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第75話 夏休みの宿題は女子だけで

【前書き】

同級生の御子柴さんを覚えているだろうか? 今回は彼女視点です。



 夏休み。小川さんに宿題をいっしょにしようと誘われた。

 自転車に乗って小川さんの家に行った。外は暑いけど風が気持ち良い。

 インターホンを押すと、ドタドタと足音を立てて小川さんが出迎えてくれる。


「みこりんいらっしゃーい。みんなもう来てるよ」

「みんな?」


 他に誰か来ているのかな。全然聞いてないんだけど。小川さんってそういうところがあるよね。

 中に上がらせてもらって彼女の部屋へと行く。ドアを開けるとクーラーの涼しい風があたしを歓迎してくれる。


「あ、こんにちは御子柴さん」

「御子柴さん久しぶり。暑かったでしょ」


 部屋には宮坂さんと木之下さんがいた。テーブルに課題やノートが広げられている。先に宿題をやっていたみたい。


「……」


 それと赤城さんが部屋の隅っこで漫画を読んでいた。のめり込んでいるのかあたしが来たのも気づいてないみたいだった。


「おーい、みこりんが来たよー。あかちゃーん?」


 そんな赤城さんに小川さんが声をかける。それでも顔を挙げないからと小川さんは漫画との間に自分の顔を割り込ませる。


「……何?」


 うわぁ……赤城さん不機嫌そうだ。

 小川さんは構わない様子で笑いながらもう一度言った。


「みこりんが来たってば。宿題やろうよ」

「ん」


 赤城さんがこっちを向いた。無表情な顔を向けられるとなんだか緊張しちゃう。


「こんにちは」

「え、えっと、こんにちは。あ、赤城さんも来てたんだ」

「小川に呼ばれたから」


 彼女が素っ気ないって感じるのはあたしだけなのかな? 木之下さんと宮坂さんは赤城さんに対して苦手そうな感じじゃない。小川さんなんかは「あかちゃん」なんて怒られそうなあだ名なんてつけてるし。あたしの「みこりん」もどうかと思うけど。


「えー、みんなに集まってもらったのには深ーい理由があるのです」


 小川さんが改まった調子で言う。たぶん大したことがないんだろうな。


「みんなで宿題見せ合いっこしよう!」

「嫌よ」


 小川さんの提案をすぐさま否定したのは木之下さんだった。はっきり言ってくれるところがやっぱりすごい。


「なんでよー。宿題見せ合いっこした方が早く終わるでしょ」

「それじゃあ自分のためにならないわ。わからないところがあったら教えてあげるから、ちゃんと自分でやりなさい」


 こうきっぱりと言われてしまうと反論できないみたいで、小川さんは渋々だけど木之下さんの言う通り自分でやろうって気になってくれた。

 あたしもテーブルに宿題を並べる。そろそろ七月が終わりそうなんだけど、まだほとんど手をつけていなかったりする。あまり人のことは言えない有り様だ。


「この『夏休みの友』ってネーミングはどうかと思うよねー。夏休み限定で友達面しないでほしいわ。私にとっては『友』ってより『敵』の方が正しいかな」


 いろんな人にどうかと思うようなあだ名をつける小川さんが何か言っている。宮坂さんが律儀に「だねー」と相槌を打っていた。


「で? 美穂はまた漫画を取ってどうするつもりなのかしら?」

「読書感想文の題材にと思って」

「漫画はダメに決まってるでしょ!」


 赤城さんが手に取った漫画を木之下さんに取り上げられていた。無表情なのにしゅんとしたのがわかってしまう。


「そんなに読みたいなら貸してあげるよ」

「本当?」

「うん。でもあかちゃんが恋愛漫画に興味があったなんて意外かも」


 読んでたのって恋愛ものだったんだ。赤城さんそういうのは興味ないと思ってたから確かに意外かも。


「参考にと思って」


 恋愛漫画で参考? さすがに恋愛ものみたいな展開は現実には起こらないと思うんだけど。


「はいはい、いいから早く勉強するわよ」


 パンパンと手を叩いて木之下さんが言った。ちなみに彼女はすでに夏休みの友は終わらせているらしかった。それどころか自由研究や読書感想文などの面倒なものまでもう終わらせている。さすが木之下さん。

