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4-20

***

 リビングから俺の部屋に移動した。ローテーブルの木目を照らすように、窓から日の光が降り注ぐ。


「よし、そろそろがんばるか! 悠真、よろしくな」


 ローテーブルを挟んで、悠真とふたりきりの空間にいるだけで、フェロモンが出そうになる。


(制服じゃない悠真、見るからに爽やかさが滲み出ていて、サイダーのCMに出てもおかしくないくらいに眩しい!)


 心の中でビジュアルを褒めつつ、さりげなく深呼吸を繰り返す俺に、悠真はしんみりとした口調で喋った。


「陽太のご両親、本当にいい方たちだね」

「えー、そうか? 普段は結構ケンカばかりして、俺が間に入らなきゃいけなくて、すげぇ大変なんだよ」


 今回は悠真がいたことで、ものすごく穏やかに話し合いができた感じだった。


「それはアルファ同士だからでしょ? それもケンカの原因は、陽太絡みじゃない?」

「なんでわかるんだ?」

「ご両親は陽太のこと、すごーく大事にしてる。会話の端々にそれが出ているよ」

「それは親なんだし、当然のことだろ……」


 なんだか照れくさくて、頬をぽりぽり搔いてしまった。


「そうかもしれないけどね。ご両親に大事にされてる陽太は、同じようにクラスメイトを大事にしてる。巡りめぐっているよね」


 言いながら、持ってきたカバンから教科書類を出す悠真に、アルファ×オメガのカップリングの考えを崩す言葉を考えたのだが、取っ掛りが難しい。


「悠真は実際見てどう思った? アルファの両親のこと」


 とりあえず、自分の親をダシに使ってみるところからはじめた。


「どうっていうのは、いいご両親以外の感想がほしいってことかな?」


 曖昧なセリフを不思議に思ったのか、悠真は小首を傾げて、まじまじと俺の顔を見つめる。


「や、ほら……この間言ってたじゃん。アルファはオメガとくっつかないとって。俺の親は、両方ともアルファだからさ」


 アルファ同士というのをアピールしたくて、念を押す感じで口にした。


「あ~言ったね。あのときは優秀なアルファの子孫を残すなら、オメガと一緒になればいいかなって考えたんだ」

「そうか」

「でも今日、考えを改めたよ」

「マジで?」


 嬉々としてローテーブルから身を乗り出した俺に、悠真は瞳を細めて軽快に答える。


「相手はオメガじゃなくても、アルファの女性なら、もっといい子孫が残せるんだなってわかった」

「あ……」


(ガーッ、そうきたか! そうだよな、アルファ同士の両親を見たら、それが最適解ってなるだろ。なんで気づかなかった俺! そして、それを推奨した長谷川先生! そろっておバカじゃないか)


「陽太、いいアルファの女性と巡り逢えたらいいね」

「……俺、子孫を残さなきゃなんて、全然考えてない。バース性に関係なく、好きなヤツの傍にいたいだけなんだ」


 気落ちしながら腰をゆっくりおろし、上目遣いで悠真を眺める。彼の表情はいつもどおり、柔らかくほほ笑むだけだった。


「そういう考えもありだね。なんか陽太らしい」

「悠真は恋愛したいとか、考えたりしないのか?」


 悠真自身、本の話は積極的にするが、プライベートについてはまったくの未知。彼がどんな考えをもっているのか、リサーチしなければならない。


「俺、恋とかよくわからないんだ。好きって言われても、俺のなにが好きなんだろうって思う」


 俺から視線を外し、斜め上を見て答える悠真。どうしたら、俺の気持ちが伝わるだろうか。


「俺は! ……俺は悠真の優しいところが好きだよ」


 本のことを楽しそうに喋るところも、嬉しいことがあったら、瞳が見えなくなるくらいに細まるまなざしも、癖のあるふわふわの髪の毛一本を含めて、全部が好きだ!


