目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第五章 恋の鼓動と開く心

5-1

***

 楽しかった週末が終わり、月曜日の朝。俺はいつもより早く学校に到着した。生徒玄関前の廊下の掲示板が、朝の陽光に映える。

(悠真に恋を教えるには、恋愛マスターの助けが必要だ。早く来ねぇかな……)

 2年専用の靴箱前で待っていたら、「西野委員長じゃん」と先に榎本が気づいてくれた。

「おはよ、佐伯に榎本!」

「西野委員長おっはよー。涼に用事なんだろ?」

 佐伯が答える前に、榎本が手早く佐伯の上履きを出したり、外靴をしまったり。テキパキ動いて、佐伯のアシストを進んでおこなう。

「西野、週末なにかあったな。また俺を面倒なことに巻き込む気か?」

 榎本を追い払うためか、佐伯は左手を左右に動かし、先に教室に行くように促した。

「ううっ、涼とまだ一緒にいたいのに……」

「だったら、昼休みに迎えに来い。鐘が鳴るまで一緒にいてやる」

 感情のこもっていない、淡々とした口調で告げられたものなのに、榎本はガッツポーズを作りながら足早に去った。

(恋人の心をここまで動かすことができるなんて、さすがは佐伯、恋愛マスターだな)

「西野、説明しろ」

 遠ざかっていく榎本を見送っていた俺に、教室に向かう佐伯が階段をのぼりながら言葉を促した。

「あっ、待ってくれ。あのな、悠真に恋を教えるって提案したら、中間テスト学年5位以内の条件を出されたんだ」

 慌てて佐伯の隣に並び、至極難しいお願いを説明した。それを耳にした佐伯は目頭を押さえて、うんうん唸りだす。見るからに俺以上に悩んでいる様子で、声をかけずにはいられない。

「佐伯どうした、大丈夫か?」

「なんていうか、う~ん。済まない西野」

「なにが?」

 謝られる理由がわからなくて、何度も目を瞬かせた。

「とにかく気にするな。乗りかかった船だ、なんでも言ってくれ」

「やりぃ! さすがは心の広い佐伯。残りのヤマ張りを手がけてほしいんだ」

「それ、全教科だろう? いつもよくやるよな……」

 ウンザリした面持ちで告げて、肩をガックリと落とす。

「悠真と土曜日、結構がんばったんだぜ。残りの3割お願いしやーす!」

「お願いされても、西野の成績が学年5位以内になれるとは思えないけどな。おまえの成績、50位前後だろう?」

「違うって。20とか25みたいなところを彷徨ってる感じ」

「たいして変わらん。とにかく倒れるまで無理をするな。迷惑になる」

「佐伯ってばイヤそうな顔してるクセに、心配してくれるの何気に嬉しい」

 言いながら肩をぶつけた瞬間、「ああっ!」というデカい声が背後から聞こえた。佐伯と一緒に振り返ると、なぜかそこには榎本がいて、筋肉質の上半身を小さくしながら、涙目で俺らを見つめる。

「チッ、めんどくさいことになったな……」

 ボソッと佐伯が呟くと同時に榎本が慌てて駆け寄り、佐伯の体に縋りついた。

「涼ってば、イケメン西野委員長のことを好きになったんだろ! 肩ぶつけられて嬉しそうな顔してた!」

「化け物アルファの西野を誰が好きになるか、バカもの」

「佐伯、ここはきちんと言葉にして、榎本の誤解をとかなきゃダメなことくらい、俺でもわかるって。好きだと言ってやれ」

 廊下は俺らの様子を眺める生徒が、どんどん集まりはじめていた。「見るからに豪華な三角関係」や「アルファふたりでオメガを共有」など、残念すぎる噂をされる始末。

「佐伯、このまま躊躇してると、クリーンな俺まで巻き込まれる。頼むから榎本に、堂々と言ってくれ!」

 俺の悲痛な叫びを聞き、気難しそうな面持ちで額に手を当てた佐伯は、榎本に抱きしめられたまま、震える声で告げる。

「俺は虎太郎が誰よりも好きだ。おまえだけをずっと想っていく」

 静まり返る廊下に、しんみりとした佐伯の声が響いた。告白された内容は、普段冷徹な副委員長が口にするものじゃなかったので、一瞬で辺りが盛りあがったのは言うまでもなく。

「佐伯の告白、ヤバい!」など歓声が廊下に響き渡る中、不機嫌な表情で縋りついた榎本を振り払い、逃げるように教室に入った佐伯。冷たく振り払われたのに、榎本は顔を赤らめてその場に蹲った。

 仲のいいふたりを見て、俺もいつか堂々と悠真に告白できる日が来ることを、願わずにはいられなかった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?