 みんなでテーブルを囲んで宿題に取り掛かる。宮坂さんと赤城さんはほとんど終わらせているみたいだし、木之下さんなんて各教科の復習をしている。あたしと小川さんだけがひーひーしていた。


「もう疲れたー。難しいよー。終わらないー」

「まだ始まって三十分じゃない。見せて、教えてあげるから」


 泣きごとを口にする小川さんの面倒を見る木之下さん。優しい。あたしも教えてもらえないかな。

 小川さんみたいにそんなことができたら苦労はしないわけで。あたしはわからなかったら教科書を確認しながら進めていく。


「ふぅ、終わったー」

「あたしも」


 さらに三十分経つと、宮坂さんと赤城さんが夏休みの友を終わらせた。毎日計画的にやってた結果なのだろう。それがわかっていながらなかなか手をつけられなかった自分がいた。


「御子柴さん、わからないところはない?」


 算数で公式がわからなくて手が止まっていると、木之下さんが声をかけてくれた。嬉しいな。


「う、うん。ここがちょっとわからなくて」

「そこはね――」


 丁寧に教えてもらえた。木之下さんって先生に向いているんじゃないかな。授業よりもわかりやすく感じる。


「つーかーれーたー! そろそろ休憩しようよ」


 さらに三十分後。小川さんがテーブルに突っ伏した。邪魔になってみんなの手が止まる。


「そうだね。真奈美ちゃんの言う通り休憩しよっか」


 宮坂さんが時計を確認しながら賛成する。あたしも疲れてきたしちょうど良かった。


「よし、じゃあ私飲み物持ってくるね」


 さっきまでの疲れた様子はなかったかのようにきびきびと動いて部屋を出て行く小川さん。


「続きはっと……」


 赤城さんは断りもなく漫画の続きを読み始めていた。彼女の雰囲気はちょっと苦手だなぁ。

 でも、今日は木之下さんがいてくれて良かった。できればもっとお話したかったんだけど、学校ではなかなかそのタイミングがなかったから。


「美穂、何読んでいるのよ?」

「これ」


 木之下さんに顔を向けると、彼女は赤城さんに話しかけていた。赤城さんは漫画の表紙を見せて応じる。あたしも読んだことのあるタイトルだった。

 木之下さんが赤城さんと仲良くしているのは知っていた。ちょっと人付き合いが苦手な子を気遣ってくれる優しい女の子だからそれは不思議じゃなかった。

 でも、下の名前で呼ぶくらい仲が良かったっけ? その事実がなんだか変な気持にさせられる。


「御子柴さん」

「あ、宮坂さん」


 気づいたら宮坂さんが隣にいた。木之下さんと唯一張り合えるほどのかわいさがあたしの前で主張してくる。

 そのかわいさに当てられてちょっとだけドキドキしてしまう。彼女は男子からの人気がすごいし、なんだか緊張させられる。


「夏休みはどこか出かけたの?」

「う、うん。家族と水族館に行ったよ」

「水族館かぁ。いいなー。イルカさんいた?」

「うん。イルカショーやってたよ」


 宮坂さんに柔らかい雰囲気で笑いかけられる。その笑顔にドキリとさせられる。かわいいって得だ。

 宮坂さんの柔らかい雰囲気のおかげかスラスラと言葉が出てくれた。彼女は聞き上手だ。話をしていると段々と楽しくなってくる。


「誰でもいいから開けてー」


 ドアの向こう側から小川さんの声が聞こえた。飲み物を持ってくるって言ってたし手が塞がっているのかな。あたしが立ち上がろうとする前に宮坂さんがドアを開けていた。


「あおっちありがとー。ほらほらテーブルの上片付けて。お盆置くよー」


 人数分のジュースをお盆に乗せていた。それぞれの勉強道具を片づけるとテーブルの上にお盆が置かれる。

 みんなジュースに口をつけて喉を潤す。アップルジュースだった。家では麦茶ばっかりだったから美味しい。


「八月は林間学校があるよね。せっかくだったら夏休みじゃない日にしてほしかったなー」


 小川さんが愚痴るように言った。その意見にはあたしも賛成。