「図書室でも言ってくれたよね」

「言ったな」

「俺の優しさは、ニセモノなのかもしれないよ」


 斜め上を見ていた悠真の視線は俺を見ずに、目の前に置かれている教科書の山に注がれる。終始笑っているが、なにを考えているのかわからない。


「ニセモノ?」

「仲の良かったアルファに、傷つけられたって言ったでしょ?」

「うん……」

「俺は誰も傷つけたくないから、皆に優しくしてるんだよ」


 淡々とした口調は、どこか冷たさを感じるものだった。なんていうか、悠真らしくない。


「それって皆に与える優しさの分だけ、悠真が深く傷ついたっていう証拠にもなる」


 俺が口を開いている間に、窓の外から見える木の枝に、野鳥が二羽留まった。二羽分の重さで枝が軽く揺れるが、それすらも楽しそうに野鳥たちは身を寄せ合って鳴く。


 春の日差しを浴びた二羽の野鳥は、とても気持ちよさそうだった。


つがいなのかな……」

「えっ?」

「窓の外にいる野鳥。柄が微妙に違うから、雌雄のつがいなのかもな」


 俺のセリフを聞いた悠真は、振り返ってそれを見る。


「ふふっ。まん丸でかわいいね」

「俺もあんなふうに、いつも一緒にいたい」


 仲睦まじい野鳥の様子を見ているうちに、願望がするっと口から出てしまった。


「陽太は誰か好きな人がいるんだ?」

「ああ。いるけど片想いなんだよ。だから一緒にいられない」


 悠真だよって告げるには、きっとまだ早い。彼の中にある深い傷が癒えてからじゃないと、告げちゃいけない気がする。


「片想いか。誰かを大切に想えるその気持ち、なにげに羨ましいかも……」


 じっと野鳥を見つめる悠真は、本音を告げたのだろうか。俺から見えるのが彼の後頭部のみなので、どんな顔でそれを言ったのか、まったくわからない。


「俺が教えてやろうか?」


 唐突に、震える声で告げてしまった。


「陽太が?」


 ゆっくりと振り返った悠真の面持ちは、驚いたものに見える。俺がそんなことを言うとは、思わなかったのだろう。


「恋する俺なら、それを悠真に教えてあげられる」

「俺に教えるって、どうやって?」

「それはあれだ、えっと胸がドキドキするようなことを中心に……とかさ」


 しどろもどろに答えるしかない。俺が悠真に抱きついても、彼は顔色ひとつ変えなかったのに、どうやってドキドキさせればいいというのだろうか。


「陽太にはなにか、考えがあるんだね?」

「も、もちろん! 恋する気持ちを知ったら、毎日が楽しいこと間違いなし!」


 俺なんて楽しすぎてフェロモンがダダ漏れした挙句に、周りに盛大な迷惑をかけてるしな!


「俺にそういうことをしたら、陽太の好きな人に誤解されちゃうんじゃないのかな?」

「誤解されない、ギリギリのラインを攻める予定!」


 ごまかすように利き手の親指を立てて、やってやるぜをアピールした。


「ふーん。それなら条件がある」


 意味深に笑った悠真は、ローテーブルに両手で頬杖をついた。見るからに、なにか企んでいるような表情である。しかもそれがかわいいんだから、始末に負えない。


「条件ってなんだよ?」

「陽太が俺に恋する気持ちを教えたいのなら、中間テストで学年5位以内に入ること」


 澱みなく告げられたセリフを聞いた瞬間、喉が一気に干上がった。体中から嫌な冷や汗がじわじわと吹き出す。


「ちょっ、ちょちょちょ、それって俺の成績がわかって言ってる?」

「知らない。だけど陽太はアルファでしょ。ご両親がそろってアルファの優秀な血筋なんだから、がんばればできるんじゃない?」


 ものすげぇこと、簡単に言ってくれたな。


「俺がそれをやってのけたら、悠真は俺の教えを受けてくれるんだな?」


 もしかしたら俺ができないことを見越して、悠真は言ったのかもしれない。


「うん。陽太の本気を見てみたいのもある」


(――これって、俺のことを試してるのか?)


「あ~もうわかった! その代わり、中間が終わるまでは借りた本を読まない。全部勉強につぎ込むからさ」

「いいよ、それで。陽太が本腰を入れたところで、なにからはじめる?」


 無理難題を言い放った小悪魔悠真は、目の前ですげぇ楽しそうに勉強を促した。俺よりも頭のいい彼の頭脳に助けられながら、各教科のヤマ張りを手がけたのだった。


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