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第84話 あくまで夢の話

【前書き】

瞳子ちゃん視点です。



 少女は一人だった。

 きらめく銀髪は誰もが目を奪われ、サファイアのような青い瞳は誰もが目を惹きつけられた。

 妖精じみた美少女。それでも少女の周りには人が集まらなかった。

 少女はその容姿に反して攻撃的だった。目つきは常に厳しく、近づこうとする者達を躊躇させた。

 それは少女の防衛本能だ。

 その珍しくも美しい容姿からか、昔からちょっかいをかけてくる者が多かった。少女はそれらに対して不快感で身を硬くし、そして撃退してきた。

 注目はされていた。なのに誰もが見て見ぬフリをした。

 誰も助けてくれないのなら自分でなんとかするしかない。幸い少女には自分自身を守るだけの力と度胸があった。

 身を守るため。そうやって少女は他人を遠ざけてきた。

 年月を重ねるごとに人との間に壁が出来あがっていく。それは段々と厚みを帯びていき、いつしか少女をすっぽりと覆い隠した。

 こうして少女は一人となったのだ。しかし、時折壁の向こう側に目が向いてしまう。

 そこには誰かといっしょにいる者達がいた。嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに。少女から見ても正の感情に彩られているのがわかった。

 眺めていると少女の冷え切ってしまった心でも思ってしまう。

 とても羨ましい、と。



  ※ ※ ※



「はっ……」


 目が覚めて体を起こす。汗をびっしょりかいていて気持ち悪い。


「何よ、まだ夜中の二時じゃない」


 時計を確認するとまだ起きる時間じゃなかった。もう一度眠ろうとして、汗で湿ったパジャマが気になった。

 季節は冬。このまま汗で濡れてしまったパジャマを着たままで寝るのは風邪を引いてしまうかもしれない。

 ベッドから降りる。床に触れた足があたしに寒さを訴えてくる。

 それにしても……。


「……変な夢」


 思わず言葉が零れる。

 なんだかよくわからない夢だった。知らない感情で胸が苦しくなった。何より俊成と葵がいないのに平然としていた自分が不自然で仕方がない。

 なんであたしが一人ぼっちになっている夢を見たのだろう? 何か未来でも指し示す意味でもあったのだろうか。そう考えてしまうのは昨日夢占いの話題で盛り上がったからだろう。それでこんな夢を見てしまったに違いない。

 だからさっさと忘れてしまうべきだ。そもそも夢なんて時間が経てば勝手に忘れてしまうものである。

 なのに、寂しさは消えてくれなくて、ドロドロとしたものが心の中に入ってこようとする感覚があった。


「俊成に会いたい……」


 無性にそう思った。ちゃんと俊成の存在を確かめたい。じゃないとこの変な気持ちが収まってくれそうになかった。

 着替えを済ませてベッドに潜り込む。ぬくもりに包まれたまま、早く朝になりますように、そう思いながら二度目の眠りについた。



  ※ ※ ※



「おはよう瞳子ちゃん」

「おはよう俊成」


 いつものように笑顔であいさつをしてくれる俊成がいた。それだけで寒さで冷えていた体がぽかぽかしてくる。

 やっぱり夢は夢か。思った以上に安心して力が抜けていく。


「どうしたの瞳子ちゃん?」


 あたしの変化に気づいてくれた俊成が心配そうに駆け寄ってくる。嬉しいけれど、これくらいのことで心配させるわけにもいかない。


「そんな心配しなくてもいいわ。ちょっと立ちくらみしただけよ」

「それはそれで気になるんだけど……。体調が悪くなりそうだったらすぐに言ってね」


 俊成はあたしの隣を歩いてくれる。安心感とちょっとした幸福感で満たされていく。近くにいてくれるだけで大丈夫なんだって思えた。

 いつも通りに学校に行って、授業を受けて、休み時間を迎えた。

 俊成の顔を見て夢のことなんてもう気にならなくなったはずなのに。なぜかまだ心の中に残っている感じがした。

 誰かに話したい。じゃないとこの気持ちはすっきりしない気がした。


「変な夢?」

「そうなのよ。俊成と葵がいないのに普通に生活している、そんな夢を見たの」


 まずは葵に夢の内容を話してみることにした。

 葵は黙ってあたしの話を聞いてくれた。聞き終わる頃にはせつなそうな表情に変わっていた。


「なんだか嫌な夢だね」


 嫌な夢。そうかもしれないと、言われてから思った。


「夢の中のあたしはそれが普通だって思っていたのよね。なんだかそれが不思議」

「でも夢ってそんなものじゃない? あり得ないことでも目が覚めるまでそれが夢だって気づかないものだよ」


 言われてみればそうかと納得する。なんであたしはこんなにも気になっているのだろうか?


