広くもないアパートの一室に女三人が集まっていた。男一人だけだと肩身が狭いな。……部屋の主は俺なんですけどね。
「「「……」」」
いや、男が俺だけじゃなかったとしても居たたまれなかっただろう。それほどに部屋の空気が緊張で張りつめていた。
氷室は顔を強張らせているし、白鳥は目を細めて警戒を表していた。
対するエリカはこの張りつめた緊張を上品な笑顔で受け流しているように見える。しかし、この場で一番の圧を放っている者こそ彼女であった。
「こちらは小山エリカさんです。で、制服でわかるかもしれませんが、こちらは俺と同じ学校の同級生の白鳥日葵さんと氷室羽彩さんです」
「晃生ー? 何そのかしこまった態度。そのエリカさん? は、晃生にとってどういう関係なわけ?」
「うっ……」
セフレです。なんて言えるはずがない。さて、どうしたものか……。
俺はエリカをチラリと見やる。視線に「なんで連絡もせずに勝手に来たんだよ」と恨み節を込めておいた。
エリカはうんと頷いて、ニコッと笑いながら口を開く。
「私は晃生くんの生活をお手伝いに来たお姉さんというところかな。彼、放っていたらまともにご飯を食べられるか心配だもの」
「飯くらいは自分で作れるっての」
「「「えっ!?」」」
ぼそっと反論すると、女子三人の声が重なった。揃って信じられないって顔してんじゃねえよ。
「晃生って料理とかできんの?」
「バカにするな。野菜炒めとか……。あとはスクランブルエッグとか目玉焼きとか、卵かけご飯とかカップラーメンとか……」
「カップラーメンは料理じゃないって!」
氷室にツッコまれてしまった。いや、お湯の調節や食べるタイミングで味がちょっと違うもんなんだよ?
「ていうか卵好きなの? いや、卵かけご飯も全然料理じゃないんだけどさ」
「困った時は卵かけご飯だ。冷蔵庫にものがない時でも、米と卵と醤油はあるからな。それもない時はカップラーメンだ」
「確かに……。晃生の食生活って心配かも」
氷室はがっくりと肩を落とす。べ、別に毎日カップ麺を食べているわけじゃないぞ?
「でもまあ、これでわかっただろ。エリカは俺の身の回りの世話をしてくれてんだ」
せっかくエリカが誤魔化してくれているので、全力でのっからせてもらう。
「エリカ、いつも俺の世話をしてくれてありがとう」
俺は頭を深く下げる。この間スッキリさせてもらった礼を多分に込めておいた。
「そうなんだ……。エリカさん、変な態度取ってすいません。晃生のこと面倒見てくれてありがとうございます」
「なんでお前が礼を言うんだよ?」
「だって、晃生が世話になったんだもん」
だから理由になってないって。頭を下げて垂れた金髪のサイドテールをべしべしと軽く叩く。氷室は頭を振って、逆に俺の手をサイドテールを使って攻撃してきた。くすぐってぇ。
「まあっ、晃生くんは氷室ちゃんとラブラブなんだね」
「ラブ……っ!?」
氷室の顔がぼんっ、と一気に真っ赤になった。
「おいおい、からかってやるなよ。思春期の俺たちはそういう話題に耐性がないんだからさ」
「からかうつもりはなかったよ? ねえ白鳥ちゃん」
「……」
白鳥はだんまりを決め込んでいた。ずっとエリカを警戒しているって感じだ。
エリカは気づいているのかいないのか、笑顔のまま小首をかしげる。
「白鳥ちゃんどうしたの? そんなに見つめられたら私照れちゃうよ」
「小山さん……。今日は何をしに郷田くんの家に来たんですか?」
「ん? 晃生くんの生活のお手伝いをしに来たと言ったつもりだけど」
エリカがさらに首をかしげる。そんなに首を傾けて大丈夫か?
「それを信じると、本気で思っていますか?」
「んー……」
エリカが困ったように、けれど意味ありげな視線を俺に送る。「本当のこと言っても良い?」と聞かれているようで、少し迷った。
エリカが俺のセフレだと知られれば、白鳥と氷室から女の敵だと認識されてしまうだろう。
だが、それは偽りようのない事実だ。心の奥底に眠る郷田晃生を目覚めさせないためにも、俺はこれからもエリカとの関係を続けていく。完全に関係を切ってしまうならともかく、そうやってエリカを利用していくのに、隠し続けるのは難しいと思えた。
氷室は軽蔑するかもしれないが、俺から離れることはないだろう。白鳥は……、野坂のことがあったばかりだし、けっこうショックを受けるかもな。
だがしかし、この場面だけ乗り切っても意味がないのかもしれない。白鳥が俺と仲良くしたって良いことは何もない。彼女の相手が野坂である必要性はもう感じないが、だからって郷田晃生である必要もなかった。
……良いきっかけかもしれないな。中身が変わったとしても、悪役のレッテルが急に消えるわけじゃない。そのことを彼女たちに思い知らせてやろう。
「あんっ」
俺はエリカの肩を抱いて引き寄せた。息を呑む音が聞こえた気がしたが、あえて無視をする。
「そうだ。エリカは家事をしに来ているわけじゃねえ。俺の身体の世話をしてもらってんだよ」
悪役らしく、ニヤリと笑って見せる。二人とも声を上げなかったものの、驚いているのがよくわかる表情だった。
「そう……。やっぱりね」
思ったよりも早く持ち直したのは白鳥だった。
「え、白鳥さん!? やっぱりって……」
「驚くことじゃないわ。氷室さんの方が、私よりも彼がどういう人かわかっていたんじゃないの?」
「そ、それは……」
氷室は顔を俯かせてしまう。
氷室は郷田晃生と一番近い距離にいた女子だ。だからこそ悪行の数々に気づいていたっておかしくない。
原作では郷田晃生の命令に従っていたのが氷室羽彩というキャラだった。けれど今回は違う。勘づいてはいたかもしれないが、決定的な現場を目の当たりにすることはなかったのだ。
だからこそ、俺が彼女でもない女を食う最低男だと知って、抵抗感が生まれているのだろう。
俺は息をつく。これは完全に軽蔑されたな。
まあいい。リセットしただけだ。これから新しく俺として生きていければいい。俺のワガママに、こいつらを付き合わせる必要はないんだ。
……なのになぜだろう? そういう覚悟でエリカとの関係を暴露したはずなのに、胸が痛くて仕方がない。
氷室。ついでに白鳥も。よく考えれば転生してから俺とまともに接してくれたのはこいつらだけだったもんな。
「俺がどういう奴かわかっただろ? だからもう帰れ。これからエリカと、甘い夜を過ごすんだからよ」
「晃生くぅん……」
見せつけるようにエリカに顔を寄せる。彼女も甘い声で大人の色気を放っていた。
妖しい雰囲気に、氷室が臆したのがわかった。白鳥も……も?
「郷田くんがそういう人だってわかり切っていたことだから。それはどうでもいいのよ」
「……は?」
白鳥はあっけらかんとそう言った。むしろ前のめりになって俺たちに顔を近づけているんですけど?
清楚な女の子だと評されているが、やはりピンク頭。ピンク色の空気への耐性を持っているようだった。