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第37話 みんな大好き席替えイベント

「今日は席替えをするぞー」


 先生がそう言った瞬間、四年二組の教室が歓声で揺れた。

 席替えとは学生にとっては大イベントである。誰と近い席になるかで今後の学生生活が変わると言っても過言ではない。

 そのことは小学四年生にだってわかるのだろう。いや、すでに身に染みているに違いない。だからこそのこのテンションなのだ。隣のクラスの迷惑になってないか心配になるくらいのはしゃぎっぷりである。

 だが、席替えとは必ずしも良い結果になるとは限らない。一人一人の意見が通るはずもなく、それでいて平等にとなれば、それを決定する方法はおのずと限られるだろう。


「よーし、じゃあくじ引きするからなー。全員順番に引くんだぞ」


 くじ引きだ! それは圧倒的な平等! そして試されるのは悪魔的な運! 見せつけるのだ! 己の運命力を!! それによって決まるのは天国か!? 地獄か!?

 ……うん、無理やりテンション上げてみたけどかえって変な感じになってしまった。とりあえず教室はざわざわしている。俺の心はさざ波ほどもざわついてはいない。

 学生時代はあんなにもテンション上がってたのになぁ。今なら教卓の前という特等席でも抵抗はない。つまりどこでもいいのだ。

 授業中になれば集中してるからどこでも関係ないし、休み時間になれば葵ちゃんや瞳子ちゃんなどが集まってくる。彼女達と席が端から端まで離れていたとしてもそれは変わらないだろう。

 現在の俺は勉強ができて運動もできる男子という扱いだ。クラスでは一目置かれていると言ってもいいくらいだろう。そんな余裕があるからこそ誰が近くにいようと問題なんてないと思っているのかもしれない。

 だからってあまり調子に乗らないようにしないとな。余裕が油断にならないように気をつけなければ。子供の成長なんてものはとても早いのだから簡単に追いつかれてしまうぞ。

 そうやって自分を戒めていると、くじ引きの順番が回ってきた。

 くじは箱の中にある紙を取って、そこに書かれている数字に割り振られている席になるのだ。ちなみにくじは担任の先生の手作りである。ご苦労様です。

 俺は気負うことなく箱に手を突っ込み、一枚の紙を取った。


「高木は……二十四番だな。じゃあ次の人くじを引きなさい」


 席替えの進行をしている先生は次々とくじ引きをする生徒の名前を呼んでいく。俺は黒板に書かれた席順と番号を見比べた。

 俺が引いた二十四番は窓際から二列目、最後尾からも二列目というなかなかのポジションだった。どこの席でも関係ない、なんて思いつつもこの結果は嬉しい。


「二十四番……、隣になるためには十九番か二十九番を引かなくちゃ……」

「もしくは前後の席ね……。二十三番と二十五番はまだ埋まってないわ」


 振り返ると葵ちゃんと瞳子ちゃんがぶつぶつと何やら呟いていた。彼女達の真剣な目を見るとなんだかデジャヴがあるのですが。


「トシくんの隣になりますようにトシくんの隣になりますようにトシくんの隣になりますように……。よし!」

「あたしのくじ運はいいはず……。今度だって大丈夫……」


 二人して祈りのポーズを作って何やら言っている。声が小さくて聞き取れない。葵ちゃんが気合を入れたということだけはわかった。

 まあ俺の近くの席になりたいと思ってくれているのだろう。とても嬉しいんだけどくじだからね。こればっかりはどうしようもない。

 葵ちゃんと瞳子ちゃんの運が試される。俺はそれをただ黙って見つめていた。



  ※ ※ ※



「高木くんの隣になれて安心したわ。よろしくなー」

「俺も佐藤の隣の席になれて嬉しいよ。こっちこそよろしく」


 俺の隣、窓際の席には佐藤が収まった。やっぱり話せる奴が隣にいた方が落ち着くからな。これはラッキーと言ってもいいだろう。

 つんつんと背中をつつかれる。振り向けば赤城さんと目が合った。


「あたしも、よろしく高木」

「こちらこそよろしくね赤城さん」


 後ろの席も交流のある赤城さんだった。俺は運がいいらしい。


「よう高木。これも何かの緑ってやつだな。またサッカーしようぜ」

「本郷くんか。まあ気が向いたらな」


 佐藤とは反対側の隣の席になったのは本郷だった。「緑」じゃなくて「縁」な。漢字どころか読みまで間違ってるし。わざわざ注意してやらんけど。

 本郷の近くの席になれなかった女子から深いため息が聞こえてくる。せっかくだったら本郷と女子達で固まってくれても構わなかったのに。こいつの席の近くだと休み時間が大変そうだ。本郷は休み時間の度に女子に囲まれてるからな。

