カイルが声を取り戻したのは三日後のことだった。
確かにカイルは売り飛ばされたりしなかったし、今もこうして元気に暮らしている。
拾ってくれた恩人はシヴァと名乗った。
シヴァは人気のカメラマンらしく色んな場所で撮影旅行をしているらしい。
というのも仕事のことはよくわからず、世話になっている分、邪魔にならない程度に彼の手伝いをしている。
この日もシヴァはカメラマンの仕事で美しいモデルを前にカメラを構えている。
カイルは見たことのない美しいモデルをぼんやり眺めていた。
が眺めているうちに終わってしまい、シヴァがカイルを見て笑った。
『また見惚れていたのか?』
シヴァの言葉に美しいモデルが笑う、けしてカイルを馬鹿にする笑いじゃないが顔から火が出そうだった。
『すいません。』
仕事の後片付けが済みシヴァと共にホテルに帰る。
泊まるホテルの種類は毎回それぞれ違うものの、カイルが一緒になってからはベットが二つのダブルを選んでくれているようだ。
『カイル、外に食事に行くぞ。』
シヴァに連れられて外のレストランへ。
ヴィーガンレストランらしく野菜や果物が豊富だ。
『そういえばまだ聞いていなかったな。』
食後のコーヒーを飲みながらシヴァが言った。
『何故町まで降りてきた?』
『それは…ええと。』
急な質問だ。
答えなど用意していなかった。
何故町まで?
ただ必死だったからだが、もしかしたら違う理由があったのかもしれない。
カイルはカップを置くとうんと俯いた。
『すいません、よくわかりません。焼き討ちみたいになってたから。』
そうだ、火事は放火だ、思い出した。村の人間ではない奴が火をつけて回ったからだ。
『あいつら、魔女だと言い始めたんだ。』
シヴァはああ、とカップに口をつけた。
『やはりまた魔女狩りをし始めていたのか。くだらん連中だな。』
森の火事の前から少しずつ、人間の間で魔女狩りが流行っているという噂を聞いていたとシヴァが語った。
その内容は恐ろしく、
カイルの村も同じように標的にされたんだろう、とシヴァは眉をひそめる。
『カイルは村で何をしていた?』
『ええと、まじないやそれから薬を作っていました。祖母が教えてくれたものです。』
『そうか。カイルの他にはヴァンパイアはいなかったのか?』
『いえ、もう殆どが…その。』
『ああ、我々は不死だからな。ばれる前に移動していたのか?』
『はい。だから一人で村に残っていました。村には殆ど人間もいなかったので…老人が三人ほどで。その人たちを見送ったら私も移動しようかと思っていました。』
『そうか。どこも同じだな。』
レストランが少し賑わい始めたのでシヴァが立ち上がる。
『行こう。』
シヴァに続いてカイルもレストランの客の隣を素通りする。
幾らかの客の目がシヴァに釘付けになっていた。
車に乗り込みカイルはシヴァに聞いた。
『シヴァは目立つのによく平気ですね?』
シヴァは車を発進させると横目でカイルを見た。
『こんなのは慣れだ。生来ヴァンパイアは美しいものだ。人間が憧れるほどにな。』
青白い肌に美しい顔、どの角度から見ても恐ろしいほどだ。
『聞きたかったんですが。』
カイルは恐る恐る口にした。
『なんだ?』
『あなたはカメラマンではなくモデルをやったほうがいいのでは?』
シヴァはふっと笑った。
『それは随分前にやっている。人間たちの世界で5022年というが、彼らも百年ほどは生きるから、調整して生きていく必要がある。私がまだ若造の頃は色んなものがいたがな。 』
『そうなんですか?』
『ああ、でもその頃も人間は狩りが好きでな。珍しい種族を捕まえると見世物にしたりと大忙しだ。そして殆どの種族がひっそりと身を隠して暮らすようになったんだ。』
『ああ…。』
『それでも人の世界で生きるということがどういうことなのかは多くのものが知ったんだろう。我々は希少種と呼ばれるが、彼らよりも何倍も賢いのでな。』
シヴァは舌をペロっと出すとまた口を閉じた。
『そうか…シヴァさんは人間が好きですか?』
カイルは美しい横顔にそっと問いかけた。
『ああ。恋焦がれるほどにな。』