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楽しかった週末が終わり、月曜日の朝。俺はいつもより早く学校に到着した。生徒玄関前の廊下の掲示板が、朝の陽光に映える。
(悠真に恋を教えるには、恋愛マスターの助けが必要だ。早く来ねぇかな……)
2年専用の靴箱前で待っていたら、「西野委員長じゃん」と先に榎本が気づいてくれた。
「おはよ、佐伯に榎本!」
「西野委員長おっはよー。涼に用事なんだろ?」
佐伯が答える前に、榎本が手早く佐伯の上履きを出したり、外靴をしまったり。テキパキ動いて、佐伯のアシストを進んでおこなう。
「西野、週末なにかあったな。また俺を面倒なことに巻き込む気か?」
榎本を追い払うためか、佐伯は左手を左右に動かし、先に教室に行くように促した。
「ううっ、涼とまだ一緒にいたいのに……」
「だったら、昼休みに迎えに来い。鐘が鳴るまで一緒にいてやる」
感情のこもっていない、淡々とした口調で告げられたものなのに、榎本はガッツポーズを作りながら足早に去った。
(恋人の心をここまで動かすことができるなんて、さすがは佐伯、恋愛マスターだな)
「西野、説明しろ」
遠ざかっていく榎本を見送っていた俺に、教室に向かう佐伯が階段をのぼりながら言葉を促した。
「あっ、待ってくれ。あのな、悠真に恋を教えるって提案したら、中間テスト学年5位以内の条件を出されたんだ」
慌てて佐伯の隣に並び、至極難しいお願いを説明した。それを耳にした佐伯は目頭を押さえて、うんうん唸りだす。見るからに俺以上に悩んでいる様子で、声をかけずにはいられない。
「佐伯どうした、大丈夫か?」
「なんていうか、う~ん。済まない西野」
「なにが?」
謝られる理由がわからなくて、何度も目を瞬かせた。
「とにかく気にするな。乗りかかった船だ、なんでも言ってくれ」
「やりぃ! さすがは心の広い佐伯。残りのヤマ張りを手がけてほしいんだ」
「それ、全教科だろう? いつもよくやるよな……」
ウンザリした面持ちで告げて、肩をガックリと落とす。
「悠真と土曜日、結構がんばったんだぜ。残りの3割お願いしやーす!」
「お願いされても、西野の成績が学年5位以内になれるとは思えないけどな。おまえの成績、50位前後だろう?」
「違うって。20とか25みたいなところを彷徨ってる感じ」
「たいして変わらん。とにかく倒れるまで無理をするな。迷惑になる」
「佐伯ってばイヤそうな顔してるクセに、心配してくれるの何気に嬉しい」
言いながら肩をぶつけた瞬間、「ああっ!」というデカい声が背後から聞こえた。佐伯と一緒に振り返ると、なぜかそこには榎本がいて、筋肉質の上半身を小さくしながら、涙目で俺らを見つめる。
「チッ、めんどくさいことになったな……」
ボソッと佐伯が呟くと同時に榎本が慌てて駆け寄り、佐伯の体に縋りついた。
「涼ってば、イケメン西野委員長のことを好きになったんだろ! 肩ぶつけられて嬉しそうな顔してた!」
「化け物アルファの西野を誰が好きになるか、バカもの」
「佐伯、ここはきちんと言葉にして、榎本の誤解をとかなきゃダメなことくらい、俺でもわかるって。好きだと言ってやれ」
廊下は俺らの様子を眺める生徒が、どんどん集まりはじめていた。「見るからに豪華な三角関係」や「アルファふたりでオメガを共有」など、残念すぎる噂をされる始末。
「佐伯、このまま躊躇してると、クリーンな俺まで巻き込まれる。頼むから榎本に、堂々と言ってくれ!」
俺の悲痛な叫びを聞き、気難しそうな面持ちで額に手を当てた佐伯は、榎本に抱きしめられたまま、震える声で告げる。
「俺は虎太郎が誰よりも好きだ。おまえだけをずっと想っていく」
静まり返る廊下に、しんみりとした佐伯の声が響いた。告白された内容は、普段冷徹な副委員長が口にするものじゃなかったので、一瞬で辺りが盛りあがったのは言うまでもなく。
「佐伯の告白、ヤバい!」など歓声が廊下に響き渡る中、不機嫌な表情で縋りついた榎本を振り払い、逃げるように教室に入った佐伯。冷たく振り払われたのに、榎本は顔を赤らめてその場に蹲った。
仲のいいふたりを見て、俺もいつか堂々と悠真に告白できる日が来ることを、願わずにはいられなかった。