 さて、席替えは終わってしまった。また当分は今の席となる。誰かにとって良い結果だろうが悪い結果だろうが変更はできないのだ。


「うぅ~……あとちょっとなのに~」

「くじに強いはずのあたしがこんなところにいるだなんて……」


 悔しそうな声が突き刺さる。俺に声だけでダメージを与えられるのは葵ちゃんと瞳子ちゃんしかいなかった。


「ねえ佐藤く~ん。私と席を変わってくれてもいいのよ? 今ならいいにおいのする消しゴムがついてくるよ!」

「そ、そんなん言われても。僕は勝手なことなんてできへんよ。ごめんな宮坂さん」

「ぶー」


 佐藤の後ろ、俺からだと斜め後ろの席に葵ちゃんがいた。そこでも近い席なのだが、彼女にはご不満らしい。


「木之下、よろしくな」

「……よろしく」


 本郷が真後ろの席に座る瞳子ちゃんとあいさつを交わしていた。本郷はいつもの爽やかスマイルだけど、瞳子ちゃんの方は仏頂面でそれを返していた。

 瞳子ちゃんは明らかに態度が悪くなっているけど本郷はそれに気づいていない様子だ。二人の間に何かがあったとかじゃなくて、瞳子ちゃんが一方的に嫌っているだけなのか? モテ男が気に食わないみたいな。いやいや、瞳子ちゃんはそんな表面だけで人を判断する女の子じゃないはずだ。うーむ、わからん。


「赤城さんいいなー。トシくんの後ろの席なんて……」


 葵ちゃんは隣の赤城さんを見ながらそんなことを言う。言われた赤城さんはどや顔になった。無表情のままのはずなのになぜかそう見えてしまった。


「ここの席なら高木を触りたい放題」


 なぜか赤城さんから背中を触られまくっている。どうやら葵ちゃんに自慢したいらしい。子供って他人が羨みそうなことを目の前でやるのが好きだったりするよな。赤城さんがそういうタイプだったとは意外だけど。

 見せつけられる側の葵ちゃんはぐぬぬと悔しがっていた。けっこう赤城さんとも仲が良いよね。微笑ましいやり取りに見える。


「ちょっと! 赤城さん俊成に触り過ぎよ」


 あまりにもぺたぺたと触ってくる赤城さんを見かねてか瞳子ちゃんが注意する。赤城さんは瞳子ちゃんに無表情のまま顔を向けて口を開いた。


「これは高木の後ろの席の特権」

「ぐぬぬ……」


 いやいや別にそこでぐぬぬとしなくてもいいでしょうに。瞳子ちゃんったらとっても悔しそう。

 まあそんなわけで俺の周りはこんな感じで固まった。本郷以外は仲が良い人だ。俺にとっては有意義な席替えだった。


「よーし、席替えも終って早速だが六人一組のグループを作ってもらうぞ」


 騒がしかった空気が落ち着いてきたところで担任の先生がそう声を上げる。どうやら席替えはこの流れのためでもあったようだ。

 そう考えると六人のメンバーはすでに決まっているようなものだった。


「トシくんと同じグループでよかったー」

「まあ文句は言わないでおいてあげようかしら」


 葵ちゃんと瞳子ちゃんはもちろん、赤城さんと佐藤、それに本郷が同じグループとなった。男女比率も半々だしちょうどいいと言えばそうなのかもしれない。


「えー、来週そのグループに分かれて調理実習をするからな。食材はグループのメンバーそれぞれでおつかいして買ってきてもらうぞ」


 調理実習か。前世では小中高と戦力になった覚えがまったくないぞ。

 俺が料理を始めたのは親元を離れて一人暮らしをするようになってからだ。必要に迫られて覚えていったのだ。まあ大したものは作れなかったがな。

 今世ではできるだけ家事を手伝うようにしている。その中には料理のお手伝いも入っていた。

 そういうのもあって前世よりは自信があるのだ。料理のできる男というものをアピールしてやろうじゃないか!

 俺がやる気になっていると、背中をつんつんとつつかれた。振り返ると赤城さんが顔を寄せてくる。


「高木、いっしょにおつかい行かない?」


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