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124.その血の運命

 郷田くんと花火を見て、帰宅した後のこと。


「やっっっっったあああああぁぁぁぁぁぁ!!」


 堪えきれずに拳を天に突き上げた。

 らしくない。そう思うけれど、どうしても心から溢れ出る衝動を抑え切れなかった。

 それだけ郷田くんに受け入れてもらえたことが嬉しかったのだ。私がこれまでしてきたことのすべてが報われた気さえしたほどに。


「おめでとうございます夏樹様。夏樹様の想いが報われて、この佐々木も嬉しいです」


 専属執事の佐々木が祝ってくれる。

 思えば佐々木には苦労をかけた。郷田くんのためだと言って、無茶なことをたくさんさせてきたからね。


「ありがとう佐々木。この結果は君のおかげでもある」

「な、夏樹様……。ほ、本当に……うぅ……っ」


 佐々木が泣くものだから、私の目頭も熱くなる。

 郷田くんに受け入れられた。しかも、私を彼の女にしてくれるとの言葉までもらえた。

 本懐を遂げた。そう言ってもいいほどの最高の結果だ。


「夏樹様、今戻りました」

「ああ。ご苦労だったねさなえくん。郷田くんたちをちゃんと家に送り届けたんだろうね?」

「はい。晃生く……彼も、アパートに帰りました」

「そうか。ありがとう」


 郷田くんが親に抱くわだかまりが消えたわけではないだろう。

 それでも、彼一人で生きていくのはまだ難しい。今は少しでも折り合いをつけられたことに安堵したい。

 私が郷田くんのすべての面倒を見てもいいのだけど……。さすがに彼の父親、郷田会長が黙っていないだろう。

 無関心なようで、我が子に執着しているようでもある。守るだけならともかく、私が郷田くんを保護するなんて行動に出れば、それこそ何をされるかわかったものではない。


「あの人は郷田くんをどうしたいんだろうね……」

「夏樹様?」

「なんでもない、気にしないでくれ」


 郷田くんは気づいていないようだけれど、会長は想像以上に彼のことをよく見ている。

 私よりも先に郷田くんの変化に気づいていたからね。一体どんな目を持っているのやら……。

 それに、もし私が郷田くんを守らなければ、彼が不祥事を起こす度に別の大きな犠牲を出していたかもしれない。それだけの準備が用意されていたことを知って、さすがの私も驚きを隠し切れなかった。


「まあ、今となっては関係ないけれどね」


 私と郷田くんは結ばれる。彼が認めてくれた時点で、私が郷田くんを幸せにすると確約したようなものだ。

 私との婚約は、郷田会長も望むところだろう。となれば、この話がまとまれば郷田くんが執着される理由もなくなるはずだ。

 そう、郷田くんが私に手を出して、無茶苦茶にしてさえくれれば……。


「はあぁ~♡ 郷田くんはいつ私を抱いてくれるだろうか。彼に使い潰される自分を想像するだけで……♡ おっと、はしたなかったね」


 目を向ければ、佐々木は歯を食いしばり拳を固く握りしめていた。悔しそうに表情を歪ませているようにも見えるが、主が他の男のものになるという背徳感に興奮しているようでもあった。

