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生存戦略
生存戦略
かきはらともえ
文芸・その他ショートショート
2025年03月05日
公開日
2,186字
連載中
いろんな短編を投稿していくと思います。 特に統一感もないので。どれかお口に合えば幸いです。

Happy! Lucky! Dead!



 どうやらおれは死んだらしい。


 その証拠を挙げるのは難しいし、納得もし兼ねるが、死んでいるからこそ『おかしなこと』が起きていると言える。


「さあ、さっさと決めてしまいましょう」


 距離感のない真っ黒な空間に、おれとこの自称――『女神』がいる(目の前にいる少女は自分のことを『女神』だと自称していた)。


 儚げな印象を受ける少女。


 強烈な印象を受けるようで、どうにも掴みどころのない少女。


 死後の世界で、それで女神というのだから、おれの基準で推し測れるような存在ではなく、もっと漠然とした概念のような存在なんだろう。


「その通りです。わたくしは死後の生命を導く案内係なのです」


 どうやら心境まで読まれているようだ。


「あなたさまですと、ざっくりと絞り込んで三つほど選択が可能ですね。人生は無限の可能性を持つものですが、あくまで可能な範囲と不可能な範囲があります。あなたさまが選べるのはこの三つです」


「ちなみにその選定基準というのは何なんですか?」


「あなたさまの生前が『生命を授かった者としてどうだったか』です。三つも選択肢があるのは素晴らしいですね。さぞ生前は善行を積んだのでしょう」


 三つという選択肢が多いかどうかわからないが、おれが生前に善行を積んだかどうかで言えば積んでいない。


 皮肉だってことくらいはわかる。


「皮肉だなんてとんでもない。選択肢さえなく、そのまま地獄に突き落とされる人だってたくさんいます。気まぐれで蜘蛛くもの糸のようにか細い選択肢を差し伸べることもあります。ご存じでしょう、芥川あくたがわ龍之介りゅうのすけの『蜘蛛の糸』。あれって実話なんですよ」


「おれは『かいけつゾロリ』以降に読書なんてしたことないんだ」


 女神は気を悪くしたようで、こっちから目を逸らした。


 きっとお決まりの『あの世ジョーク』だったんだろう。見え透いていて気に入らない。


 さすがに芥川も『蜘蛛の糸』も国語の授業で見聞きしたことはあるが、『かいけつゾロリ』以降の読書経験がないのも本当だ(板チョコをぺろぺろと舌で舐めていた。そんな『行儀の悪いこと』をしていなければ選択肢は四つあったかもしれない)。


 死後の命運を握られているというのに、迂闊うかつなことは言ってしまった。あまりにも命知らずだ。死んでるけど。


「まあいいでしょう――」


 こほん、と女神は仕切り直す。


「どうされます? 三つの選択肢からどれを選びますか?」


 女神の前に四角い光が三つ出現する。


「ここ最近の方々はよく『死んでも死に切れない』ってこれを選ぶんです」


 女神が指差す。


 その先にある正方形を見詰める。


 すると、四角い中に景色が見えてくる。


 西洋の雰囲気を感じる城壁と、草原が見える。


「これは?」


「異世界転生です!」


 思わずひっくり返りそうになった。


 い、いいいい、異世界転生だって⁉


「異世界転生であれば、死ぬ前の記憶がある程度は保障されています! あなたさまは人生をリセットしてやり直すのではなく、あなたさまの『人生の続き』を送れるのです! いかがですか? 異世界転生は? 魔法と剣の世界はどうですか?」


 女神はきらきらと目を輝かせている。


 テンションが上がっているのを見て、逆に冷静になってしまう。


「残念だけど、おれには死んでも死に切れないなんていう未練はないよ」


 強がりでもなく、本音を口にする。


「地獄に落ちるのはもっと嫌だけど、この人生の続きを送りたいとは思っていない。さっさと新しい人生を送りたいところだよ」


「そうですか……」


 肩透かしとばかりに女神のテンションが明らかに落ちる。


「では、あなたを殺した犯人のことはどうでもいいんですね」


「ああ、そうだ。おれはおれを殺した犯人のことなんてどうでも――ん? ちょっと待て」


「わたくしはずっと待っていますわ。あなたさまが決めるのを」


「そうじゃなくて――それはどういうことだ? おれは殺されたのか?」


「違いますよ――あなたさまは殺されたのです。無残にも殺されてしまっているのです。ですから、ここにいるんです。この場所をご用意できたんです。たった一度の救いの手です。直通で裁かれるところをここで拾って上げたのです」


 死んだ人間が全員この女神の前を通過していくわけじゃないのか。


 むしろ、――と。


「地獄の入り口で待つというのもありますよ? 自分を殺した人間が死んでやってくるのを待ってくるのを。人を殺したような人間ですからね、地獄に落ちるのは確実でしょう」


「…………」


「どうされますか? まあ、焦らずとも、ほかのふたつを聞いてからゆっくりと決めていただいていいですよ」


「いや」


 いつ殺されたのかなんて憶えていないが、この状況に対して、少しばかり諦めというか納得している。


 正直――カスみたいな人生だった。これ以上は生きたいとは思っていなかったが、死にたいとも思っていない。リセットボタンがあるなら押していたし、電源を落とせるなら落としていた。リタイアできるなら、さっさとリタイアしていた。


 そんな人生だった。


 だから、おれは驚いている――そんなおれがまさか、殺されたことにこんなにいきどおりを感じているだなんて。


 一丁前に『生きること』に執着があったことに。


 おれは殺されたんだ。


 だったら――おれの答えはひとつだ。


 ほかの選択肢なんて考慮に値しない。


 だけど、おれは殺されたんだ。


「おれは異世界に向かうよ」


 異世界から犯人を見つけ出してやる。






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