「私もたまに見るよ。トシくんと瞳子ちゃんが近くにいない夢」

「え? それってどんな?」

「うーんとね……」


 葵は視線を宙に向けて記憶を探る。


「瞳子ちゃんは全然出てこなくってね。トシくんはいるんだけどすごく遠いの。……なんだか赤の他人みたいに」


 寂しそうな目で葵は窓の外を見る。そこからは運動場が広がっていて、たくさんの生徒が遊んでいた。

 そこには俊成の姿もあった。本郷に誘われてサッカーをやっている。あたしも誘われたけど「女の子だけで遊びたい」と言ったらあっさりと引き下がった。

 遠目からでも本郷の速いドリブルについていけているのは俊成だけだった。眺めていると手に力が入る。近くで応援したいな。


「夢の中では私が話しかけてもトシくんは目を逸らすだけなの。嫌だよねそんなの……」

「……そうね」


 考えられない、考えたくない。たとえ夢だとしても俊成にそんな態度を取られたくない。


「あっ、でもそういう夢の時は真奈美ちゃんがいつも近くにいたかも」

「真奈美が?」


 空気を変えるように葵が言う。唐突に出てきた名前に何か意味でもあるのかと勘繰ってしまう。


「なになに? 私のこと呼んだ?」


 自分を呼ばれたと思ったのか真奈美がこっちに近づいてきた。


「真奈美ちゃんが私の夢の中に出てくることがあるって話していたの」

「えー? あおっちったら私のこと好き過ぎなんじゃないの」


 嬉しそうね真奈美。表情がふやけているわよ。


「トシくんよりも真奈美ちゃんが私の近くにいるのって変な夢だよねって思っていたの」

「そ、そう……」


 葵の笑顔とともに放たれた言葉に真奈美は顔を引きつらせる。けれどもう慣れてしまったのか、肩をすくめるだけだった。


「まあいいけどね。あおっちときのぴーが高木くんのこと好き過ぎるのは今に始まったことじゃないし」


 真奈美はやれやれとかぶりを振る。まあ反論はしないけれどね。


「高木がどうかした?」


 今度は美穂が反応する。無表情のまま首をかしげるので話していたことを教える。


「夢の中に出ないって……、そういうこともあるんじゃないの?」

「まあ、そうなんだけどね。なぜか気になっちゃって」


 このもやもやした気持ちは自分でも説明できない。なのにどうしても心が不安になってしまって仕方がないのだ。


「別に毎回出ないわけじゃないんでしょ?」

「そう、なんだけどね……」


 むしろ夢の記憶が残っていた時はほとんど俊成が登場している。今回の夢は本当に珍しいのだ。

 あたしの反応の悪さに美穂が顎に手を当てて頷く。


「なら高木の写真でも枕の下に敷いてみたらいいと思う」

「それ聞いたことあるー! 枕の下に好きな人の写真とか名前を書いた紙を敷いておくとその対象の夢が見られるんでしょっ。私もそれ試してみてさー、スイーツの写真を敷いて寝たことあるよー」


 真奈美……、それ好きな人じゃないから……。お菓子に囲まれた夢だなんてそれはそれで夢があるけれど。

 それから葵。ちゃっかりとメモしているの見えているんだからね。早速今夜から試すつもりでしょ。


「そういえば、好きな人が夢に出てこないのは悪い意味ばかりじゃないって聞いたことがある」


 思い出したかのように美穂は言う。あたし達は耳を傾けた。


「夢に出ないのは現実での関係が順調だからとか。それに出たのに冷たい態度とか素っ気ない態度なんてのも、現実での関係が好転するサインだったかな」

「美穂ちゃん、それ本当?」

「……確かそう聞いたような、気がする」


 葵が前のめりになって美穂に詰め寄る。夢の中とはいえ俊成に素っ気ない態度を取られて相当不安だったみたい。人のこと言えないけれど……。

 美穂の言ったことを信じるのなら、あたしと俊成の関係は順調ってことよね。うん、きっとそのサインだったのね。絶対そうよ。


「あとさー、見たい夢を見るためのおまじないに戻るんだけどさ。パジャマを裏返しにして寝ると確率が上がるって聞いたことあるよ」

「そうなの?」

「あー、きのぴー信じてないな。この私が試しましたとも。写真を枕の下に敷くだけじゃ見られなかったけどね、なんとパジャマを裏返しにしたら念願だったスイーツに囲まれる夢を見られたんだから!」


 真奈美は体験談を交えてどれだけ効果が出るかと熱弁する。ほとんど「スイーツは女の夢!」てばかりだった。わかったわかった。

 葵はそれもメモしていた。今夜の葵は俊成の写真を枕の下に敷いて裏返しにしたパジャマを着て眠りにつくのだろう。


「盛り上がっているみたいだけど、みんな何を話してるの?」


 いきなりの俊成の出現に驚きで固まってしまう。どうやら休み時間の終わりが近いから教室に戻ってきたようだ。


「高木が夢に出なくて――もがっ」

「え、俺?」

「な、なんでもないわよ!」


 余計なことを口にしようとする美穂の口を塞ぐ。俊成本人に言うのは恥ずかしいじゃないっ。


「占い……。そう! 私達占いをしていたの! トシくんも占ってあげようか?」

「へぇー、占いか。女子はそういうの好きだよね」


 葵が上手いこと話を逸らしてくれた。さすがは葵。大事なところで機転を利かせてくれる。

 即興で葵が俊成を占ってくれたおかげで誤魔化せたみたい。安堵の息を零す。

 でも、みんなに話したおかげでだいぶ気持ちが楽になっていた。

 夢は夢。あくまでも夢の中での出来事でしかない。

 今この現実のあたしとは違っていて、きっと俊成も違う。ただの記憶のつぎはぎと考えてしまえば、変な夢を見たところで思い悩む必要もないのかもしれない。

 ただまあ、今夜は良い夢が見られるようにと願う。だからちょっとだけ、ちょっとだけおまじないを試してもいいかなと、そう思った。

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