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第30話 帰還

 窓の外を見つめ、物思いにふける私の肩に手が置かれた。ネフィだろうと思って、何気なく振り向く。


「ネフィ? どうかし、た……」


 いつもの目線で見たものは、繊細な刺繍が施された軍服。逞しいその胸元には、王族を示す獅子の紋章が輝いていた。一瞬、陛下が訪ねていらっしゃったのかと思ったけれど、軍服なのはおかしい。


 まさか。


 痛いくらいに速度を速める心臓を押さえ、ゆっくりと視線を上げていくと、ゆるく波打つ金の髪と、紫の瞳が私を見つめている。


「……殿下……?」


 身長がかなり違うけれど、それは紛れもなく殿下のお顔で。


 私は夢でも見ているのだろうか。試しに頬をつねってみる。


「……痛い……夢、じゃない? 本当に……?」


 呆ける私に、その人はとうとう吹き出した。


「うん、夢じゃないよ。リージュ、会いたかった」


 そっと腕を伸ばし、私の頬に触れ優しく撫でる指は、節の目立つ男性のもので。柔らかかった掌も、この一年の間、剣を握っていたからか、厚みを増して少し硬い。でも、その触り方は確かに殿下だ。


 疑問が確信へと変わっていくと、視界が滲んでくる。


「殿下、殿下……!」


 胸元にすがり、泣きつく私の頭を撫でてくれる殿下も、少し声が震えていた。


「リージュ、待たせてごめんね。やっと片が付いたよ。宰相は打ち取った。アックティカも、しばらくは大人しくしているはずだ。雇っていた傭兵がほとんど離脱して、壊滅状態だからね。宰相が戦死して、資金繰りが大変なんだろう。元々、貧しい国だから」


 落ち着かせようとしてくれているのか、ゆっくりとした口調で戦の結末を話してくれる。その声は、一年前より少し低くて、掠れていた。


「殿下、お声が……大丈夫ですか? お疲れでしたら私の事よりも、お休みになってください。一年も戦場にいらっしゃったのですから」


 それでも殿下は首を振り、背中に腕腕を回して私を抱きしめる。男の人って、たった一年でこんなにも変わるのか。まだ十四歳なのに身長も私を優に超え、頭一つ分高い。すっぽりと殿下の腕に包まれた私は、呑気にそんな事を考えていた。


「休んでなんかいられないよ。リージュが足りなくて死にそう。補充させて」


 いうが早いか、顔を上向かせると唇に噛みつくように口づけた。殿下との口づけは初めてではない。でも、これは。


「ん、ぁ……んっ」


 熱い舌が口内を蹂躙し、何度も唇を吸われる。甘い痺れが全身を駆け巡り、眩暈めまいがしそうだ。下腹部の疼きを持て余し、どうすればいいのか分からない。何とか逃れようとするけれど、それでも殿下は、この一年を埋めるように私を求めた。私だって、それは同じ。できるならこのままと流されそうになる。


 でも、展開の速さに追いついていけない。だって、まさか殿下が急に帰ってくるなんて思っていなかったんですもの。まだ突然の再会に戸惑っているのに、心の準備なんてできているはずもなかった。


 胸板を叩いて抵抗するも、殿下は止まってくれない。徐々に力が抜けていき、なされるがままになってしまった。殿下は気をよくしたのか、更に深く口づける。みだらな水音が脳にまで響くようで、立っているのもやっとだ。


 腰が砕けそうになるのを、殿下が片腕で支える。その力強さは私の知らないもので、嫌でも男性として意識してしまう。一年前の幼い殿下も勿論そうだったけれど、今はそれ以上だ。まるで食べられてしまうかのような感覚は、少しの恐怖心も呼び起こす。


 殿下は満足したのか、やっと解放されると銀糸が伝った。それを舐めとり、殿下がうっそりと呟く。


「リージュ、甘い……どうしよ、我慢できないかも」


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