる、優秀なヤツなんだ」
「それはすごいわね」
淡々と答えた母さんは、微妙な表情のままお茶の準備をはじめる。父さんは無言で俺が着てるシャツの裾を引っ張り、『ゴメン』と口パクで謝った。
悠真とは学校で、普通に接しようと心がけた。なのにいざ本人を目にしたら、アルファに襲われたかも疑惑が頭を過り、視線を逸らしたり、素っ気ない態度をとってしまい、地味に悠真を傷つけたかもしれなくて。
(これからそれをなんとかしようと思っているのに、なにから喋ったらいいかわからない……)
「父さん、あのさ」
顔をあげて父さんに話しかけた瞬間、インターフォンの音がリビングに響いた。反射的に玄関に向かう足。ドタドタという煩い足音が、外まで聞こえてるかもしれない。
重たい扉を開けると、首周りがしっかり隠れるオシャレな水色のシャツとジーンズに身を包んだ悠真が、春の暖かい日差しを浴びて爽やかに立っていた。それを目の当たりにしただけで、胸がずぎゅんと撃ち抜かれる。清楚という言葉を体現しているみたいな悠真に、俺から声をかけられない。
「陽太、こんにちは……」
一瞬だけ伏し目がちになった悠真。もしかして学校でのやり取りを、引きずっているのかもしれない。
「こ、にちは。あがってくれ」
変な挨拶をしたというのに、悠真は突っ込むことなく、俺の大好きな柔らかい笑みを浮かべて、玄関の中に入った。俺の前を通り過ぎた刹那、悠真からいい匂いがふわりと漂った気がして、フェロモンが漏れ出そうになる。
(うが~! 深呼吸深呼吸っ! ここで垂れ流したりしたら、母さんに恋バレしちまう!)
胸を押えて深呼吸を繰り返していると、いつの間にか両親が玄関先に現れた。
「月岡くん、いらっしゃい」
笑顔で出迎える母さんの隣で、父さんも必死に笑いかけながら挨拶する。
「陽太がいつもお世話になってるみたいだね」
じとーっとした目で、悠真を見つめる父さん。値踏みしている感を示すそれを無にすべく、俺は父さんを押し退けて、悠真の腕を引っ張った。
「遠慮しないで入って。まずはリビングのソファに座ってほしくてさ」
最初から自室にふたりきりは刺激が強いのと、アルファの両親を見てほしかったので、あえてリビングに誘った。
「お邪魔します」
深いお辞儀を丁寧にしてから靴を脱ぎそろえ、自宅にあがった悠真を、母さんは「しっかりしたコね」と呟いて評価した。
「さすがは陽太の好っ……素晴らしい友達だ」
父さんは俺の睨みで咄嗟に言葉を変えた。一緒にいたら、ボロが出そうな予感がして、気が気じゃない。