 さなえくんに至っては顔を逸らして耳まで真っ赤になっている。子持ちとは思えないほどの初々しさに、無意識で口の端を持ち上げてしまう。


「晃生くん……てっきり夏樹様をすぐに抱くものかと思っていたのに……。私の時とはまた違うのかしら……?」

「さなえくん? 何か言ったかな」

「いいえ! なんでもございません!」

「そ、そうかい?」


 少し様子がおかしいと感じたが……。元から大げさなところがあるし、いつもと変わらないか。

 そんなことよりもこれからのことだよ! 郷田くんの女になれたということは、もっと彼に尽くせるのと同義だ。これからの明るい未来が楽しみだよ……♡


「ど、どうしましょう……。夏樹様よりも先に晃生くんに抱かれたなんて、さすがに言えないわよね……」


 私は将来の自分を想像して、うっとりと夢見心地になっていた。

 この時の私は、幼い頃からの夢が叶って本気で浮かれていた。言葉を選ばなければバカになっていた。

 ……だからこそ、自分の失敗に気づけなかったのだ。



  ◆ ◆ ◆



 夏休みが終わった。

 今日から二学期である。原作漫画では主人公に白鳥日葵が完全に堕ちたところを見せつけて、郷田晃生が次の獲物を探す時期でもある。


「まあ、その獲物とやらはすでに俺の女なんだけどな」

「アキくん、どうしましたか?」

「いや、なんでもねえ」


 原作で二人目に寝取られるヒロイン、黒羽梨乃が俺に擦り寄ってくる。

 彼女だけではなく、本来はサブヒロインの氷室羽彩も俺の女。モブ扱いだった小山エリカや、原作未登場の黒羽さなえでさえも俺の女だ。

 そして、三人目に寝取られるはずだった音無夏樹も俺の女になった。まだ肌を重ねてはいねえけどな。


「晃生ー? なんか鼻の下伸ばしてない?」

「んなこたねえよ」

「あ……」


 俺の顔を覗き込んでくる羽彩を抱き寄せる。

 すると可愛らしくぽっと頬を染めてくれる。完全に俺の女の反応をしていた。従順で可愛い金髪ギャルである。


「えぇーっ! 羽彩ちゃんばっかりずるいわよ。晃生くん、私はいつでも人気のない場所に連れ込まれる準備はできているわ」


 日葵が「ほらほらー」とせがむように両手を広げる。この淫乱ピンクは……。


「情緒ってもんをちょっとは考えろよな。ったく、仕方がねえ女だ」

「そうやって私に甘い晃生くんが大好きよ♡」

「あ、晃生はアタシにだって優しいし……♡」

「アキくんは優しいだけじゃないですよ。力強くて激しいところも素敵です♡」


 俺の女たちは、俺を好きでいてくれる。

 原作のように寝取らずとも、こんなにも幸せな関係を築けている。

 自分自身を乱暴者だと決めつけなくても、そう振る舞おうとしなくてもいいんだ。自分が嫌われているなんて決めつけるのは傲慢だ。

 俺が傷ついたら心配してくれる人がいる。慰めようと、心を癒やそうとしてくれる。

 だから、無理に自分を作らなくてもいいんだ。


「お前ら……授業が始まる前に、空き教室で軽くスッキリしておくか」


 まあ、ちょっとだけ心持ちが変わろうとも。こいつらと身体を重ねてスッキリするのが大好きなことに変わりないんだけどな。


「お兄ちゃん!」

「あん?」


 学校の廊下を歩いていると、俺たちの前に小柄な女子が立ち塞がった。

 見かけない顔だ。鮮やかな赤い髪。それをツインテールにしているものだから、高校生とは思えないほど幼く見える。

 可愛らしい顔をしている。だが、美人は俺の女たちで見飽きている。とくに心を動かす理由になり得なかった。

 だから、俺が足を止めたのは別の理由だ。


「あの子、晃生のこと見てお兄ちゃんって言った?」


 羽彩が困惑した声を漏らす。

 俺も困惑していた。原作で見たことのないキャラなのもあるが、郷田晃生に妹がいるなんて情報を知らなかったから。


「お兄ちゃんっ……会いたかった!」


 何かの間違いだろうか。そう頭を整理する暇すら与えてもらえず、少女は赤いツインテールをなびかせながら、体当たりする勢いで俺に抱きついてきた。


「おおっ!?」


 小柄な体躯に似合わず、けっこうな衝撃。この力強さは郷田晃生の血を感じる。


「お前……」

「初めましてお兄ちゃんっ。わたしは郷田ごうだ伊織いおり。晃生お兄ちゃんの妹だよっ」


 年下らしく、元気いっぱい。俺を見上げる彼女は、可愛らしく笑っていた。


「そして──」

「っ!?」


 背中に回された腕の力が、信じられないほど強くなる。


「お兄ちゃんを後継者候補から脱落させに来たの……。それが、わたしの役目だから♪」


 俺の妹と名乗る女。可愛らしいはずの笑顔に威圧されて、冷たい汗が背中を流れたのであった。

 原作は、とっくに崩壊している。エロ漫画の展開とは違った道を辿り始めていた。


 ──二学期が、始まる。


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