暇ですわ。
空を静かに揺蕩う雲。そんな雲を押す健気な風、そしてわたくし達を見守る太陽……彼らと心を通わせ、和もうと思いこんなところまできましたが、暇でしょーがないですわ。今日は休みだから学校もありませんし。
わたくしの名前は犬前灯華、理想の青春を追い求め邁進し続ける24歳の乙女ですの。
「犬前高校、ファイオッ!!ファイオッ!!!ファイオッ!!!!」
こういう熱い青春もやはりいいのですけれど、もっとわたくし好みの青春はありませんかね。
「お前ら、もっと気合入れろぉぉ!!!!」
「オォォォッス!!」
「ラーブ!!!」
校庭で熱い汗を流しながら運動をする部員たちを暖かい目で眺めながら体をぐいぃーっと伸ばしました…さて、何をしましょうかし………
ってちょっと待って。今最後変な掛け声が聞こえたような……
もう一度校庭を見てみると運動部員の中に絹のように真っ白い髪をポニーテールにして、たった一人で走っている少女がいました。
「詠史さーん!ラーブ!!ラーブ!!!ラーーーブ!!!!」
驚くほどに整ったその顔と、驚嘆する掛け声の内容………ああ、思い出しましたわ。この前出会って和倉君と波園さんと一緒にいた初川真絹さんですわ……あの時はほとんどしゃべってなかったんでしたっけね。
「にしてもあの活動はなんなんですの?」
体操服を着て走っている様子だけを見れば普通の運動部員のランニングにも見えますが。
「詠史さーん!ラーブ!!ラーブ!!!ラーーーブ!!!!」
まぁあんな掛け声を必要とする部活はわたくしの知る限りこの犬前高校はもちろん、世界のどこを探してもないでしょう……
周りで走っている他の人、奇異の目で見てますわね…しかし、わたくしは奇異ではなくもっと純粋な興味の視線を送って差し上げましょう。
「気になりますわね」
感じますわ…青春の香しい匂いが!!
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「この前は詠史さん達がお世話になりました、犬前さん!!」
外で走り回っていた初川さんに「ちょっと和倉君に関するお話があるんですの」と言ったとたんに爽やかだけども、有無を言わさぬ笑みで「場所変えましょうか」と言われましたの。そうしてわたくしの隠し部屋に案内したのですが、来るや否やこの一言ですわ。
「まさかあんなカラクリが仕込まれているとは予想もしませんでしたよ……おかげで詠史さんと離れ離れになってとっても悲しかったです」
「そ…そうですの……すみませんわ」
「いえ、もう昔のことですし良いんです……それで、詠史さんに関するお話と言うのはなんなんでしょうか?」
整った顔をグイっと近づけてわたくしをほとんど睨みつけると言えるレベルで見つめてきましたの。
「まさか………詠史さんに恋をしたとかじゃないですよね………詠史さん同好会会長である私に宣戦布告をするつもりじゃないですよね」
わたくしは音速を超えた速度で首を何度も横に振りましたわ。
「違いますわ、和倉君に恋心なんて一切合切全く持っていませんの。わたくし、年上の男性がタイプですし」
「なぁんだ、だったらいいんです。お恥ずかしい姿をお見せしちゃいましたね」
先ほどまでの彼女はどこに行ったのかと言うくらいに優しく、人懐っこい笑みを浮かべてきましたの……告白放送をする時点で分かっていたつもりでしたけれど、この方、尋常な神経は持っていないようですわね。
「ああ、それだともしかしたら詠史さんに関するお話と言うのは詠史さん同好会に加入したいと言うことですか?」
「すいませんけれど、詠史さん同好会ってなんですの?」
「知らないんですか?活動中にお話をいただけたからてっきりそっちなのかと……ああ、詠史さん同好会と言うのはですね、文字通り詠史さんを慈しむ同好会です!!」
そんな凛とした雰囲気で言われても……内容が全く、意味不ですわ。
「犬前さんはこの学校に私よりも長くいるようですから、当然知っていると思いますが新しい部活を作るには部員が3人以上と顧問が必要なんです……今のところ私以外にメンバーはいないので取り合えず同好会と言う形で活動してるんですよ」
「ああ、そうなんですの。
よろしければ、どうしてその同好会を作ったのか、どんな活動しているのかを教えてくださりませんこと?」
「良いですよ。と言っても、どちらも返答は簡単なものです」
初川さんは綺麗な顔の隣に指を二本立てました。
「詠史さんのことが好きだから同好会を作り、活動内容は詠史さんへの愛を大きくする行動全般です」
「そ…そうなんですのね。ちなみに先ほどの走り込みにはいったい何の意味が?」
「詠史さんに極上の身体を提供するためのシェイプアップ及び、想いを口にすることで自分の気持ちを確認し、さらに大きくするための儀式です。想いを認めると同時に、私の詠史さんへの愛はこんなものではないです!!と想うことでさらに愛が大きくなるんですよ」
「へぇぇ~~~~ですの」
なんという斬新かつ普遍的な理論なんですの……誰もが思いつきそうでありながら思いつかない画期的な方法ですわ……
まぁ、思いついても出来ないって人が大半だと思いますけどね。
でも……この想いはなんですの……?ドキドキして、今まで感じたことのない痺れがきて………ときめいますわ………
ひょっとしてわたくしが求めていたのはこんなぶっ飛んだ青春なのかもしれませんわね。
ゴーフォーブレイクがわたくしのモットー、やらないで後悔するよりやって後悔するのを選ぶのが犬前灯華ですわ!!
「初川さん、よろしければわたくしもメンバーに入れてくださいますか!!??」
初川さんは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったように驚きましたが、すぐに優しく微笑みました。
「もちろんです。共に詠史さん道を究めましょう……ただし」
その笑みが少し邪気のこもったものになりました。
「恋をするのはダメですよ。詠史さんは私と結婚するんですから」
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ふぅぅぅ~~~今日は我ながら思い切ったことをしましたわね。しかし後悔はありませんわ。これからわたくしは新たな青春の道を歩きますの!!!
「さて、そうと決まればギルドメンバーに報告でもしますかね」
パソコンの電源を入れ、ヘッドフォンを装着しようとすると。
「しないのが無難だと思うわよ」
ビクゥゥ!!
「あらごめんなさい、そんなに驚かれるとは思っていなかったの」
初川さんが去ったわたくしの隠し部屋のマッサージチェアに乗っていたのは、バラ色の髪の毛を携えた小さく…しかしわたくしよりも遥かに存在感を放つ少女。
「花染夢邦「止めなさい!!」っ!!??」
鋭い瞳がわたくしの呼吸を止めますわ。
「その名字は嫌いなのよ……初川夢邦、あたしのことはそう呼べって言ったでしょう」
「そ、そうでしたわね………申し訳ございません」
わたくし達犬前家はこの学園の長……しかしながら彼女の家である花染家はそんなわたくし達よりも上の立場にいるんですの………ゆえに頭が上がらない関係なんですわ。
もっとも、そんな立場がないとしてもきっとわたくしは夢邦さんに勝てないでしょうけれど……倍以上生きているのにそんな確信が出来てしまう自分が悲しいですわ。
「ま、いいわ。次から気をつけなさい」
「それで本日はどんな用ですの?」
「別に悪い話じゃないわよ……灯華、貴女」
小さな体でマッサージチェアからぴょこんと跳ねてわたくしの目の前に止まります。
「夏の思い出、青春作ってみない?」
次回 詠史と水菜乃にトラブルが襲い掛かる?