「私は夏休み中にみんなと会えるから嬉しいけど。でも川遊びするから水着がいるんだよね。川で泳いだことがないんだけど泳げるのかな?」

「別に泳がなくてもいいんじゃない? どうせそんなに深いところはないでしょうし」


 そうだ。林間学校の持ち物欄には水着があったんだった。

 水泳の授業でもないのに水着姿になるのは嫌だな。男子は宮坂さんや木之下さんばかり見るってわかっていても、嫌なものは嫌だった。


「水泳っていえばさ、きのぴーってなんかの水泳の大会に出たんでしょ? 結果はどうだったの?」

「え、大会に出たの? すごいね!」


 あたしは興奮気味に身を乗り出す。そんなあたしとは対照的に、木之下さんは暗い顔になっていた。


「……二位だったわ」

「へぇー、すごいじゃん」


 あたしもすごいって思う。だけど木之下さんはそうは思わなかったみたい。


「すごくないわよ。せっかく俊成が大きな声で応援してくれたのに負けちゃった……」


 木之下さんにとっては誰かに負けたということ自体が悔しかったみたい。それに高木くん。彼の前で良いところを見せたかったに違いない。

 それでも二位ってすごいと思うけどな。あたしと彼女では目標の高さが全然違うんだろう。

 小学生で最後の大会だったらしく、木之下さんはこれを機に水泳を引退したと言った。あたしから見れば勿体ないって思うんだけど、木之下さんはスッキリとした表情をしていたので何も言えなかった。

 代わりに塾に通い始めたのだそうだ。木之下さん頭良いのにまだ勉強するんだ。感心したけどマネはできそうにない。


「それにしてもきのぴーにとって高木くんは偉大だねー。あおっちにとってもか」


 小川さんの言葉に木之下さんは恥ずかしがることもなく「まあね」と認めた。宮坂さんなんて嬉しそうに笑っているし。なんかすごい。


「あー、あおっちときのぴー見てたら私も恋愛してみたくなっちゃうなー」


 恋愛かぁ……。六年生にもなったら女子の間で恋愛の話が盛り上がる。あたしはなかなかついていけないんだけどね。


「あかちゃんとみこりんもそう思うでしょ?」

「そ、そうだね」


 急に振られてびっくりしてしまう。対して赤城さんはマイペースに漫画を読んでいて返事をしない。小川さんが彼女に近づくと「あたしは充分」と返事した。聞いていなかったわけじゃないんだ。


「え、充分ってどういうことよ? なんか浮いた話でもあったわけ? ほれほれ言ってみー」


 興味津々の小川さんから追及が始まった。あたしもちょっと気になるかも。そう思って待っていると、木之下さんが止めに入った。


「はいはい、それより自分はどうなのよ? 誰か気になる人とかいないわけ?」

「私? うーん……」


 言われて小川さんは腕を組んで考え始めた。男女問わず友達が多い彼女。出会いは多いように思える。


「同級生の男子とかガキっぽいのばっかりだしなー。男子っていつになったら大人になるのかなって思ったらあんまり気になる人とかって少ないんだよね」


 それはわかる。なんか男子って騒いでいる人ばっかりだからそんなにかっこ良いって思える人っていないかも。

 女子の間では本郷くんが一番人気があるんだけど。確かに顔だけならアイドルみたいだからわからなくもない。でもやっぱりあたしは苦手。木之下さんのおかげで克服はできたけどね。


「いないとは言わないのね」


 木之下さんの目が細まる。その目が面白いと言っているように見えた。


「いや別に深い意味はないよ。ほんとに。まあ同級生の中でちゃんとしてくれそうなのは佐藤くんかなって思っただけ」


「あー」とあたし達は納得の声を上げる。


「確かに佐藤くんって優しいよね」


 宮坂さんが言う。高木くん以外の男子も褒めるんだ。


「まあ、良い人ではあるわね」


 木之下さんも頷く。高木くん以外の男子もちゃんと評価するんだ。


「佐藤は、いじると楽しい」

「それ! まさにそれよあかちゃん!」


 赤城さんの言葉に小川さんが大きく反応した。それって恋とは違うんじゃないの?


「佐藤くんの困ってる顔ってなんかいいのよねー。こういじめたくなるって言うの?」

「いや、いじめちゃダメでしょ」

「わかってるってば。そういうんじゃなくてさ、なんかこう構ってやりたくなるのよ」


 なんだろう。ペットを構って上げたくなるような感覚なのかな。犬を飼っているからそういう気持ちならわからなくもないかも。

 でも、あたしも男子の中なら佐藤くんがいいかな。彼ならあたしにも気遣ってくれそうだし。

 そういう意味なら高木くんも同様だ。彼は佐藤くんと違って頼り甲斐もある。もしまたいじめられるようなことがあっても高木くんなら助けてくれるだろう。

 でも、と。あたしは木之下さんと宮坂さんを見る。

 こんなにすごい二人の女の子に好かれているのだ。あたしが入っていける隙間なんてない。それが見るだけでわかるからこそ、高木くんに対して恋心なんてものを抱かなかったのだと思う。


「みこりんはどう? 好きな男の子とかいたりする?」

「あ、あたし? 特にはいないけど……」

「じゃあ好きなタイプとか。どんな人なら付き合いたいのかってある?」


 好きなタイプか……。少しだけ考えて、つい口に出してしまった。


「……木之下さんみたいな人、とか」


 はっとした時には場が固まってしまっていた。慌てて取り繕う。


「え、えっと変な意味じゃなくてね! 木之下さんみたいな強くて優しい人がいいかなって思っただけで……ただそれだけだからっ」


 顔が熱い。クーラーが利いているはずなのに体が熱ってきているみたい。


「あー、それはわかるかも。きのぴーってもし男子だったらものすごくかっこ良さそうだもんね。なんていうかモテそう」

「え、そうかしら?」

「そうだよー。私きのぴーとなら恋愛できそう」

「やめなさいってば」


 じゃれつくように小川さんが木之下さんに抱きつく。固まった空気がなかったことになったみたいで、安心してあたしは息をつく。

 それからは男子の評論会が始まった。あたしも含めてみんなシビアな評価をしていく。とても楽しかった。


「いい時間だからそろそろ帰るね」


 宮坂さんがそう切り出したので時計に目を向ける。外は明るいけれど、確かに家に帰らないといけない時間だった。夏は日が暮れるのが遅いから気をつけないとついつい遅くなっちゃう。


「小川、この漫画何巻まであるの?」

「それちょっと長いんだよねー。あかちゃんの鞄に入るとは思うんだけど」


 小川さんは赤城さんが読んでいたタイトルの漫画を本棚から抜き出している。赤城さんってけっこう漫画好きなのかな? こ、今度思いきって話しかけてみようかな。

 帰り支度を済ませてみんなで玄関へと向かう。


「バイバイ真奈美ちゃん」

「またね」


 宮坂さんと赤城さんが家を出る。外に出た瞬間二人は揃って「暑いー」と口にしていた。


「小川さん、ちゃんと夏休みの宿題は計画立ててやるのよ。ギリギリになって見せてくれっていうのはなしだからね」


 木之下さんが釘を刺す。あたしにとっても耳の痛い内容だ。


「あ、あのさきのぴー……」


 小川さんが珍しくしおらしい口調になる。あたしは何事かと思って足を止めた。


「私達ってそれなりに長い付き合いになるじゃない? 仲良い方だと思うしさ」

「そうね。いきなりどうしたのよ?」

「い、いやだからさっ」


 小川さんは夕日に負けないくらい顔を赤くしながら言った。


「真奈美、って呼んでほしくて……」


 木之下さんが目を丸くする。小川さんは慌てて続けた。


「いやだっていつの間にかあかちゃんのこと下の名前で呼んでるしさ。そしたら私もそんな風に呼ばれたくなったっていうか。だからえっと……」


 わたわたとする小川さんに、木之下さんは微笑む。


「わかったわよ真奈美」

「え?」

「呆けてるんじゃないわよ。そんな顔するならもう呼ばないわ」

「待ってまって! も、もう一回呼んでくれないかな」

「……真奈美」


 小川さんはガッツポーズを決めた。顔がだらしなく緩んでしまっている。


「あ、あたしもっ」


 それがとても羨ましくて。あたしは声を上げていた。


「あたしも木之下さんともっと仲良くしたいし。……楓って呼んでほしい、かな」


 今までの人生で一番勇気を振り絞ったかもしれない。それくらい心臓がバクバクと聞かれてしまうんじゃないかってくらい鳴っていた。

 木之下さんがあたしの方に体を向ける。正面から見る微笑みが綺麗だった。


「楓。あたしも瞳子でいいわよ」

「う、うん。……と、瞳子ちゃん」


 今日は来て本当に良かったと思う。小学生最後の夏休みはとても良いものになりそうだと確信できた。

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